第2話 この人可愛いけどヤバい人だった
家は意外にも暗かった。どうやら誰も帰ってきていないらしい。両親のどちらとも仕事が長引いているのだろうか。
理由がなんにせよ、これは都合が良い。今の内にあんこさんの怪我の手当てをしてしまおう。
「あんこさん、こちらにどうぞ」
「……邪魔するぞ」
ぶっきらぼうに小さく呟くあんこさんをリビングへと案内した。
ソファへと座らせ、俺は救急箱を取りに行く。
実のところ、人の怪我していたところを手当てするという機会には割と慣れている。その為、俺自身はこの行動自体に何か不安があるわけでもないのだが……
あんこさんの方をチラッと見てみると、なにやらソワソワしているようだった。
あんまり他人と関わるイメージ無いし、こうして知り合いの家に来るの初めてなのかな。というかソファ座ってるとスカートの中見えそうで怖い。この人全然隠そうとしないし。
「おい、やるならさっさとしろ」
「そんな物騒な言い方して……すぐ手当てしますよ」
物言いはちょっとアレだが、さっきよりもなんだか怖くないな。よく見たら俺と同じくらいの歳っぽいし。
救急箱と濡れたタオルを持っていき、あんこさんの前に座る。
あっ、ここダメだ。顔上げたら見えそう。
やましい気持ちが無いでもないが、流石に本当に見てしまうのは違うだろう。
そう思い、なんとか傷に視線を集中させる。
「……って、よく見たら傷綺麗ですね。一度洗い流した方が良いのかと思いましたが、これならタオルで拭くだけで良さそうです」
「まあ、あいつの技は一流だからな……」
「あいつ?」
「なんでもねぇ、拭くならさっさとしろ」
「分かりました」
しかしこれは助かった。足を洗うにしても洗える場所まで連れて行くのは手間がかかる。この場で全て終わるのはかなり楽だ。
足に手を添えて、傷口に触れないように血を拭いていく。
「んっ……」
「あんこさん? どうかしました?」
「な、なんでもねぇ」
人にこうやって世話をされたくないのだろうか。あんこさん、人のこと信頼してなさそうだし。
まあそうだよな。こうして初対面の相手に足を許すなんて怖くて当然だ。できるだけ早く終わらせよう。
足についた血はある程度拭けたので、今度は傷口。汚れはついていないので、ガーゼで血だけ拭うように軽く。
「……うめぇな」
痛くなかったようで良かった。
後は絆創膏……は小さすぎるので包帯を。
包帯を巻いていると、あんこさんから話しかけてきた。
「お前、こういうの慣れてんのか?」
「……あっはい」
「なんだよ今の間は」
「いえ、あんこさんから話しかけてくれるとは思っていなかったので」
「俺をなんだと思ってんだ。んで、まさかとは思うが、普段から人助けみたいなことしてるわけじゃねぇよな?」
「してますよ? だから手当てもできるわけですし」
そういうと、なぜかあんこさんはため息を吐いた。俺、何か変なこと言ったかな?
「お前さ、こういうことしてるといつか損するぞ?」
「なんでです?」
「んなもん、お前の善意を誰かが利用してくるからだよ。俺だってそうだ。誰かに手当てされちゃいけない人間なのに、お前の善意につけ込んでる」
「そんなこと言われても、俺はあんこさんがどんな人間か知りませんもん。そりゃ金寄越せとか言われたら断りますし、自分にとって被害が出ることを容認するつもりはありません。ですが、あんこさんは俺になにかするつもり無いですよね?」
「そりゃねぇけど……」
「だったら良いじゃないですか」
それから、あんこさんはしばらく黙り込んだ。
静かな空間。包帯を巻き終わると、俺は黙って立ち上がる。
「救急箱戻してきます」
「……ああ」
救急箱を戻してくると、ついでにお茶とお茶菓子を持ってきた。
まあ、案の定あんこさんは怪訝そうな顔で俺を見る。
「なんだこれ」
「お茶とお茶菓子です。あんこさんは緑茶大丈夫ですか?」
「茶なんて飲んだことねぇよ」
「えっホントですか⁉ それならどうぞお飲みください! 俺、お茶淹れるのには自信あるんですよ!」
「嘘つけ。……まあ、腹減ってるし、もらっとく」
どうやら湯呑みにも慣れていないらしく、恐る恐る湯呑みを掴んで、口へと運んだ。
「アツっ⁉」
「……ふーふーしたらどうです?」
「う、うるせぇ!」
なんか猫みたい。熱い飲み物自体飲んだこと無いのかな。
それと、慣れない様子でふーふーするあんこさんはとても可愛かった。
異常にふーふーしてから一口飲んだあんこさんは、ゆっくりと湯呑みをテーブルに置いた。
「……まあ、美味いじゃん」
「ホントですか? 良かったぁ……」
「なんでそんなビビってんだよ」
「だってせっかくの緑茶デビューなんです。良いものでないと俺はずっとモヤモヤすることになってましたよ」
「……あっそ」
あんこさんはそっぽ向いてお茶を飲む。
俺もあんこさんの隣に座ってお茶を一口飲んだ。
「隣かよ」
「ダメでした?」
「別に」
お茶菓子へと手を伸ばし、硬直するあんこさん。
「そういや……これなんだ……?」
「とりあえず一つ食べてみては? どれも美味しいので」
俺がそう言って、あんこさんが手に取ったものは小さなカステラのようなお菓子。一口サイズだから食べやすいんだよな。
どうやらそれはあんこさんも同じだったようで、その表情はパーっと笑顔になった。
……あんこさん、仏頂面でも可愛いけど、こっちの方が……
「……! な、なんだよ。こっち見るんじゃねぇよ」
「ああ、すみません」
できればしばらく眺めていたかったんだけどな。
さて、そろそろゆっくりできる時間もおしまいだ。
「あんこさん」
「なんだよ」
「どうしてあんな怪我してたんですか?」
「……結局、それ聞くのか」
「だって、あんな怪我するなんて普通じゃないですよ。こういうの他人が踏み込んじゃいけないとは思いますけど、俺はあんこさんが明らかに辛い状況なのを見て見ぬふりできるほど大人じゃないです」
……静かな家。静かな部屋の中。外からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
ここであんこさんが何も話さなくても文句は言えない。結局のところあんこさんにとって俺は、信頼できない他人だから。だけど……俺はあんこさんに巻き込んでほしいと、そう思った。
「……聞いてから後悔するなよ」
「しません。俺はどんな事情でも、あんこさんを見捨てません」
「……バカが。良いかよく聞け。俺はな、怪盗なんだよ」
それからまた、静寂が部屋を包んだ。
いや、一つだけ大きく聞こえる。
パトカーのサイレンの音だけ、大きく聞こえる。
「お前は知らないかもしれんが、俺は巷で噂の、『怪盗ダーク』だ」
……とりあえずテレビを点けた。
『怪盗ダーク今日も逃亡! 探偵ハート惜敗!』
速攻でテレビを消した。
「もう遅いぞ。こうなった以上、お前はこっち側に引き込むしかなくなってんだ」
「……あんこさんって家あります?」
「あると思うか? あと、怪盗ダークと呼べ」
ひとまず、俺はあんこさん改め、怪盗ダークさんを家に泊めることに決まった。同時に、犯罪者を匿うという犯罪を犯すことも決まった。
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