第21話 知らない人からの手紙が一番怖い

 部屋に戻り、いつも通りダークさんはベットに飛び込んだ。


「ガハハ! よくやったひかり! 今日ほど上手くいったことはないぞ!」


「……そうですね。本も無事に盗めて良かったです」


「おいおい、なんかテンション低いじゃねぇか。探偵とやりあって疲れてんのか? せっかく本も刀も手に入れたんだ。もっと喜べよ」


「本はともかく、刀はついででしょうに」


「……なあ、テメェ探偵となに話してたんだよ。なんか今回は妙に探偵に固執してたし、今元気ないのもそのせいだろ?」


「別に、大したことはないですよ。探偵ハート、心ちゃんが俺の友人だってことは知ってますよね?」


「ああ、言ってたな」


「その友人と、完全に決別したので。それが心ちゃんと釣り合うようになる為とはいえ、その心ちゃんと敵同士になってしまったのでちょっと気にしているというだけです」


「釣り合う、ねぇ……」


「ふふっ、やっぱりバカだと思います?」


「テメェがバカなのはいつものことだろ」


「追い出しますよ?」


「んなキレんなって。だが、そういう感情論は嫌いじゃねぇ」


 ……その時俺は、呆けていたと思う。


 まさか、ダークさんが人の感情について寛容だとは思わなかった。ダークさんは俺以外の人間と関わることは無い。だからこそ、人の感情に乏しいかと思っていたのだが……


「なんだその顔」


「ああいえ、ダークさんにも心があるんだなって」


「しばくぞ。言っておくが、そもそも俺が怪盗やってるのも感情論だ」


「そうなんですか?」


「ああ。俺が怪盗やってる理由、なんだと思う?」


「お金が欲しいから?」


「まあ、普通はそう思うよな。だが、俺に本来金は必要ねぇんだ。全部盗めば良いし」


「あー確かに。ダークさんって普段は予告状出して物盗んでますけど、本来そんな過程必要無いですもんね。じゃあ、ダークさんはなんで怪盗やってるんですか?」


「人に迷惑かけたいから」


 あっ、そっかぁ……


 少し気になり始めた俺がバカみたいだ。まさかこんなにも単純な理由だったとは。


 確かに、世の中には人に迷惑かけることに快感を覚える人は山ほどいる。俺だって、迷惑かけるより助ける方が気分が良いだけで、心の底から善人でもない、ただの偽善者。今回怪盗になったが、それに対する抵抗も割と無かった。


 やはり、心の底ではみんな、誰かに迷惑をかけたいと思っているのかもしれない。ダークさんの理性がぶっ壊れているから、ダークさんだけが悪人だと思ってしまうだけで。


「俺さ、親に捨てられてんだよ」


 前言撤回、クソ重くて複雑な理由だった。


「だからこんなクソみたいな世界に復讐したくて怪盗を始めたんだ」


 親に捨てられたとなれば……確かに人を恨んでもおかしくない。世の中それでも立派に生きている人が大半だろうが、普通に考えてそっちが凄いだけで、今のダークさんのようになるのが当たり前なのだ。


「まっ、そういうわけだから世の中リスクに見合ってなくて、頭おかしいって思われるようなことする、後先考えないバカは割と居る。テメェが探偵とわざわざ決別したのはバカだと思うが、それでも人間らしいって俺は思うぜ」


「……ダークさん」


「なんだ?」


「俺、ダークさんと会えて良かったです」


「なんだよ急に」


「ダークさんが会えたから、俺はいろいろ知ることができたので。ダークさんと一緒に居ると、俺も成長できそうだなって」


「そうかよ。まあ、俺はテメェから離れる気ねぇからな。テメェは俺を手本にして、好きなだけ成長するんだな」


「はい」


「はいじゃねぇ、突っ込めバカ……それよりクトゥルフについてだ」


 ダークさんは話題を変えたかったのか、俺へと本を投げ渡してきた。


 こういうところはあんまり見習ってはいけないところだな。日常生活では俺がしっかりしていよう。


「えっとなになに……」


 この本は大した厚さではなく、開いてすぐ本題に入っている。


「『海底神殿ルルイエには大いなるクトゥルフが住んでいる』」


「やっぱ海底だったか」


「『クトゥルフが目覚めた時、ルルイエは上昇し、同時に世界中全ての人間が悪夢を見るだろう』」


「……悪夢?」


「『悪夢を見たものは精神状態を平常に保っていられず、皆死に絶える』……なんて?」


「お、おい……今、クソやべぇことさらっと言ってなかったか?」


「さ、流石にクトゥルフが目覚めて人類滅亡とか非現実的すぎる……」


 ……いや、非現実的な存在なら、俺の目の前に存在する。


 この探偵衣装だってそうだ。俺達一般市民からすれば異常そのもの。


 そしてなにより、一昨日見た魚人の化け物……アレの存在が、この非現実的な事象が現実に存在することを意味している……


「とりあえず続き読め」


「はい……えっと、『このクトゥルフが目覚める時期になると、眷属である深きものどもが生贄を求めて人間界を彷徨い、やがて生贄を集めた深きものどもが儀式によってかの邪神を目覚めさせるだろう。その時は近い』……」


 つまり、深きものどもが活動し始める頃が、クトゥルフが目覚める合図……


「ダークさん」


「なんだ?」


「できる限り早く、ルルイエに行く方法を見つけたいです」


「俺は人類皆消えるのは大歓迎なんだがな」


「俺にとっては困るんです……お願いします。ルルイエにある財宝もなにもいらないので、協力してください」


「……はぁ。良いぜ。テメェだけは生き残ってもらわねぇと困るからな。ついでに世界も救ってやる。手始めに、下行ってポスト調べてこい」


「ポストですか?」


「ああ。ちょうど今、気配を感じた」


 ダークさんは博物館にクトゥルフについての本があるという情報が書いてあった手紙を見せてくる。


「多分、これが入ってるからな」


「……! 今この状況も……?」


「見られてる……って、思っていた方が良い」


「……下行ってきます」


「おう」


 調べてみたところ、確かに手紙が入っていた。


 その内容は、ルルイエまで行く方法について。

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