第18話 突入

午後十八時五十分。


 博物館では大量の観客で賑わっていた。


 そんな異様な光景を、俺とダークさんは路地裏から覗き見ている。


「そろそろだな」


「ええ」


 前回は事件現場に観客が居て大丈夫かと思ったが、今日はそんなことどうでも良い。おそらく、ダークさんやハートさんも同じように思っていたのだろう。



 観客が居ようが警察が居ようが、重要な相手は一人だけ。



 今回、クトゥルフについてを盗むこと自体は簡単だ。この衣装があれば大抵のことはなんとなるだろう。なので、気にするべきは探偵ハート。少なくとも俺一人では勝ち目がない探偵ハート。前回見逃してくれた探偵ハート。


 ……緊張する。


 本当に上手くいくのか。ハートさん相手に逃げ切ることができるのか。


 いや、上手くやるのだ。今回ばかりは絶対にうまくやってみせる。そう思ってはいても……やはり不安だ。


「テメェ、なに固まってんだよ」


「……! い、いえ、なんでもありません」


「ったく、探偵と戦うこと自体は二度目だってのに。そんなんじゃ、いざ対峙した時にうまくいかねぇぞー」


「大丈夫です。ハートさんに負けることはありません。俺のこと、今は不安要素でしかないでしょうけど、本番はしっかりしますのでお気になさらず」


「テメェなぁ……それはそうと、服装、それで大丈夫なのか?」


「はい。探偵衣装のままではハートさんに迷惑かけますから」


 現在、俺は探偵衣装の上に怪盗としての衣装を着ている。その為ちょっと違和感があるものの、探偵衣装を人に見せることなく、身体能力を引き上げることができた。


 幸い俺の顔はバレていないし、これなら探偵が怪盗になったなんてニュースを流さなくて済むな。


「テメェもよくやるぜ」


「ただでさえ迷惑かけるっていうのに、これ以上は可哀想ですから」


「怪盗やるクセに律儀だな。……テメェ、スマホ持ってきてるか?」


「はい。こういうのって持ってちゃマズいですかね?」


「どうせ相手は俺達の居場所特定してんだ、今更だろ。それよりなんか鳴ってんぞ」


 そう言われて触れてみると、確かに震えていた。これはメールか?



『おぬしも来るのか?』



 ……俺は既読をつけたものの、返事はせずにスマホをしまった。


「良いのかよ」


「相手はハートさんだった」


「ふぅっ! こりゃ返事もできねぇな!」


「うるさいです。俺にとってこうした方が良いと思っただけ。ハートさんが俺に対してなにを思ったところでもう関係ありません」


「今なら引き返せるぜ?」


「本当ですか?」


「んなわけねぇだろ? クククっ、これは面白れぇことになってきたな……!」


「まったく……そろそろ時間です」


「おう」


 俺達は目標地点の真上、屋根の上へと移動して待機する。


「電気は?」


「いろいろ仕込んである。時間になったら完全に消えるぜ」


「相手も対策はしているでしょうし、隠密行動が可能な時間は一瞬だと思っておきましょう。盗むだけならそれで事足りますし」


「つまり、本番はやっぱりその後か」


「どうなるか分かったもんじゃねぇが、それが楽しいんだから仕方ねぇな」


「相方が頼もしくてなによりです。それでは、あと十秒です」


 ダークさんがカウントダウンを始める。同時に警察が騒ぎ出した。


「ダークさん」


「おうよ」


 大きな深呼吸の末、叫ぶ。


「……突入!」


 瞬間、俺達の足場は粉々に砕かれた。

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