第25話 犬猿の仲ってやつ

「安心せい。ここで戦うつもりは毛頭ないわ」


 ハートさんは怪盗になった俺相手でも最大限配慮して接してくれている。例えば家の場所を知っているのに警察に伝えないなど。


 現状、ここで戦って俺達がハートさんに勝てる可能性はない。今逃げるだけならなんとかできるだろうが、ハートさんがなりふり構わず俺達と戦った場合、少なくとも俺達がルルイエに行くことは叶わないだろう。


 こうして事件の時しか戦わないというハートさんのスタンスは俺達にとってかなり助かる。


 だから、俺達が取るべき行動も、黙って帰ることのみ。


 だと言うのに、ダークさんはとても喧嘩腰だった。


「なんだ? 俺達に情けでもかけようってのか?」


「かけておるのはおぬしではない。ひかりと客に対してじゃ。こんなところで戦って騒ぎを起こすのはワシとしても不本意。おぬしは適当に遊んでおれ」


「んだとテメェ」


「待って待ってダークさん。俺達だって、遠出前にハートさんと戦いたくなんてないでしょ」


「遠出前だから倒しておきてぇんじゃねぇか」


「そういうの、事を済ませて、準備完璧にしてからにしましょうよ」


 ……しかし、事の次第によっては俺達も本気を出さなくてはならないのが事実。


「それでハートさん。今日はどうしてここに? 俺達を倒す以外の仕事ってことは……」


「化け物絡みじゃ。おぬしらが昨日事件を起こしたせいで、ここはまともに調査できんかったからの」


「と言っても、店長はもうここに居ないよね?」


「当然、警察がそっちの取り調べを進めておる。だから、ワシはこの店の裏を調査……しておったのじゃが、めぼしいものはなにも無いの。店員も皆なにも知らぬ」


「じゃあルルイエについても……」


「情報ゼロじゃ。場所自体は分かったが、行き方が分からん」


 その言葉に、俺とダークさんは顔を見合わせた。


 それから小声で相談する。


「やっぱ、俺達にあてがあるってのは黙っておくか」


「そう、ですね……」


 俺達がハートさんに行き方を教える必要はない。そもそもハートさんは敵。敵が一緒に居ては俺達が危険になる。


 ……だが、ハートさんの目的と、俺達の目的は相容れぬものではない。俺達はあくまでルルイエに眠るかもしれない財宝を手に入れるのが目的。ハートさんだって場所がルルイエとなると、どれだけ物を盗んだところで気に留めないだろう。


 そうだ。俺はともかく、ダークさんはクトゥルフと戦うつもりはない。ならば、ハートさんをルルイエに向かわせて、世界を救うことだけは任せた方が良いのではないか……?


「おぬしら、クトゥルフについて、なにか分かったことはあったか?」


「……どうするよひかり。俺達がこいつに情報を渡してやる義理は無いぞ」


「義理ならあるじゃろう」


「なんだと? 俺達は敵同士だ。あるわけねぇだろ」


「ワシはおぬしらの潜伏箇所を知っておる」


「だからなんだってんだ。それを警察にバラしたところで、俺達は逃げるだけだ」


「……クトゥルフはルルイエに眠る邪神だよ」


「おいひかり」


「ここで情報を渡さない意味だってないですよ。俺達が海に行ったところで、ハートさんが俺達を襲うことはないんです。そうだよね?」


「まあ、おぬしらが海の家を襲ったりと、事件を起こさないのであればな」


「それなら大丈夫。もし事件が起きた時、今回はハートさんもこちら側につくはずなので」


「なんじゃと?」


「話を戻すよ。クトゥルフが目覚める時、人類全員が悪夢を見て自殺するのだとか。そして、クトゥルフが目覚めるのは深きものどもが活動する時期……つまり今なんだ」


 それを聞いてか、先程こちら側に着くと言ったことが気になってか、ハートさんはしばらく黙り込んでしまった。


 ただ、俺の話を聞いてくれるということで間違いない。


「クトゥルフを目覚めさせる方法は深きものどもが儀式を行うこと。つまり、俺達で儀式を止めれば世界は救われる」


「なら尚更ルルイエへと向かわねばならぬが、方法が無い」


「それなんだけど」


 俺は昨日届いた手紙をハートさんに渡した。


 ハートさんは警戒しているのか、恐る恐る中を確認する。


「なんだ……『漁村に潜んでいるハスター教団がルルイエに行く方法を知っている』……なんじゃこれは」


「知らねぇよ。知らねぇ奴が勝手に俺達の監視してて、タイミングよくこいつを送ってきたんだ」


「はぁ? なんじゃその頭おかしい奴。ひかり、だから言ったのじゃぞ。こんな奴と関わるなとな」


「あ? んなこと言ったら、テメェだって頭おかしいだろうが」


「貴様言わせておけば……!」


「問題はそこじゃないでしょ。それで、俺達は今ハスター教団に会いに行く為の準備をしてるんだ。ハートさんもルルイエに行きたかったら……」


「ハスター教団に会いに行けと。まったく、どうせこやつらも化け物絡みの団体なんじゃろうな。面倒じゃが行くかぁ」


「こんで話は終わったな。ひかり、もう行こうぜ」


「まだだ」


「なんだよ」


「クトゥルフについては分かった。情報感謝する。じゃが、それとは別に聞きたいことがある」


 ダークさんはとてもめんどくさそうに舌打ちした。


「クソが。言ってみろ」


「おぬしら、今ここでなにをしておる。まさかとは思うが……」


「デートだ」


「違うよ」


「クソが! なんでおぬしがひかりとデートなんてしておるのじゃ! 立場をわきまえろ!」


「そういうテメェこそ、もう俺に負けたんだから大人しく引き下がれよ」


「負けておらん! そもそもひかりがそちら側についたのはワシの為じゃ! むしろワシの勝利とも言える!」


「もう、二人とも! 喧嘩はやめてよ!」


「喧嘩にすらなんねぇよ。行くぞひかり」


「待て! 話は終わっておらん!」


「もうちょっと仲良く……は、できないよなぁ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る