第17話 友達であり続ける為に

 あの凄惨な現場を目撃して一晩。


「よし、来てやったぜ博物館!」


 俺とダークさんは朝から博物館まで足を運んでいた。


 ダークさんは元気だな。まだ朝の九時なのにもうシャキッとしている。そういえば昨日も一昨日も朝から俺の弁当の中身すり替えてたしな。案外朝には強いタイプなのかもしれない。


 そんなダークさんとは裏腹に、俺は少々テンションが低い。


「なんだ、なんでテメェ俯いてんだ?」


「ああいえ、なんでもないです……とりあえず入りましょうか。ダークさん。ここは博物館なので、中では騒がないようにお願いしますよ?」


 まあ、幸いここはテンションが高い人を求めている場所ではない。これでも良いのかもな。


「いっつも俺が騒がしくすると観客は喜んでるぞ?」


「め、面倒な屁理屈こねて……では騒ぐのは盗みに入った時だけで、普通に入る時は静かにしないといけないということで。さあ、誰も来ない内に入りましょう」


 入って受付をすませ、俺はチケットをダークさんに渡す……つもりだったのだが、振り返るとそこにダークさんが居ない。


 今日はできる限りのんびりしたいのだが……どこ行ったあの人。


「こ、困りますお客様」


「おいひかり! こいつ凄いぞ!」


「チケットもらう前から入らないでください! あとそのケースには触らないで!」


 急いでダークさんをケースから引きはがすと、引きずって道を進んでいく。


「おい良いじゃねぇかよ。少しくらいのんびり見て回ろうぜ?」


「それができなかったのはダークさんのせいです……! それで、なにが気になったんですか?」


「いやさ、こんなところに刀とかあるんだぜ? やっぱ探偵相手するのに銃と足だけじゃキツいんだわ。というわけで」


「ああもう良いです。まったくダークさんは……とにかく今はルルイエまでの地図を探しましょう。このままでは全て盗むと言いかねません」


「いやいや、流石の俺も、全部とは言わないって。ちょっと気になった物とか売れそうな物だけだ。他は全部壊す」


 そう言って、なにを想像したのか笑い出すダークさん。その顔はとてもいやらしくてムカつくものだった。


「ここにあるやつ全部壊したら、ここの奴らどんな反応するかね?」


「めっちゃ怒りますよ。心ちゃんも余裕で俺達の情報バラします」


「そうなったら高跳びしような!」


「ホントにあり得そうで嫌……」


 まあ、今回はそうはならないだろう。ちょうどルルイエまでの地図を見つけた。


 地図はどうやら、一枚の古びた紙に書いてあるもの。そして見た感じ……


「海か?」


「さらに言うなら深海でしょうね。海の上にあれば既に話題になっているでしょうし、あり得るのは海の中しかない」


「海の中なんてどうやって行くんだ?」


「そんなもの分かりませんよ。ただ、俺達に情報を寄越した者は、俺達が人間であることを……」


「あ? なんだよ」


「……いえ。俺達が人間であることを分かっているはず。同時に俺達がこんな深海を調べられないことも。なにかここに行く為の方法があると考えるべきでしょうね」


「じゃあまだルルイエに行けねぇってのかよー!」


「仕方ないですよ。そもそもルルイエにお宝が眠っているかも怪しいんです。気楽に行きましょう」


 ……それにおそらく、ルルイエに俺達は行かない方が良い。ルルイエに居るのはあの魚人だけ。ダークさんを連れていくのは……あまり気が乗らないし。


「とりあえず、写真撮っておくか?」


「そうですね。それで盗む必要なくなります……し……あの、ここ、撮影禁止……」


「へぇー? へぇー?」


「めっちゃムカつくその顔……! まだです。今は幸い誰も居ません。監視カメラは……ダークさん俺を隠して」


「テメェちっちぇから余裕で隠れるな」


「うるさいです」


 スマホを取り出し、シャッター音がならないようにして写真を撮る。


「これで今日やるべきことはお終いです……」


 なんだかどっと疲れが押し寄せて来た。


「今日はもう帰りましょう……」


「なあなあ、もうちょっと見てかね?」


「なんでですー? ダークさん、博物館とか興味ありましたっけー?」


「もしかしたらお宝が眠ってるかもしれねぇ」


「……それで?」


「次のターゲットが決まるかもしれねぇ」


「行きますよ」


「はいダメー。テメェも連れてくからなー」


 くっ……この人無駄に力強いから抵抗できない……!


 それからいろいろ見て回った。


 大抵の物にダークさんは興味を示さなかったが、たまに置いてあるナイフや刀にはケースにひっつくほど興奮し、盗みたいと連呼する。あんまり公共の場でそういうこと言わないでほしい。


 だが、それでも怪盗として、さらに言えば探偵ハートというリスクを背負ってまで盗みたくなるほどの物は無く……


「って、なんだこれ」


「どうしたんです?」


「テメェ、本とか詳しいか?」


「え? ええ、心ちゃんといろいろ読んできましたので……」


「んじゃ、これ見たことあるか?」


「これは……」


 そこにあったのは古い本……いや、ノートだろうか。


 一応題名のようなものは書いてあるが……『クトゥルフについて』なんて言われても分からない。そもそもクトゥルフとはなんだ?


「なんですかね、これ」


「テメェも分からないんじゃお手上げだな。だが、ここに置いてあるってことは、それだけすげぇものだってことだよな?」


「それは確かに……あっ、ちょうどお年を召された職員の方がいらっしゃいます。ちょっと聞いてみましょう」


「なあじーさん、これなんだ?」


「失礼!」


「むう? それはクトゥルフについてかぁ……ワシが若い頃に寄贈されたものじゃのう。ただ、中身についてはワシも分からん」


「んじゃ、クトゥルフについても知らねぇか」


「ああそれなら、寄贈してきた青年が言っておった。ルルイエに住む神様じゃとな。どこまでが本当なのか、ワシにはよく分からん」


 ……! ルルイエに住む神様だって……?


 つまり、ルルイエのボスがクトゥルフで、その配下が深きもの……?


「すみません、その青年ってどんな方でしたか?」


「どんなと言われても、もう何十年も前の話じゃからの……なんとなく、小麦色をした青年だったことしか覚えておらん」


「そうですか……いえ、ありがとうございます」


 それだけでは情報になり得ないか。


 それから職員の方と別れ、博物館を出た。


「どうしたひかり。テメェ、なんか元気ねぇな」


「そんなことは……いえ、そうですね。ダークさん一つお願いをして良いですか?」


「なんだ?」


「あのノート、『クトゥルフについて』を盗んでください」


 そう頼んでから、ダークさんはしばらく呆けていた。それだけ、俺から盗みの頼みをしてくるのが意外だったのだろう。


 そして、笑った。


「ハハハ! 良いね! 俺達で盗んじまおう! 早速予告状用意しねぇとな!」


 意気揚々と家へと歩き出すダークさん。そんなダークさんを見て、俺は空へと顔を上げる。


 これが正しいとは言いにくい。本来なら館長に頼みに行くべきだろう。だが、俺達に展示品を渡してくれるほど甘くはない。心ちゃんに任せるという手もあるが……そうしたら、心ちゃんは仕事に俺を連れて行ってくれるだろうか。


 昨日、俺はなにもできなかった。ただ見ているだけだった。仕事に付き合うと言っても、俺はただ、クレーンゲームで景品をもらって終わったんだ。こんな施しを受けているだけの関係。こんなものは友達とは言えない。


 心ちゃんと対等になるには、俺も大きなものに立ち向かわなければならない。ダークさんと一緒に居る為には、真実と向き合わなければならない。……そんな気がする。


 ……多分、これは必要なことだ。だから、必要だから、俺は罪を一つ積み重ねる。

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