第16話 ハートさんはダークさんより怖い
ゲームセンターに着くと、入り口のすぐ側にあるクレーンゲームに目が行った。
俺はそこまでゲームをする方ではないのでこういった場所にはあまり来ないが、クレーンゲーム……というか、その景品には興味がある。
「なんじゃおぬし、なにか欲しい物でもあったか?」
「ううん。まだあんまり見れてないからそんなに。でも、こういうところにある景品って割と良い物も混じってるから回ってみたいなって」
「そうか。ではまずここら辺を見て回るとするか」
そうしていろいろな機体を見ているが、どれを見ても取れなさそうなものばっかりだ。お菓子なんかは敷居が低いが、フィギュアなんかになると難しそうなものばかり。まあ、フィギュアに興味があるわけじゃないので俺としては問題ないのだが、見るだけでは少々つまらない。
「あっ、これ可愛い」
「これは……ぬいぐるみか? あまり見たことがないの」
「俺も。こういうところにしか置いてないのかな」
「そもそもぬいぐるみ業界にワシらは詳しくないからの。しかしまあ、卵のぬいぐるみとは、おぬしも変わったものを好むのじゃな」
「そう? 俺は可愛いと思うけどな」
「ふむ。ワシはおぬしのことに関しては詳しいと思っておったが、案外趣味趣向に関しては見直すべきかもしれん」
「……別に、そんなに気にしなくても良いよ?」
「ダメじゃ。ワシはおぬしにとって一番の理解者でなければならん」
「な、なんで……?」
それはそうと、こういうのは一度気になってしまうと手に入れたくなってしまうな。
やはりぬいぐるみはフィギュアなんかに比べると取りやすそうだが、それでも俺のような初心者にはまだまだ難しい。
「……おぬし、そんなに気になるのか?」
「ちょっとねー。まあ、どのみち今日は取れないからいいや。さて、そろそろ他のところも回ってみようかなぁ」
他に回れるところは、コインゲームなんかだろうか。どんなものがあるんだろう……あっ、競馬とかある。ダークさんとか好きそうだし、今度一緒に来てみようかな。
「ねえハートさん……って、どうしたの?」
「ん? ああ、ちょっとな……」
別の場所に行こうとしたが、どうやらハートさんはずっとクレーンゲームの方を見ているようだ。なにか気になったものでもあったのだろうか。
「あー……ひかり? ひかりはこのぬいぐるみが欲しいってことであってるな?」
「確かにそうだけど……でも今日はいいよ。荷物増えそうだし、どのみち俺じゃ取れそうにないし」
「それなんじゃが、ワシが取ってやる」
「え?」
しかし、それでは荷物が増えるし金の無駄になるかも……
そう言おうとした時には既に、ハートさんは百円玉を投入していた。
杖を機体に立て掛け、両手をボタンに置いて集中する。
そんな姿を見ては、俺もなにも言えなくなってしまう。
……ホントに、俺の友人は良い人ばかりだ。だから俺も、みんなを助けたい。
ガタンと音がした。その音で意識が戻ってきて、ハートさんへと集中する。
ハートさんは二つぬいぐるみを持っており、なにやら困っている様子。
「よ、余分に取ってしまったの……とりあえずほれ、ワシからのプレゼントじゃ」
「……良いの? 俺、ハートさんにお返しできるものないけど」
「気にするな。仕事に付き合ってもらっておるからの。その報酬とでも思っておけばいい」
そっぽ向いてぬいぐるみを差し出してくるハートさんを見ていると、なんだか胸がポカポカしてきた。
……自分でも、顔が緩んでいるのが分かる。
「心ちゃん」
「な、なんじゃ。今はハートと――」
「ありがとう!」
「ッッ! お、おぬしはもう……こ、これくらいお安い御用というもの! これからもなにかあればワシに頼ると良い! っと、卵のぬいぐるみに加えて、魚のぬいぐるみまで取ってしまったからの。ついでもこれもやる」
「ハートさんが取ったんだから、そっちはハートさんが持って帰ったら?」
「別に良い。ワシはそれほどぬいぐるみに興味は無いからの。サービスじゃ」
「そっか。大事にするね」
それにしても、卵と魚が一緒の機体に入ってるって珍しいな。もしかしてこの卵、この魚のものだったりするのだろうか……あっ、タグがついてる。それに商品名が……
「なにこれ、『深きもの』?」
「ッッ⁉」
「聞いたことない魚だね。アレかな。このぬいぐるみのシリーズに深きものシリーズがあるとか」
「やっぱりそれワシにくれ!」
「え? うん、どうぞ」
ハートさんは俺からぬいぐるみを奪い取ると、タグやぬいぐるみ本体をまじまじと観察し始めた。
どうしたのだろうか。もしかして深きものシリーズについてハートさんは知っていたのかな?
「なんてことじゃ……なぜこんなものが置いてある……」
「このぬいぐるみ、見たことあるの?」
「ない。じゃが、話だけは聞いておった」
ぬいぐるみについて話を聞くってちょっと珍しいな。特にハートさんは人と話すイメージないし。
……なんだか、とても焦っているように見えるのは気のせいだろうか。
今度はスマホでなにか調べ始めた。やっぱり深きものシリーズについてか?
「情報は一つも無い……つまりこの店限定の景品になっておるということ……」
「ハートさん、どうかしたの?」
「ああ。化け物捜索が進展した」
「化け物……って! まさか、そのぬいぐるみ……⁉」
「そうじゃ。これが化け物である、『深きもの』だ。まさか景品にされておるとは。ひかり、ここの店長に話を聞くぞ」
「……分かった」
俺達が店長に話しがしたいと申し出ると、思ったよりもすんなり奥の部屋へと案内された。これもおそらく、この探偵衣装のおかげだろう。現在の日本では、探偵ハートは警察と同等の立場。そんな探偵ハートの申し出を断るわけにはいかないのだ。
それからしばらくしてやってきたのは、店長らしきおじさん。大体四十歳程度だろうか。身長は高いが少し太っている。
俺は店長の姿を見てすぐ立ち上がり、ハートさんは座ったままで足を組んでいた。
「探偵ハートさんですか。今日はどうしてこんなところに?」
「単刀直入に問う。これはなんじゃ?」
ハートさんは店長の足元にぬいぐるみを投げ捨てた。
店長は穏やかに微笑みながらぬいぐるみを拾い、ほこりを払う。
「なにを聞かれると思ったら、ただのぬいぐるみですよ」
「ならば問い方を変えよう。それはどこから仕入れたものだ?」
「これは私個人で作ったものです」
「どうやって作った?」
「ぬいぐるみの作り方についてですか」
瞬間、ハートさんは懐から銃を抜いて店長へと突きつけた。
「……警察を呼びますよ?」
「こちらのセリフじゃ。ひかり、警察を呼べ」
「う、うん」
なにがどういう状況なのか俺には分からないが、とりあえず話を聞きながら通報する。多分探偵ハートの名前出せば怒られないよな……?
「これを作る為のモデルがおったはずじゃ。あと言いたいことは分かるじゃろ?」
店長は表情を戻し、黙り込んで、ぬいぐるみを捨てた。
……俺は、ここまで人が豹変するところを見たことがない。だからだろう。とても怖かった。
「これが私達のやり方です。私達も、あなたと同じ正義の味方なのですよ」
「そんなことはどうでも良い。さっさと化け物を出さんか」
店長はまた黙り込んで……懐から銃を取り出した。
そして、その銃をノータイムで撃ち落とす。
「クッ! ……お前は何者だ……どうしてこの現代日本でそれだけの力を持っている……?」
「おぬしらなら分かるじゃろ」
「……来い! 深きものども!」
そう叫ぶと同時に扉が開かれた。
そこに居たのは……魚人。この世には存在しないとされていた、魚人であった。それも三体ほど。
化け物だ。確かにこれはハートさんの言う化け物で間違いない。絶対に殺しておかなければならない存在だと、一目で理解できた。
……なのになぜだろう……俺はこいつを知っている……?
「これで終わりじゃな」
気づくと魚人は倒れており、その周りはとても赤くなっていた。
ハートさんは未だ椅子に座ったままで、店長に銃を突き付けてる。
「……まさか、深きものどもをこうも簡単に始末するとはな。それで、俺はどうする? このまま刑務所行きか?」
「貴様ごときワシらには必要ない。貴様の持っているかもしれない情報もな」
「だったらどうする?」
「殺す」
有言実行。ハートさんは、躊躇る素振りも見せず、引き金を引いた。
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