三つの誓約

水円 岳

「うーん……」

「だめですか」

「できなくはないですよ。でも、すごく条件が厳しいんですよね」

「条件、ですか」

「そう。あのね、貴女が私に頼み込んでいることは、水を火にしてくれというのと同じくらい理不尽なんです」

「えー? そうかなあ」


 この能天気女め! 全力で悪態をつきたくなるのをぐっとこらえて、説明を続ける。


「貴女が捕らえて手元に置きたいと思っているもの。それは鳥じゃなくて、ハーピーなんです」

「知ってますけど」


 だったらくだらない請願を持ち込まないでよ。貴族の気紛れには付き合っていられないわ。


「本当に知ってます?」

「人面鳥身の女ですよね」

「それが妖魔だってことも知ってます?」

「そうなんですか?」


 阿呆。本来なら全力で遠ざけなければならない妖魔をわざわざ呼び寄せてどうするのよ。まあいいわ。条件提示が先だから。


「貴女がハーピーを飼いたいなら、三つのネバーを誓約として守ってもらう必要があるんです。それが依頼を引き受ける条件になります」

「ネバー、ですか」

「そう。なんちゃらしないでってやつですね」

「はい」


 石板を出して、蝋石でかりかりと一文を書き示す。


『はなさないで』


「あの」

「なに?」

「一つだけですけど」

「これで三つの誓約なんです」

「はあ?」


 さっきの一文の下に矢印を引き、三つに分ける。


「まず。放さないで」

「どういう意味ですか?」

「籠には閉じ込められますが、籠から出した時点で貴女はハーピーの餌食になります。ハーピーは悪食なんですよ。骨一つ残さず食い尽くされてしまいます。だから、絶対に籠から出して放さないで」

「は……い」


 ちょっとはびびったか。まだまだ。


「次。離さないで。籠は常時携帯してくださいね。貴女が籠から離れると、ハーピーは周りにある全てを無節操に引きずり込んで食らおうとし始めます。貴女は無事であっても、貴女が大事にしているものが何もかも失われてしまいます。絶対に貴女から離さないで」

「……う」


 ね? 面倒でしょう? まあだまだ。


「最後。これが一番厳しいと思います。ハーピーのことは誰にも話さないで」

「ええっ? どうしてですか?」

「当たり前でしょう。さっきも言いましたけどハーピーは妖魔なんです。おしゃべりというだけでなく、言霊ことだまを自在に操ります。貴女が顕示欲に駆られて誰かにハーピーのことを話せば、貴女の言葉がハーピーに操られるようになってしまうんです」

「そんなあ」


 石板の上をもう一度蝋石でこんと叩く。アテンション、プリーズ!


「もう一度言いますね。見かけがどうであれ、ハーピーは強大な妖魔なんです。その妖力を徹底して抑え込んで従えたいのなら、三つの誓約は絶対に守られなければなりません。守り通す自信がないなら、諦めた方がいいです」

「すみません。考えさせてください」

「ええ。私はお勧めしません。今まで三つの誓約を守り通せた人は誰もいないの。全員、ハーピーの餌食になっています」


 さっと顔色を変えた美女が、逃げるように帰っていった。まあ、そんなもんだよねー。


◇ ◇ ◇


 馬鹿っぽい女だったなー。彼女は最後の部分しか意識に残していないでしょ。これまで三つの誓約を誰も守り切れず、全員ハーピーの餌食になっている……その部分だけ。


 だけど彼女よりもう少し頭が回る人だったら、三つの誓約を守ることすなわちハーピーの従僕しもべにされることだと気づくはず。

 籠から出さず、側を離れず、決して他言しないという誓約を固く守ろうとするなら、籠を抱いたままどこかに閉じこもり、死ぬまで黙り続けるしかない。それは人身御供と何も変わらないもの。


 私は、金色の小さな籠に入っている浮かない顔のハーピーに、苦笑を投げかけた。


「残念だったわね、エリス。誓約が三つもあるから、君の身代わりになってくれそうな女の子はなかなか現れないわ。ま、その分私は長く現世を楽しむことができる。人間の体を得ている間は、三つの誓約に縛られないからね」



【おしまい】


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