海月の毒に溺れる狐

宵機

海月の毒に溺れる狐

【注意】

 賽悔シリーズの人物の過去編です。


 シリーズの中では特に閲覧注意の回になっています。


 胸糞、暴力、虐待、流血、トラウマ、人体実験等の要素がでてきます。


 もし、不快に感じたり体調が悪くなった場合には速やかにブラウザバックしていただくようお願いします。


【お詫び】

 作者の多忙により、推敲が出来ていないもモノ、表記ゆれがあるままのモノを投稿することになってしまいました。さーせん。ルビ振りも間に合ってないです。後々直して行くので今回は初版版ということにさせてください。


【履歴】

7/1 01:11 公開

































 Aパート



 私達の母親は双子、姉妹がいて、それぞれが結婚して、私たちが生まれた。姉妹仲は良く、近所のお兄ちゃんとも遊ぶ。これまた仲が良かった。


 5,6歳のころだったか、才能開花というか術の素質があることを知った本家筋に半ば脅されるというか強引に養子に迎え入れられた。大きな仕事をしている最中の出来事だったので両親たちは抵抗できなかった。気が付いた時にはもう遅かった。


 結は両親に何があっても祈は私が守ると誓いを建てた。姉としての妹のことは何があっても守り抜くと。


 それぞれが引き取られた場所は異なった。本家も一枚岩じゃない。寄りによって大分過激派の方の岩が見つかってしまったのが彼女にとっての地獄の始まりだった。


 彼女に与えられたのは陽当たりの悪くどんよりとした物置部屋。幼い子供に与えるにしてはありえない部屋だ。


 小学校低学年ごろまでは2人は毎日会うことができた。しかし次第に、2日に1回、3日に、1週間に、隔週、隔月となり、果てには半年に1回の間隔になった。


 二人の待遇の差は酷いものである。


 祈は神降ろしの巫女だと祀り上げられ、使用人もたくさんつけられた。本人はどうしてこんな待遇なのか困惑しているのだが、少し窮屈な思いをしているが基本は自由に過ごすことができた。


 学校でも友人と仲良くやってるし、帰りにカフェとか行っちゃったりもしている。


 祈の方でちょっと特別なことといえば、日常に清めの時間みたいなものがあり、水を浴びをする。また、晴れた日の日中に自然の中で神聖術の使い方を学ぶ時間がある。


 それに対して結は分刻みのスケジュール、間違いの許されない空間、日当たりの悪い必要最低限の部屋。


 もし指導係の機嫌を損ねるようなことがあればぶたれたり、祈のことで脅してくるような環境だった。


 もちろん祈も同様に姉をだしにあなたが頑張らないでどうするんですかということがたまにあったが姉に比べれば微々たることだ。


 祈も姉がそのような環境に置かれているとは微塵も知らなかった。


 結は色々な制約のもと祈りと会うことができた。その際の注意事項の一つに、悟られてはならないということだ。分刻みのスケジュールだとか、呪術の勉強だとか。


 結の心はこの苛烈な環境において、祈だけはこっちの世界を知らなくていい、幸せになりなさいということだけが残った。だから、学校とかでは文武両道完璧超人を演じることを強制されてた。


 もし崩れるようなことがあったら、学校に紛れている内通者から告発されてどんな目に合うかは想像できたからだ。


 学校での異名は鉄仮面、無明嬢、冷徹美人。いつしか本当の自分は奥底に押し込められ、二つの人格に分かれたのであった。鉄仮面モードと漏れ出る自我の時。


 めったに本来の自我は出てくることはない。それはあまりにも傷つき歪みすぎてしまった。彼女生来の性格に戻ることはないだろう。


 結は朝5時起きで夜1時寝とかなのかなぁ...最悪寝てないときがある。基本呪術系ってさ、夜がホットタイムなわけで。


 これは彼女がこの家に来てから間もなくの話なのだが、山奥の洞穴の奥にあるその家が代々集めてきた、呪い合わせてきた呪詛だまり魔力だまりに突き落とされた。


 その際に突き落とした大人達は、まずはこれをうちの色に馴染ませるところからだなと、まるで物のような扱いであった。


 突き落とされた先では泥の魚のようなものが無数に蠢いていた。


 これ、初回はその情報量の密度に吐いたし、自分という器の中に入ってくる感覚に泣き叫んでいたんだけど、体の中で呪いあって喰らいあってるからそれどころではなかった。


 何がされているのかというと怨霊版蟲毒の壺。

 いくら助けを求めても扉があくことはなかった。きっと、早く慣らさせる為だったのだろう。


 生まれつきの素養のせいで気を失うこともできない。そうして正気度がどんどんなくなって彼らが望んだ蟲毒の壺が誕生した。


 回数を重ねるにつれ慣れていったし、時間も強度も密度も増していった。あるときには一晩中、ということもあった。


 そこで助けた?水母と蛸と烏と白蛇と蜘蛛と契約して使い魔的なものになったっていうわけ。とりあえず烏にしとけばよくなっていう魂胆丸見えでワロタ。水母はもともといた目に見えなかっただけで、血筋を守る守護霊。蛸を仲間にするときに蛸が先輩居るやんうっすみたいにあいさつした時に本人も認識した。彼女に憑いてるというか憑かされた方々は結構高めの格を持っていたんですけど、それを踏みつぶされて、更にこの身体に強制的に結びつかされたことに最初は怒りを露にしていたが、次第に、この者の運命を知り、同情して力を貸すようになった。人形態にもなれるぞ!!!

(加筆修正予定)


 中学三年になる前だったが、大事な儀式の準備があるとかで、学校を休学させられ、春休みかぐらいからら6月終わりまで(本人の時間的間隔としてはそれ以上だが)の時間を山の奥底の洞窟の中にある秘匿された座敷牢の中で吊るされてたというかおいてあった。


 別においているだけのはずがなく、定期的に色々なものを飲まされたり、入れられたり刺されたり焼かれたり、心を完全に折る為(色々な捌け口とされる為の口実でも)であった。


 彼女の全てを必要に踏みつぶしていった。彼らにとって自我など邪魔でしかなく、完全になくなった方が器として都合がいいからだ。


 彼女の扱いは散々なものではあったが、当の本人はされるがままで、抵抗などするわけもない。

 いいように使われていたのだ。


 ある時から担当が変わらなくなった。それからは手入れが、丁寧に扱われていると感じている。あぁあの人かぐらいの認識でしかないのだが。


 そもそも手足は繋がれてるし磔になってたりもしたし、目隠しは一応はされてるけど、そもそも光とか扉の隙間から漏れてくる蝋燭のかすかな明かりだけだし、声は出せないようにされてる。

 自害できないように呪われてるし、服という服は着てない。何か薄い着物のようなものに袖を通してるだけ。





 ここがどこだかわからないし、なんにちたったかも、なんじかもわからない。


 いのりはどうしてるかな、だいじょうぶかな、あの屑共になにかされてないといいんだけど。


 こんなめにあうのはわたしだけでいい。


 この思いを最後に彼女自身の意識が閉ざされた。





 ここでもう一人の登場人物の話をしよう。




 彼は七、弧月七。


 七は七で代々伝わる仙霊との契約の儀で山に行ったの。で、たまたまというより、必然的にその山の主であり、神の霊獣というより、ある人柱の神である、仙狐様に出会う。


「あら、素質が高い幼子がおるではないか。」ということでちょいと姿を現してみた。


 普通の人間ならばその美貌に目を奪われてしまうだろう、ある一部を除いてだが。


 なんとこの幼子は特にその方向の好意をわらわに向けなかったのである。それすなわち、この者が既に心を奪われた存在がいると言うこと。


 この年にしてそのような者と出会っているとはと思い久しぶりに嫉妬の心が芽生えたので、力を与えてみた。いざ与えてみたらとんでもない力を吸われた。そこでわらわは気づいた。


 この者の運命が何かしらの力によって歪められ、因果律が複雑に絡み合っていることに。そして、輪廻の輪の修正力によってこの者はそれだけの力を持っていること。またこれほどの素養があるということは、輪廻の輪に帰ることは難しいということにも。


 そしてこの者が好意を向けている存在もまた歪められた運命を歩んでいる者だと言うこと。だからこそこの者の魂に刻まれし者として彼女が刻まれていることに。


 そりゃ、例え神であろうとも敵う訳がないと納得した。


 特異な素養と強大な力が合わさったことにより、七は多くの力を得てしまった。


 そこで彼は視た。いや、見ててしまったのだ。


 この先の未来に何が起きてしまうのか。そして、全てを理解した。


 彼が薄々感じていた疑念が確信に変わった瞬間だった。


 自分がこの世に生まれてきた意味、これからなすべき使命、そして...自分がするべき、否、しなければならないことも。・・・分かってしまったのだ。


(もし、わらわが干渉しなければきっとこの者はなにも知らないまま生きていくことができたじゃろう。しかし、この者の心には消えることのない喪失感が生まれてしまうのじゃろう...うむ。)


 その年でこのような物を背負ってしまった、背負わせてしまった彼を憐れに思い、この世界の異常さを認識した仙狐様は、上神にお伺いをした後に、彼と彼の両親、本家の当主を呼びつけたのであった。


 彼は歪められた本人ではないが、影響があったため側流となってしまった。そして、このゆがめられた運命はどうしようもないが、歪み絡み合っている因果は解かねばならない。このままにしておけば、またあの時の惨劇の再来だと。


 本家当主にはこの分家筋の子はこちら側(神)の問題に巻き込んでしまったため、規格外の才を得た。(それだけが原因というわけではない。これが無くても規格外の神童と言われるには十分な才があった。だからこそ選ばれてしまったのだが。)


 この者は輪廻の枠組みから外れてしまった。だから、継承権とかの問題先んじて消しといてその対価として神器か神獣付けとくよ。暴走しないでいてくれていい派閥や。これからも神に仕える薬師としての力を磨いてくれ。


 で、当主は直々に仙狐様から話しかけられた!!褒めてもらった!!書物残そう!!てな感じでテンションあがってた。


 基本この血の方々はまあ、研究バカというかそういう人種なんで、いい事もするし、時には脅されて悪いこともさせられてる。あまり武力はないが薬系の名門のとしてたびたび歴史に名が残っている。


 七両親には七に授けた力、化学反応で現れた力、そして彼の運命や因果、このままでは数年も経たないうちに歪められたものに飲まれ死ぬということ、そして最後に彼が視てしまったもの話をした。


 両親は深く悲しんだが、それと同時に、どうかこの子をよろしくお願いしますと。仙狐様は何があっても邪魔をすることはないな?と契約した。だから、彼がどんなに死にそうでも、彼が視てしまった未来をどうにかするまでは妨害できないという戒律を与えたよ。何も言わず無言で応援しろよって。


 それからというもの、彼は使える時間のすべてを自らのスキルアップに使った。勿論学校は行っていたよ?そこでは必要最低限の人当たりの良さと影の薄さだったよ。週末は仙狐様と裏界で霊力の修行をしてた。


 彼は事態をずっと観察していた。

 彼はその目で視ることだけはできた、視ることしかできなかった。


 流石に彼女の自室には何重もの結界があったせいで直接視ることはできなかったが、周りの様子からおおよそ推察することはできた。


 あの屋敷に入り込むために持てるすべてを使った結果、最年少の公認薬師の誕生。愛だね。まあ、大人の世界ということもあり多少歪みはしたが、多少胡散臭くなっただけで済んだ。


 最年少公認という称号を得た甲斐もあり、彼女が囚われている今淵家から声がかかり、召し抱えられた。


 その地に足を踏み入れるにあたり、彼はいくつもの制約を課された。それはもちろんどのような者でも例外はなかった。本家の関係者またはそれに準じる者達以外の全ての人間が度合いは違えど課されている呪いであった。


 その内容はいたって単純、

 1.この領域内で見聞きしたもの全てを口外してはならない。

 2.規定の期間が終わるまでは仕事をやめることが出来ない。

 3.雇用主の命令には何があっても従うこと。

 4.関係者に危害を加えてはならない。

 5.上記に違反した者には雇用主が罰を与えるというもの。



 それに加え、薬師として関わることになっている彼には更に多くの規定がある。

 雇用主側が用意した衣服を着用すること。

 仮面をつけ、顔を隠すこと。その仮面に応じた名前でいること。彼の場合は鈴蘭となっている。


 勿論、この服はただの服ではない。多くの呪いが編み込まれており、勝手に術を使う事はできず、呼び出すこともできない。やろうと思えば着用者を拘束だってすることだって出来るだろう。


 召喚獣を呼び出すこともできず、術も使えない薬師など、薬が調合できるだけの一般人でしかない。そこまで首輪をつけないと安心できないほど本来の薬師というのは強力な存在だということなのだ。


 そして、そこでの生活をして数日が経った。


 早々に彼女と対面することが叶ったのだが、そこでは彼が視ていたものよりも、はるかに想像を超える非人道的な行為が行われていたのであった。


 表面上では仕事だと割り切っていたため、動揺などが出てくることはなかった。淡々と言われた通りの雑用をして、指示された通りの薬を調合し、時には毒薬を飲ませることもあった。


 ある程度の期間の住み込みの仕事だったのだが、勿論ある程度まとまった休暇は存在する。


 初仕事の後にちゃんと3交代制とかで休日があるタイプの仕事であったから彼は家に帰った。


 家に帰った途端、自室という住み慣れた空間に戻ってきた瞬間、普通に押さえつけていた彼の自我が戻ってきた。あまりにも自分という異物がこの空間にいることに対しての嫌悪感があるのだ。



 そして、吐いた。



 何回目のことだっただろうか、食事も喉通らなくなった。

 また、不眠症の症状も現れ始めた。


 でも、薬師なので、栄養剤でも作って飲めば死にはしないし、睡眠薬を飲んだり、ガンガンに香を炊いて意識落としたりして強制的には休ませていた。しなやす。


 彼女があんな状態なんだからしばらく内情探ったり、信用を得るターンだと理性はいってた。でもね、本能というものはそんなに頑丈じゃない。


 次第に、病んでいくのは当然のことだろう。


 彼女を救うために彼女を害すという矛盾の中、自虐的自罰的メンタルに変質していった。勿論、他人からは見てもわからないのだが。


 これが顕著に現れるのは結との再会後の話になる。


 本当は何人かのローテーションだったが次第に脱落していく者、処理された者もいて、最終的には七のワンオペの状況になっていた。これで完全にしんようされているんじゃない?よかったね。



 公認の薬師になるにはある程度の実力も必要だったため、実践で力を磨いている時期もあった。その最中に鏡や詠と知り合いになっていたのだ。


 その縁もあって、2人は今淵家と神里家がかねてから計画していた神降ろしの計画の詳細をを知ることになった。


 彼にとっては生きる目的・やるべき使命であり、決戦の日だ。


 できることはしてきたつもりだし、打てる手段は全て打ったはずだ。


 彼は理解っている、きっと、いや必ず当日に呼び出されることになるだろうということ。

 そして口封じで殺されるのかもしれないし、それで死んだらまだましな目に合うであろうということに。


 こっちの正体も目的も知っているはずだし、それでもなお利用し泳がされていたということは、そんなデメリットを上回るだけのメリットを、利用価値をあっち側は僕に見出したということだから。


 一番美味しい場面で調理してこそ最高の料理になるわけで。


 多分、殺されて結の前に置かれて、最後のピースになるんだろうなということはうすうす感じていた。しかし、それを拒否できる立場でないこともまた事実、行くしか道はないのだ。


 だから2人に彼女を頼むっていう依頼も出して、彼が思い残すことはなくなった。


(勿論彼らからすれば介入する案件であったから、より詳細な情報も手に入ったし、いつも世話になったいたので。静様からワンチャン契約案件とも聞いてたし一体何が行われるんだろうと思ってた。しかも報酬がとんでもなくて、僕ができることなら何でも、と。これで内部からの情報も得れてその結果、結界侵入が楽になったし、それよりも報酬があまりに破格すぎる。)



 Bパート


 当日、結は最後の役割を果たせってことで、今までこの一族が仕込んでいた集合的無意識の奥にある死という概念の果ての塊みたいなヘドロにダイブするというか落とされた。


 その上では七が呼び出されて「愛ほどゆがんだ呪いはない。そうだろ鈴蘭、いや狐月の息子。」と言われた直後、突如現れた刃に身体を突き刺された。


 心臓を一刺しした後に追撃の刃が彼の身体に襲いかかった。もちろん七は抵抗できない。(抵抗できないように最初から色々なものを制限されている制服の着用を義務づけられていたからだ。勿論声を出すことはできないし、術を使うこともできないよ。仮面もつけてる。)


 そのまま無意味に彼の体はいたぶられ、斬り苛まれ、弄ばれた。


 愚かだな、この贄の為にそこまでやるとはな。と彼の身体を踏みつけながら言葉を続ける。


 まあいい、使えるものは使うだけだ、手間が省けてよかったよ。と徐々に冷たくなっている彼に向け吐き捨てた。


 最後の仕事だ、感謝しろ。お前ももうわかってるよな。

 と言って結がいる暗闇の中に彼を蹴り捨てた。


 彼は様々な制約をかけられている状況の中、まだ辛うじて生きてはいた。しかし、時間の問題だ。ましてや、こんなにも濃縮された瘴気の中に放り込まれては普通の人間なら5秒も持つまい。


 死にかけの七は身体の端々から侵食されている事をかんじる。しかし、そんなことよりも最期にやるべきことがある。決してあいつらの思惑の道理にいくものかと。七はなりふり構わず結の元に近づく。近づいただけでも結の中に入っている物の影響を感じる。


 彼は彼女にキスをした。それは彼が持っている最後の札だった。彼が持てる全ての知識・技術・力を捧げた彼女の為だけの特別な解呪・解毒・回復の薬を口移しで飲ませた。


 キスをされたその瞬間感じたのはどこか懐かしい暖かさだった。

 結の麻痺していた五感、思考、そして彼女本来の自我も徐々に帰ってきたのであった。


 しかしそんな彼女が最初に目にした光景は床に倒れている人、今にも灯が消えかけていて、私にキスをしたであろう張本人、この感覚、そして既視感。


 …それはかつて遊んでくれていた人、初恋の相手でもあった、狐月七という存在であった。


 それを認識した時、結は一瞬の内に様々な感情によって困惑していた。そして、なぜ?という疑問で彼女の思考を埋め尽くした。


 それがトリガーだったのか彼女の精神空間にて、声が聞こえた。

 それは今の彼女にとっては悪魔の囁きとも言えるものであった。私と契約すれば、今の貴方の現状を変えることができるだけの力を与えてやろうというものであった。


 結は無意識的にその契約を受け入れた。例え後にどれほどの代償が請求されようとも

 神と契約をした。


 そうして、己が吸収した呪を糧に力を手に入れた。そこですべてを知った。


 祈が今行われているであろう神降ろしの巫女、依り代であり、今から招来しようとしているものが神ではなく、神を騙る邪悪なるものだということ。


 そいつはまっさらなもの、純粋無垢な娘を汚すことを至高の時としていて、そんな純白な器を創り出すために陰と陽、周辺の陰の要素を全て私が取り込むことによって反対にいる祈に陽の力を集めるというものであった。


 勿論そんなものが出てくるだなんてあいつらは知らない。本当にわれらが信仰する神が出てくると思ってる。そんなのは出てこないのにね。


 今、目の死ぬ間際の七をどうにかする為にと思い、周りの呪詛を全て吸収した。本当に反吐が出る。


 しかし、いつの間にか目の前に二人の男が現れていた。七を害す奴は殺すと思い力を振るった。



 ?



 あたった気配はあるが死んでいる気配がない。ちゃんと殺すかという思考になる寸前、結と呼ぶ微かな声が聞こえた。



 どうやらぎりぎり間に合ったみたい。と二人は思った。事前に七から人気のない場所か自分が死にかけたらすぐに経路(パス)を立てるといったから来たのだが。静さんの方が先だったみたいだ。あの力を借りたやつがいた。おそらく例の人だろう。


 しかし、いきなり鋭い殺気が飛んできたから詠は咄嗟に防御を、私は七の生命維持を優先した。辛うじて鏡の生命力共有によりギリ死にはしなかったが、瀕死の七がなんとか言霊によって狂気に飲み込まれていた結を引っ張り出した。こんな体なのによくやるよ…


 狂気の淵から帰ってきた結は改めて七の前に立ちはだかる二人に目をやる。


 で、色々な計画を聞いて、ぶっ壊すよっていう話になる。


 戦力:瀕死の薬師、生命力激減の万能剣士、光に対して相性悪すぎ暗殺者、覚醒してるけど粗削りな呪術師


 うーん?まずいかも。で、神聖術と相性悪い二人だから最終的には結に何とかしてもらって、二人は露払いで七は流石に死にかけなので静さんのところに送っておいた。残された時間は少ない。


 なんやかんやあり、決戦の場へ。


 狂信者どもを捌く二人、儀式が完成する直前に結が呪い(概念属性)で割り込んで、うちの妹に触らせるかよって吐き捨て、正面衝突、出力勝負になった。本物ではないとはいえ神をも下した結。


 夜が明ける。

 今日は7月1日のはずだ。

 朝日による逆光の中、救い出せた祈をそばに、空を見上げ彼女は皮肉めいて言った。




 とっても素敵さいあくな六月だったわ、と。




 そうして彼女の本当の意味での人生が今、始まる。





 ーEDー






 Cパート


 そこ緊張の糸が切れたのか、それともこれまでの代償なのかは分からないが、突如として彼女の身体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。そのまま地面に落下するかと思われたがそんなことはなかった。


 鏡がすかさず彼女を抱えたからだ。


 さてと、私達も帰ろうか。

 ここの後始末はあっちに任せて、私らはこっちの後処理をしよう。


 と、遠くからやってくる集団に眼をやりながら言った。


 それに肯定の意を返す詠。


 二人も消耗しているだろうに、帰ればすぐに様々なタスク消化を始めるのだろう。

 今回の顛末をまとめた報告書に、今回の依頼人である彼の治療の手配、そして新しく契約者となった彼女の処置や諸々の処理。


 彼らにはやるべきことがまだ沢山ある。


 彼らの姿は影に融け消えていった、その場に残されたのは荒れ果てた瓦礫の山









 後日談(ほんぺ)


 結の力はまだ不安定な状態だ。

 まだ力を使いこなせていないため、ある程度外界から遮断された空間で眠っていた。その部屋には当然七もいる。


 なぜそこにいるのかだって?


 遮断できるものにも限度がある、だからこそ聖の力、仙狐様の力を持った七で中和するからだ。


 というのはおまけでしかなく、主な理由は七は神の力、輪廻の外に属する外部神と呼ばれる存在による精神汚染・浸食というものについての研究しているからだ。実際に鏡に出会って彼は鏡と詠の主治医もやっているからだ。


 この分野において彼ほど研究をしている者はいないし、彼より知識がある者はいない。


 それに、彼女の目が覚めた時に少しでも混乱や暴走を抑えるために知っている人間が近くにいた方がよいという理由もあった。


 七は彼女より先に目覚めた。いくら死にかけだったとはいえ、ただの外傷による出血や肉体の破損、軽度の汚染のみだけであったからだ。


 彼女を救い出せたことにより彼の地獄のような生活も終わったのである。

 しかし、彼の心に深い傷を残したままなのもまた事実。


 彼女の無事な姿を見て安堵したのもつかの間、彼は強烈な自己嫌悪に襲われた。


 それも無理はない。あの地獄のような異常な空間から正常な世界に帰ってきた反動なのだから。


 いくら、命令だったとはいえ、最終的に彼女を助けるためだったとはいえ、実行したのは僕だし、その選択をとるという覚悟をしたのも僕だ。


 あの強力な自己暗示の結果最後まで耐えることができていた…いや、先送りにしていただけだ。

 そして今、そのツケが回ってきただけだ。そんなことは分かってる、分かっているはずだ。


 でも、それでも、あの記憶はそんなに簡単に消えるものではない。


 今でもあの記憶達のことを鮮明に覚えている。僕が何を、どんな効果があって、いつ、何回、どのように、状況、心拍、症状、感触、感覚、良き、呼吸、ありとあらゆる情報を僕は忘れることができない。忘れてはいけない、これは僕がこれから一生背負っていくものだから。


 正直怖い、僕の正体を知られてしまう時が。

 僕が手を下していたことを知った時、彼女がどういう選択肢をとるか。


 きっと混乱させてしまうんだろうな。


 その時、君が僕を殺してくれたらどんなにいいのだろうと思っているし、そんな自分がいることに反吐が出る。

 そんなことで楽にしてもらおうと思っている自分が許せない。


 きっと彼女の知っている昔の僕とは違うし、もうその時の自分はいない。

 今ここにいるのはただの薄汚れた非合法な人体実験の一研究員だった…裏切り者だよ。


 僕はね、これからも生き続けなきゃいけないの。この研究はせめてもの償いだから。


 でもね、食事は拒否反応が出てるし、満足に寝られやしない。


 無理やり睡眠薬で寝ても数時間で目が覚めてしまう、だから色々試してみたんだよ僕。


 でも最終的に行き着いた先は睡眠薬の量を増やしただけ。それでも次第に効果が薄くなってしまったから、薬をより強力なものに変えた。身体機能を著しく低下させるまで服用しないと意識は落ちてくれない。


 多分腎臓君には相当負担を掛けているし、いつ身体の方が持たなくなってもおかしくない。でも、その時だけが、それだけが唯一現実から、思考から逃れる術だったから。これ…依存…してるよなぁ…


 どれもストレス性のものが原因だからさ、今すぐどうこうするというのは難しいよ。あのトラウマが癒えない限り僕はこの症状とは付き合っていかないといけないみたいだ。


 味がある美味しいご飯を食べたいね。味覚にもね…帰ってきてほしい…かな…

 それはどこか


 その時、突如として彼が咳込み始めた。しばらくその場にしゃがみこんでいた彼の手は赤く染まっていた。


 無理もない、既にガタが来ていた身体があんなにもズタズタにされたのだから。その時失った血や組織は、ちょっと頑丈なだけの一般人である彼にそんな短時間で戻ってくるわけがない。彼も今は失っている部分をどうにか補っているだけなのだから。



 壊れかけの部品と借り物の粗悪なパーツで代用したところでその装置が完璧に作動するわけがないのだ。



 彼は引き出しの中から一本のシリンダーを取り出した。

 それは彼のために彼らが用意してくれた特別な代物だ。


 今の彼では到底作ることができない技術の類いのものであり、その高みの最底辺に辛うじて触れているだけの彼では読み解くことすら難しいだろう。


 しかし、なんとなくこれがどのようなものなのかを彼は理解している。

 それは彼が彼女に向けて作った薬と似たような物・方法でつくられていたからだ。


 勿論、彼が作ったよりもはるかに高度な技術でだが。


 彼が作った薬は、具体的・理論的に学んでいない彼独自の方法・独学のものであった。それは本来ならば劣化版もいいところだったのだが、彼の執着もとい執念によって偶然にも生まれてしまった代物なのだ。


 話を戻すが、彼はそれを飲み込んだのだ。


 するとどうなったのだろうか、彼は自然に眠りに入ったのだ。いつもの通り無理やりではなく自然に。


 これこそが彼らが七に渡した薬の効果だ。思考を散らすという効果の薬に自然に眠りにつくという概念が付与された物体、しいて言うなら概念付与型魔法薬とでもいおうか。


 数日間このように、体調が悪くなった薬を飲んで寝る、起きたら本を読んだり研究を進めたりを繰り返していた。彼女の眼ざめの日は近い。


 ある晩、彼が寝静まった後、彼らに憑いているモノ、六体の存在が一堂に現れたのだ。



 いきなりどうしたのだ五体の憑きモノ達よ。まさか今になってこの者を呪い殺しに来たわけでもあるまい。


 ようやくある程度自由に動けるようになったのだから動いて何が悪い女狐。


 おーおーいうのぉ毒蛇がぁ、今ここでその喧嘩買ってやらんこともないぞ?


 おい蛇、今はそういう時じゃないだろ。


 …すまない。


 まあ、今はそんな話をするためだけにここに現れたわけでもなかろう。

 つまり、おぬしらが起きたということはそういうことじゃな?


 …そういうことっす、お嬢が。


 ええ、明日にでも目覚めると思いますよ?


 ううん、あした、おきる、ぜったい。


 とのことなので、先に貴方様にはお伝えさせていただこうと思い参上した次第です。


 とうとう、いや遂に…か。うごきだすのぉ、こやつの時間が。


 うん。ええ。ああ。そうだな。そっすね。


 まあ、わしも見守ることしかできんのじゃがな。さて、こやつ、そしてあやつがどのような選択をとるか…見ものじゃな。


 それはそれとして、久々に会ったのだからちぃとばかし昔話に花でも添えようじゃないか。おぬしらも久々に会ったと思えばこんなになっとるとはのう。


 こんなとはなんだ、貴様こそ人の子に入っているではないか。


 入ってますけどこれ分霊なのでおぬしとはちとちがうのう。ノーカンじゃノーカン。

 にしてもなんじゃその服装、ぼろきれではないか。貴様の力も地に落ちたではないか。


 はぁ??こいつに引っ張られて不調なだけなんだがぁ?そもそも、こいつの中で存在が保ててる時点で格は高いんですけど???

 そういうお前こそ、うっすい布着てますねぇ…格下がったんじゃないんですか??


 わざわざ喧嘩売りに来たのぉ??いいぞ、買ってやろうじゃないかぁ…



 そうして犬猿の仲である二人の不毛な言い争いが始まった。



 あら、また始まっちゃったわね。千狐と白蛇のことはそのままにしておきましょう、濡羽、そのままにしておきましょう。


 …分かりました。


 空雲はどうする?


 自分、お嬢の傍にいるっす。蛸兄こそどうするんすか。


 じゃあ、私たちもお傍にいましょうか、行きましょ水母様。


 うん、いく、みんな、はなす。


 ええそうしましょう。わかったっす。



 そうして人ではないモノ達の長い長い夜が終え、彼女の目覚めの時がやってきたのであった。



 視界が狭い、はっきりとしていない、…世界が明るい…?

 それに…知らない天井?


 身体が重い、思うように動かせない、あれから一体どれだけの時間がたったのだろう…


 そうだ、祈は!?と、そう思った瞬間思考が一気にクリアになり体を飛び上がらせた。


 が、目の前にいたのは予想外の人物であった。


 彼はそう、姿はまるで変わっているが確かに雰囲気は彼だ。昔、遊んでもらっていた近所の兄、七であった。どうして、なぜと考えている彼女の思考であったが、それは突如中断させられることになるだろう。


 それは起き上がった彼女に気づいた七が抱きついてきたからだ。


 彼にとっては待ちに待った待望の瞬間であったが、彼女にとっては困惑と疑問で満ちていた。しかし、それよりも久々に感じた人のぬくもり・温かさに彼女の警戒は少しずつではあったが確実に溶かされていたのだ。


 だが、彼女に染み付いた不信感はそう簡単には消えない。


 彼女の手は宙に浮いたままであった。


 本当は彼にもっと聞きたかった。言葉を交わしたかった。でも、声にならない音しか発することしかできないみたい。



 彼女が目覚めた。僕は彼女に抱き着いた。


 ちゃんと生きてた、今までやってきたことが無駄じゃなかったとようやく実感することができた。いきなりだったからだろうか、それとも僕が思いのほか強く抱き着きすぎてしまったのだろうか。彼女のかすかな声が聞こえてきた。


 僕は即座に手を離した。


 ごめんね、僕なんかが最初に居合わせる人間で。いろいろ混乱してると思うし、知りたいこともあると思うんだけど、ちょっとだけ待ってて。


 そういって僕は備え付けの黒電話を手に取った。



 思考の空白から戻ってきた。一体何がなんだか。とりあえずこの部屋を観察することにした。


 窓はないが十分な光源があり、私が寝ていたベットが一つ、彼の分のベットが一つ、椅子が二脚に、大小一つずつの机、それに大きな食器棚のようなものと簡素なキッチン。小さな方の机には様々な本と紙、そして黒電話が置いてある。


 魔術的にも隔離されている空間だということはすぐに分かった。それもそうだ、あれだけ人を殺めた危険分子を野放しにするほど世界は優しくない。


 一体これから私はどうなるのだろう。


 彼は誰かと電話をしているようだ。内容としては私の起床と何かの報告のようだ。


 さっきの彼の言葉が少し引っかかる。



 そうこうしているうちに彼の用事が終わったみたいだ。



 待たせたね、体調はどう?良いわけがないとは思うんだけどね。回路も焼き切れてるとまではいかないけどオーバーヒートしているような状態のはずだからしばらくは使えないよ。まあ、そっちの力の方はどうかは知らないんだけど。


 まずは食事からの方がいい?それとも話しながらの方がいい?


 食べることは確定なんだ。とも思いつつ後者の方に頷いた。


 色々聞きたい事もあるんだけどまずおおまかに流れを話すね、その方が状況整理もできると思うし。


 あ、出来た。とりあえず重湯だけど食べながらでもいいから聞いててほしい。

 多分、不味くはないと思うから。


 そういって彼から器を手渡された。


 警戒はしていたが背に腹は代えられない。そもそも毒だとしても並大抵の物では彼女には効かないのだが。


 それは彼女にとっては久々の温かい食事であり人間的なものであった。


 彼の話によれば、私があいつらの思惑を全てぶち壊したおかげで祈は無事らしい、今頃本来の家族との再会を先んじてしているだろうとのこと、今私がこの場所にいるのは少しでも早く治療を進める為なのだと。


 そうこうしているうちに耐え難い睡魔に襲われ眠りに落ちるのであった。


 意識が落ちる直前、彼に、今日はここまでみたいだね、また明日、おやすみと言われたきがする。


 こんな気持ちで眠りにつくだなんて久しぶりな気がする。


 彼女が眠りに落ちた後、一人の人物が姿を現す。



 今日はどんなもん。


 今のところは特に問題ないね。ようやく意識を取り戻し始めたみたいだし、想定の内だよ。


 ようやくだな。ここまで来るのに一体何日だ?


 多分こっちの時間だと137日くらいかな?

 今日取り戻していた時間も僅かではあったけど。


 流石の腕だな。


 慎重に治療してたから時間はかかったけどね。

 …ただ、あれだね。


 まあ、そこは荒療治しかないでしょ。


 そうだよね、わかってはいるんだけど…どうしても…さ…。そっちの方はどう?順調?


 あいつが片づけている途中だし、そういうのはあいつの仕事。俺にはこういう方が向いてるからな。

 …お前の方はどうなの。そろそろ補充しとこうか?


 …お願いするよ。



 ◆◆◆◆◆



 ったく、俺のリソースも無限じゃないんだからな。


 と言いつつも紫月はなんやかんや優しい。


 どうなってもあんたは生かさせて貰うぞ。まだ払ってもらうものがあるからな。


 嫌だねぇ、そんなに僕の事が欲しいのかい?


 彼は自嘲気味に、鋭い目つきで問いかけてきた。


 ったりまえだろ、そういう契約だし。そもそも、あんたがなんでもって言ったのが悪い。

 こっちの専門家である俺らにとって、そっちの専門家であるお前は喉から手が出るほど欲しいのは解ってるだろ。

 あんたほどこの分野を研究してて、詳しいやつはいないんだからな。


 …そうかい?


 それにあんたの負債を多少は片づけてる間柄だろ。

 人の身でと言えるかは怪しいけど、よくもまあ、あんなものを抱えながら…


 味もなかなかに酷かったしな。


 あの時はまだ人の心が在ったからだろうねぇ。今もなかなか行けると思うんだけど。


 ったくそんなに俺にゲテモノを食わせたいのか?ああいう味は俺の得意分野じゃねえって。


 ま、その時が来たら俺もできることはするよ。じゃあまた来る。


 そう言い残して彼は消えていった。



 その場を後にした直後の紫月の様子だが、何か言いたげな、思うところがあるみたいで、夜風に吹かれながら、懐から取り出した一本の包に火をつけ、その煙を眺めていた。


(補足:取り出したのは煙草のようなものですが、決してそのようなものではありません。煙をキメるタイプの回復薬です。勿論、液体のタイプもありますが、大抵の場合薄まっているため即時性のあるものではありません。そもそもそのようなものは体力や身体等の傷やケガを直すものです。再生させるタイプやそもそもその傷をなかったことにするタイプなど様々なものがあります。しかし今回の場合は事情が異なります。彼の持つ謂わば生命力的なものですね、それを他者に譲渡している状態なので、本来はとても危険な行為なのです。しかしそこで登場するのがこのアイテムだったのです。これは彼専用に創られた特別なものです。これさえあれば彼は譲渡した分のリソースの回復を大幅に促進することができるのです。どのような仕組みなのかとか、何が材料なのかは秘密です。別に、決して違法な草とかではないよ。まあ、これをばかすか吸っているわけですが…)


 あれ、いつまでもつだろうな。これじゃただの終末治療だぞ…


 茨の受刑者を救えるのはあの眠り姫だけってか。


 こっちが無理しても好転しない量なのがまた、嫌なところだな。



 ここにも一人、悩まされている人間がいた。


 そこにある一人の女性の姿が現れた。



 まーたそんな濃いの吸ってるの?

 依存してもしらないぞ?


 これが無いとやってられないだろ?

 ただでさえ相性が真反対で、変換先が効率最悪の生命力に変えてるんだし。


 それじゃあ…


 それじゃあこっちの身が持たないでしょ?

 それは私も分かってるよ。

 いくら死にずらい身でも情報密度が低くなればなるほど脆くなるもんね。

 でも、それが心配しちゃいけない理由にはならないでしょ?


 分かってるならわざわざそんなことを言うためだけにこっちに来るなっての。


 にゃはは、言ってくれるじゃないの。この照れ屋め。じゃあ帰りますよーだ。ホントにいいの?帰っちゃうよ帰るよ?


 これはある二人の日常的な会話でしたね、和みますね。



 それはそれとして、同じように彼女のごく短時間だけだった起床時間は次第に伸びていった。


 つまり何が言いたいのかって?




 その時が来るって事。




 しばらく同じような生活が続いた。徐々に彼女の肉体も新しい力に慣れ、自由に動かすこともできるようになってきた。


 それに伴い彼女の熱暴走していた回路も冷えてきたのだろう、少しずつ制御権が戻ってきていることだろう。


 それにより、彼女が抱いていた疑念が確信に変わる。



 前々から思っていたのだ。


 私は彼の気配を知っているような気がする。


 彼と逢うのは久しぶりではない気がする。


 彼の手当てや処置の手つきに覚えがある気がする。


 彼は私のことをあまりによく知りすぎているような気がする、あの頃ぶりなのに。


 それに引っかかる発言が多々あった。


 私が意識を取り戻したあの日、彼に抱き着かれたあの時、私は確かに抱き返すことができなかった。

 ただ、いきなりだったからというだけが理由ではない。


 彼のぬくもりは感じたがそれにしても彼の体温は低かった。


 それに彼の肉体はあまりにも細かった。どうして平気で動いていられるのかと思うほどに。


 それに彼の感情はあまりにも単調すぎる。


 彼が私に向ける物に悪意が含まれているものは一つもない。

 それどころか優しい物ばかりだ。


 時折見せる嘘を除けばだが。


 今日の調子はいい。そろそろ力を使っても大丈夫だろうと思った。




 そう、使ったのだ。




 私が持っていたはずのもう一つの感覚。


 このべっとりとして粘度の高く私に纏わりつき剥がれ落ちることが無くなった私だけの呪力。


 最初のころは当然嫌いだったこの力もいつしか私の、私自身の一部となっていた。


 あぁ、この感覚久しぶりだわ。


 次にその知覚範囲を自分自身から外側に拡げた。


 そこで私は気づいてしまったのだ、本当は信じたくなかった。

 でもこの色を私は知っている。

 知っているのだ。


 私はこの部屋にいるもう一人を突き飛ばし、押し倒し、自由を拘束するため馬乗りになり、衝動のままに首を締めた。



 彼は特に抵抗をしなかった。



 その瞬間の記憶はあまり覚えていない。ただ溢れ出る激情のままに叫んでいたんだと思う。


 私がはっきりとした記憶を覚えているのはその後だ。


 ふと我に返ったんだと思う。あーあ、やっちゃったなって。


 こんなことをしてしまった彼の生死を知りたくなくて、こんなことをした自分のことが怖くなってすぐさま立ち上がって後ずさりした。


 考えてみれば簡単なことだった。彼があんな場所にいたのも、彼が今ここにいたのも全部…



 そんな中一人の人間がこの閉鎖されているはずの空間に現れた。



 流石に邪魔するぞ。



 そういって一人の男性が現れた。


 そうして何をするかと思えばその男性は彼の唇を強引に奪っていった。


(…生命力の譲渡!?なんでこの男が彼にしにきたわけ?)


 暫くした後、譲渡が終わったのか彼は彼を持ち上げ、ベッドに寝かせる。


 彼の右腕がいつの間にか消えていたことに気づいたのはそのあとだった。



 さて、意識を取り戻すには少し時間がかかると思うから…話でもするか?

 まあ、俺はしなくても困んないんだけど、そっちは聞きたいことあるでしょ。


 まずあんたが名乗ったらどう。


 え。うーん、今はただのここに寝てる奴の知人?

 …まあ、ここの管理者代行?


 疑問系なのね。


 気分はどう?


 …最悪。


 そ。


 …あんたはどこまで知ってるの?


 どこまでってまあ…割と。


 あたしの事も知ってるのね?


 多少は。まあこいつに比べりゃ大したことは知らん。




 で、お前。こいつの事どう思ってるの?




 どうって…分からないわよそんなこと。だって、あんまりだわ。いきなり過ぎるのよ。


 薄々感じてはいたわ。


 でも、信じたくなかった。


 彼の事を信じていたかったから。


 こんな世界とは無縁の場所で生きてて欲しかった。


 でもだから、どうしてあんな場所にいたの。


 あんな場所なんかに…


 人を人として見てない奴らのとこなんかに。


 なんでいるのよ。


 普通の人はまず入れない、狂った奴等しか残ってない巣窟に。


 なんでそんなことをしたの。


 あなたはそんなことが出来る人間じゃなかったはずなのに。



 彼女の声は次第にか細くなってゆく。

 最後に一言、弱々しい声で彼女は言った。



 それならもっと早くに私を殺し(助け)てよ…



 彼女は顔を覆いながら床に崩れ落ちてしまった。


 片腕の彼はなにも言わなかった。

 ただ、彼女を視る眼は真っ直ぐなままだった。


 暫くの沈黙を破るのは彼のある一言だった。


 …だとよ。


 誰に投げかけた言葉だったのかは明白だった。


 いつ意識が戻っていたのか、それとも最初から聞こえていたのかはわからないが、寝ている彼は一言。


 …そうだよね。


 その言葉を最後にある魔法を発動する、いや、あらかじめ発動させていた。最後の仕上げの言葉を言えばそれは完成される。


【生と死 永劫の夢 今からの逃避 絶対なる法 輪廻の輪 盟約に従い 其の境界に】


 それが何なのか分かる者はこの場には一人しかいない。



 やっぱり使ったな。なんでそんなもの知ってるんだが。


 さっきのあれは何?私の知らないものだった…彼は、どうしたの?



 反応がない彼の体をゆすりながら問いかける。



 あんた、古代魔法って知ってるか?


 …名前だけなら。


 あんな古代の代物だし、発動にめんどくさいことで有名なんだが、効果は確かなんだよ。で、今回こいつが使ったのは今だと精神の幽閉とか言われてる奴。


 効果は単純明快、使用者は精神世界に閉じ込められる、閉じこもることができる。ある一人を除いて誰も立ち入ることができないっていうもの。


 だから、昔はよく拷問されて情報を吐くくらいならこれを使うみたいなことが多かったみたい。

 まあ、それはそれで普通の人間は二度と目覚めることはなく死んでいくだけなんだけどね。


 え?


 一言でいうと、あいつは逃げた。まあ、このままいけばあいつは再び起きることはなく死ぬ。


 は?方法はないの!?


 待てって。言っただろ?ある一人を除いてって。

 今回の場合はあんたみたいだな。


 その証拠にあんたの左手にあるだろ?


 そういって左手を確認してみると確かに先ほどまでは無かったものがある。半透明のリングだ。


 ま、あいつに逢いに行けるのはあんただけって状況だな。


 …


 あいつのこと今追わなくて後悔しないなら別に行かなくてもいいと思うんだけど、少しでも思うことがあるなら言って来れば?それに、暇でしょ。


 それに、あいつ、あんたの思いだけ聞いて逃げたよ。あんただけ知られて不公平だと思わない?あいつの言い分も聞かなくていいの?


 ...確かにあたしだけって。…分かった、あいつを一発ぶん殴りに行くわ。


 そ、行くんだ。


 じゃあ、そのリングを持った手でこいつの体に触れて、なんか行くっていう気持ちがあれば行けるらしい。


 らしいって何よ。


 やったことが無いからな、人伝手の情報だ。


 何なのよこいつと思いながら結は聞いた話の通りに手を当てる。



 彼女が精神世界に入ったことを確認した紫月は彼の傍にいるモノに話しかける。


 あなたがけしかけたんですね。


 そうだとも、良きアシストだったぞ。


 そういうのって柄じゃないんですけど。…何がしたいのか聞いても?


 まあいいじゃろう。あやつは今、消えかけの火。

 数多の雨の中を耐え抜いてきた炎は己が目標を達成した今、存在意義を無くしておる。


 いくらわしが癒しの術が得意だろうと心の傷までは直すことができん。


 ましてや自分自身でつけたものじゃ。


 あやつは十分苦しんだ。そろそろあやつ自身にも救われてもらわねばわれが困る。あいつにはまだまだやってもらわねばならないことがあるのでな。


 さいですか。


 だからあの女には責任を取ってもらうぞ。あやつを堕としたな。


 身勝手ですね。そろそろ行ったらどうですか?始まりますよ。


 そうか、わしもいくかのぉ。ここは二人に任せたぞ。


 そうして彼女の姿も消え、この空間に残されたのは彼一人になった。


 …やっぱり、高次の存在にはわかるもんなんだな。

 そうみたいだね、詠。




 彼に触れた後、彼女は自身がいる場所が現実ではないということに気が付いた。


 ここが精神世界っていう場所なのかしら。


 あたりを見渡す。灰色の空、一面に広がるすすき野、目の前には先が見えないほどに続いている千本鳥居。この鳥居の赤色だけがこの空間にある唯一の色みたいだ。


 この場にいるのは私だけじゃない。実体は現れていないが彼らも共についてきているみたい。


 それにさっきの彼の声が聞こえてくる。


 一応ガイド的な感じで途中までついてくるらしい。


 今いる場所は最表層の一つ裏。

 まだ抽象化された状態の風景。


 彼女が手を開くと仄かに光るリングがあった。なんとなくだがこの鳥居の中を進めと言っているような気がした。


 歩く、歩く、歩く。


 頬をなでるは冷たい風、聞こえるはすすきのざわめき。


 鳥居一本一本にも違いがある。

 あるものは塗りたてであったり、あるものは汚れ、あるものは曲がっており、朽ち果てているものさえあった。


 が、まだこれと言って気になるものはない。


 随分歩いてきた所でようやく鳥居ではないものが現れる。


 それは船着き場だった。その隣には何処からか現れた赤い色をしている小川が流れている。


 乗れってこと?


 彼女は小舟に乗り、川の流れに任せ下って行った。その道中はとても退屈なものだった。何かが襲ってくるというわけでもなく、ただ流されていただけだ。


 途中、灯籠のようなものが後ろから流れてきた。勿論それの方が軽いため彼女が乗っている舟を追い越し流されていった。


 ある時、突如船が落下した。滝に突入したからなのかもしれないが、その大穴の先は見えなかった。


 次に気が付いた時には洞窟のような場所にいた。足元にはあの時の灯籠が落ちていた。幸いにも灯は消えていなかった。


 これをもって進めってこと?


 洞窟の中を歩いていく。


 彼女はこの洞窟に対し既視感を感じていたがどこか違和感も感じていた。


 だがそれが何なのかまでは分からずにいた。


 進んでいくうちに灯籠の明かりが弱くなっていった。


 そのせいなのか、周りの気配が洞窟とはかけ離れているものになっているような気さえした。


 そろそろ意識と無意識の層の間だ…どう…て…ザザッ…


 どうやら接続が切れたみたい。

 ここから先に行けるのは本当に私だけってことね。


 目をつぶる。


 突如、目を閉じていてもわかる猛烈な明るさに襲われた。


 恐る恐る目を開けるとそこに広がっていたのは一面に広がる草原だった。


 季節は夏なのか、陽が照り付け、風が流れ、夏の様相を映し出していた。


 一つ小高い丘に大きな木が生えていた。


 その足元には三人の白い服を着た子供が居た。



 一人の少女は手を差し伸べ、


 一人の少年は見守り、


 一人の少女はその手を取った。



 それが現実に起きた出来事ではないことを私は知っている。


 だって、目の前の景色はまるで絵画の中のような質感だからだ。


 その木を中心として色はついているがそこから離れると色は薄くなり、やがて白色になる。まるで白紙のキャンバスみたいだ。



 景色が変化する。



 次は海辺のようだ。


 白い砂浜に透明な海、空に広がる青色はどこまでも続いていた。


 そこでも先ほどの三人の少年少女が水辺で遊んでる。


 どうしてこんな景色を見せられているのだと思ったが、不意に後ろを振り向く。


 一体どうして今まで気づかなかったのだろうか。


 闇だ。一面に暗黒が広がっている。彼女が認識した途端、その黒色はその世界を浸食していった。


 私はただ見ていることだけしかできなかった。



 視界は次の場面に移る。



 打って変わって、最初にいた場所に帰ってきた。


 歳ほどまでとの違いといえば、そこの見えない大穴があいていた。


 私には予感があった。この穴の先に彼がいるのだと。


 どんだけ遠回りさせやがったんだが。


 そう思いながら躊躇なく大穴に飛び込んだ。


 暫く落ちているが底はまだ見えない。上を見るとどんどん入ってきた穴は小さくなってくる。


 !?


 おかしい。私の知らない記憶が流れ込んでくる。


 誰かの視点だろうか。


 私が居るわ。


 それにこの家ってもしかして…彼の家?


 つまり今私が見ている視点って彼?


 そうですよ主。


 いつのまにか彼女の友人達が半実体化していた。


 一緒に見届けてくれるってことなのだと思い、流れてくる記憶に身を任せた。


 そこで彼女も知った。


 彼の生涯を。


 見終わった彼女は彼に謝りたい一心で彼を探した。


 この精神世界の最奥地で。


 彼の居場所はこのリングが教えてくれた。


 よく見ればこのリングには見覚えがある。


 そう確か七年前のあの時に私が…



 リングが指し示したのは沼のように粘度の高い得体の知らない液体の中だった。



 私はそれをかき分けた。


 彼の体を見つけた。


 彼は既に泥で塗れていた。実体があるのかも怪しい。


 自分が汚れることを厭わず彼についている泥をぬぐう。


 私はあふれる涙を止めることができなかった。



 どうして、どうして私なんかのためにそんな道を選んだのよバカ。


 あたしのことなんて気にせずにいればあんたは幸せに過ごせたはずなのに。


 なんで私なんかのためにそんなに命を燃やしたのよ…


 何とか言いなさいって…いつまで寝てるつもりなの……


 私のせいで…私のせいで…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。



 彼女はへたり込み、壊れたラジオのように繰り返し謝っている。



 …君が悪いわけじゃない。



 彼女の想いが通じたのか、はたまた彼女が自分を責める姿を見たくなかったのかは分からないが、彼の意識が戻ってきた。


 しかし、彼女はそれに気づくことはなかった。一歩遅かったのだ、対話で解決できるところではなくなってしまっていた…


 彼女にそんな顔をさせてしまった自分のこともあるが、それよりも、一刻も早く彼女を引き戻さなければという思いの一心で崩れ行く自分の身のことなど気にせず起き上がった。


 そして、今にでも完全に壊れてしましそうな危うさがある彼女を抱擁し、大丈夫大丈夫、落ち着いて、と彼女を落ち着かせるための言葉をかけ続け、体をさすり続けた。


 彼の容態は悪化していくばかりだったがそれに構わず声をかけ続けた。


 …しかし、その声は次第に弱くなっていったが


 その甲斐あって彼女の正気はこの地獄なような状況に戻ってきてしまった。


 彼女は感じた。近づいていく死の香りを。



 彼のことをふたたび押し倒し、彼女は大粒の涙を流しながら伝えた。




 ばかばかばか、なんでそんなことするのよ、今度こそほんとに死んじゃうよ。



 なんで、こんなに優しくしてくれるのよ。



 こんなことになるなら知りたくなかった。



 こんなに苦しくなるならわからないほうが良かった。



 もうほんっとうにバカ。



 あんただけ逃げるなんて私が許さない。



 あんたが死んだら私も死んで追いかけるわ。



 あんたが私に思い出させたせいよ、恨むなら自分を恨みなさい。



 だから、この感情に気づかさせた責任、貴方に取りなさいよ!




 そういって彼女は彼の唇を奪った。




 彼にとってその味は血と泥、そして甘いものだった。




 真ED





 結果をはなそう。


 二人は無事?現実世界に戻ってくることができた。二人とも憑き物が落ちたように明るく、人間らしくなって戻ってきた。


 二人っきりになってから何があったのかはわからないが、まあ、本人たちがそれでいいならいいんじゃない?


 二人の後ろにいる彼らの様子が少し変だが、俺には関係ないことだな。


 鏡曰く、七も最近までの追い詰められた感じはなく、出会ったころの雰囲気に戻ったような気がするらしい。


 というか、目に見えてイチャイチャしてるような気がする。


 …まあそういうこともあるよね、うん。


 それからということなのだが、結は無事許可も出て、妹と家族との再会を果たした。


 七も暫く治療に専念していたようだが、気が付いた時にはケロッとしていた。


 そうして、われらが部署に新メンバーが、それにともない探偵社の方に正式にメンバーとなった二人が加わった。







 まだ歪められた運命が引き起こした影響は残っている。


 今後もそれは彼らを確実に襲うだろう。


 しかし、今は彼らが取り戻したつかの間の日常を過ごすのも悪くはないのではないか?

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海月の毒に溺れる狐 宵機 @yoiaki

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