第2話 天月沙耶
【はしがき】
1話最後の沙耶のセリフを若干変更しています。
「ちょっと二人ともなに言い合ってるの。ここ大学のど真ん中だし一旦落ち着こ?」
「えー、だって郁也の後輩ちゃんが私のことアバズレって言ったんだよ?言い返しても良くない~?」
「そうですよ先輩。私がこの女が嫌いだからこう言ってるだけです。気にしないでください」
「………これは沙耶が悪いなぁ」
確かに服装はイカレてるけど、今回レナは沙耶に全くと言っていいほど何もしてない。
俺に最近よく着いてきてるとか言ってたけどこれも全然悪口じゃないし。
「ほらほら郁也だってこう言ってるし、やめなよ後輩ちゃん。醜いよー?」
「何言よーと?醜いのはアンタやろ。先輩の気が引けないからってそんな服着て……みっともな」
「は、はー?服装は人の自由じゃん。それに後輩ちゃんだってなにその訛りおかしいんですけどー」
「おかしくないもん。これ博多の標準語やし!日本語やし!」
レナから方言を指摘され、沙耶の温度が目に見えて上がった。
基本、年上には敬語を使う沙耶だけど何故かレナには頑なに敬語を使わない。まあレナ自身が気にしてないからいいんだろうけど、その代わりに使っているのが博多弁だ。
「あ、そっか。後輩ちゃん上京組だったもんね。まだ都会に慣れてないかー。ごめんごめん」
「別に標準語でも喋れるし。けどアンタは例外たい。ウザったらしい奴になんで気遣わないかんの?」
「そっかそっか。気を遣わないと標準語使えないんだー。可哀そうに」
「……先輩。こいつ殴ってもいいですよね?大丈夫です。3秒あれば木っ端微塵にしてあげますから」
「うん。間に合ってるから大丈夫だよ。それより握った右手を下げようか。怖いから」
俺がそう言うと、沙耶はしぶしぶ右手を下げた。
ここ一ヵ月一緒にいて分かったことだが、沙耶は意外と怒りの沸点が低い。
いつもは人懐っこくて可愛がられてる彼女だけど、一度ねじが外れるとその容姿から想像できないくらい男勝りになるのだ。
「ねえ郁也。この子なんなの?ロリ体型のくせにめっちゃ怖いんだけど」
「……それ絶対に本人に言うなよ。方言よりも気にしてることなんだから」
確かに身長はあまり高くはない方だし(自称150センチだけど健康診断で測ったら148センチだった)ぶかっとしたパーカーにおさげの二つ結びは少し幼い印象を受ける。
けど同じサークルの奴が、歓迎会の時にこっぴどくやられてるから既にその話題は地雷認定してあるんだよな。そもそも容姿なんて弄るもんじゃないし。
「……二人とも、何こそこそ話しとるん?」
「いやなんでもないよ!あ、そういえば今日ってサークルあったよね?レナが来たいって言ってるんだけど」
「ありますけど……また亜希先輩が怒りますよ。ただでさえ先輩が大学に復帰してから機嫌悪いのにまだ懲りてないんですか?」
「あはは。けどうちのサークル人少ないからあんまり卓立たないじゃん。だから人数はいた方が良いでしょ?」
「まぁ、この女がルール覚えて打てるようになればの話ですけどね」
レナの方を見て、堂々とバカにする沙耶。
だけどレナは目をパチクリさせるとすぐにスマホに視線を落とした。
「あ、やば。もうすぐ授業だから行くね。とりあえずまた放課後会おー。郁也も後輩ちゃんも」
レナはそう言い残し校舎の方へ歩いて行った。
流石の鈍感力、大学中の悪評にも負けず授業に出れるだけのことはあるなぁ。
「沙耶はこのあとなんかある?」
「お昼ご飯食べに行こうと思ってました!先輩も一緒にどうです?」
「あー……どうだろ」
もう嫉妬とかされないし、ここには春奈はいない。
けどやっぱり女子と2人になるのは、まだ罪悪感が拭いきれない。
「なんですか?奥さんのこと考えてるんですか?」
「え、あ、ああ。そうだね」
「ふーん、そうですかそうですか」
沙耶は、そう呟くとちょうど俺の左手の目の前に背をかがめた。
「ちょ、どうしたのさ。いきなりしゃがんだりして」
「……先輩、私おかしいんですよね」
「おかしい?」
「はい。先輩を見てると、特に先輩の結婚指輪を見るとすっごいドキドキするんです」
「………え?」
背中に悪寒が走る。
デジャブじゃない。
同じような言葉を俺はつい先ほどかけられた。
「さっきあのアバズレが言ってたじゃないですか。最近私が先輩にくっついてるって」
「……言ってたね」
「実際そうなんです。先輩の隣は他の男性と比べてドキドキして安心するから………あ!すいません!なんか恥ずかしいこと言っちゃいましたね」
突然、我に帰ったように立ち上がると、沙耶は照れながら頬を緩めた。
沙耶に言われたセリフは、さっきのレナを髣髴とさせる。
だけど、レナとはなにかニュアンスが違うような気がした。
「ほら先輩!学食行きましょ!」
「え、俺まだ行くって言ってないけど?」
「えー、一緒に行ってくれないなら亜希先輩に言っちゃおうかなー。先輩がアバズレにデレデレしてたって」
「ちょ、それはマジでやめて!てかそもそも俺デレデレしてないし!」
「分かりました!早く行きましょ?」
「……しょうがないかあ」
沙耶に手を引かれながら、俺は頭を抱える。
『亜希先輩』を交渉に出されると俺は何も言えないじゃん。
だって彼女は俺の義姉なんだから。
【あとがき】
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