第4話 ノーと言えるようにしたかった
昼休みになると、俺はこっそりと教室を抜け出し、校舎裏へと来ていた。
やっぱり、ダークさんのことを隠さなくてはと思っていると、なんだか落ち着かない。せめて、人が誰も居ないところでゆっくりしていよう。
これも犯罪者を匿っている故の罪悪感や、警察に捕まらないかという恐怖感なのだろうな。いっそのことダークさんを警察に突き出せば良いのだが、それ自体が既に怖いのでどうしようもない。
まあ、なにはともあれ、ようやく昼食だ。学校でできることなんてなにもないし、細かいことは家に帰ってからまた考えれば良い。現実逃避は時に自らを救うこともあるってね。
さて、今日の弁当はどんなのだろうな。
……弁当を開けた瞬間、俺は人生で二回しかしたことのない絶望を味わった。ちなみに一回目はダークさんが怪盗だと知ったとき。
「……なんで、中身無いの?」
小さな呟きが、誰も居ない空間に響く。
いや、正確に言えば中身はあるにはあるのだ。だが、その中身は食べ物ではない。
『怪盗ダーク参上!』
そんな白いカードだった。
「フハハハハ!」
その時、頭の上からちょっとムカつく声がしてきた。
顔を上げると、ダークさんであろう黒ずくめが空から降って来ている。
……空から降って来ている?
「スタっ!」
自分で効果音言いながら俺の目の前に着地したダークさんは、マントを翻し、顔に手を持っていき、ポーズを決める。
「怪盗ダーク参上!」
それからしばらく、その場は静寂に包まれた。
「……あの、ダークさん」
「なんだ、あまりのカッコよさにビビったか?」
「いろいろ言いたいことありますけど……とりあえず弁当返して」
「まったく、テメェはホントにつまんねぇな。俺が怪盗ダークだと気づいてから一回もビビる素振り一つ見せねぇ」
「そりゃ昨日だって、結局ゲームして寝て、怪盗らしいことなんにもされませんでしたもん。銃だって俺に向けすらしないし」
「向けりゃ良いのか?」
「やめてください。まあそういうわけなんで、俺は面白いことなんてできませんよ。それより、弁当は?」
ダークさんはつまらなそうに舌打ちをしながら、こちらへと弁当箱を投げてきた。中身ぐちゃぐちゃになってそう。
「弁当の中身抜くなんて、マジシャンみたいですね」
あっ、鮭ぐちゃってなってる。上手く箸で掴めなかったのかな。
「俺は怪盗だ、マジシャンじゃねぇ。手先は器用だからな。昨日の礼代わりに面白いもん見せてやろうってな」
「はた迷惑なお礼だなぁ」
手先器用だったんだ。鮭ぐちゃってなってるのに。
「いただきます」
俺が弁当を食べ始めると、ダークさんは俺の隣に来て壁にもたれた。
「座らないんですか?」
「座ったらすぐに動けんからな」
「まあ、人が来たら逃げないとですもんねぇ……って、そうそう。人に見られるわけにはいかないのに、なんでこんなところに居るんですか」
「そんなもん、お前の反応を見る為に決まってんだろ」
「そんなことの為にリスク犯したんですかぁ……? 今のダークさんは、ダークさん自身だけじゃなくて俺の命運も握ってるんですから、気を付けてくださいよ?」
「わーってるよ、うるせぇな。にしても、ここが学校ってやつか。話には聞いてたが、案外デカい施設みたいだな」
「興味ありますか?」
「別に、勉強とかする気ねぇからな。俺は死ぬまで盗みで食っていくって決めてんだ」
「俺、それにいつまで付き合っていけば良いんでしょう……」
「俺が別のとこで暮らしたくなったらだな。まあ、俺はどこかの誰かさんに、親に捨てられたホームレスだって紹介されたからな。お前の両親からはずっと暮らしてて良いなんて言われてんだ。しばらくは厄介になるぜ」
「それ以外言いようがないじゃないですか。怪盗ダーク助けたから匿わせてなんて言えませんし。そもそもダークさんはホームレスですし」
「言っておくが、俺は金自体は持ってんだぞ? 盗んだもん、すぐに換金してっから。ただ、戸籍が無いから家が買えないってだけで」
「そういえば、そのお金ってどこにあるんです? 今は持ってないですよね?」
「前住んでたところに置いてた」
前住んでたところ……家については昨日聞いたよな。確か、山奥で家を作って雨風を凌いでいたという話だ。その家に置きっぱなしにしているのだろうか。まあ、山奥には誰も来ないしな。
……ん? 置いてた? 過去形?
「そっからテメェの部屋まで移動させた。ガチ面倒だったぜ。大体三千万か? 案外重いからな」
「さっ……⁉ ちょっ、ちょっと……ちょっと待って……いくらだって言いました……?」
「三千万」
思わず、弁当を落としそうになった。
そうか……今俺の部屋には三千万が眠っているのか……
お金ですら眠れるのに、部屋の主である俺が眠れなくなりそう。
「まさかテメェ、金欲しいのか?」
「い、いりませんよ、そんなの……」
どうしよう……すんごい怖い……他の部屋掃除してそっちを俺の部屋ってことにしようかな。
「あっ、良いこと思いついたぜ」
「……とりあえず言ってどうぞ」
「宿賃代わりになんか盗ってきてやるよ。せっかくだ。探偵にも仕返ししたかったしな」
「いりませんよそんなの!」
「まあまあそう言うなよ。早速どこ襲撃するか決めねぇとな。そうだ、テメェも来いよ。もちろん、客としてな。客の立場で、俺の仕事っぷりを見てると良い」
「そんなの絶対――」
「決まりな。んじゃ、場所決まったらまた伝えるわー」
そう言って飛んで行ったダークさん。
これ、無視したら後でボコボコにされそう……
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