10.人間はお礼を言う

 風斗の疑惑を振り切りながら、魔法の練習に励むこと一週間と少し。

 ついにこの日が来た。

「光と闇の魔法は、どうにか扱えるようになったな」

「やったー!」

 最低限のレベルにようやく達したのだ。もちろん「これで満足するな」という副音声は聞こえてくるけれど、それでも喜ばざるおえない。

 ここまでスパルタ特訓を乗り越えてきたんだから。

「明日からは変換と他属性の魔法の勉強だ」

「うん、わかった」

 よくわからないことを叩き込まれるんだ、ということがわかった。道はまだまだ遠い。

「これ以上光と闇属性の魔法の教えようがないしね」

 ペラペラと、古めかしい本を読むルナねぇの言葉の意味がわからなかった。

「……珍しい、属性だから。みんな使えないから、勉強することもなかったんだ」

「一緒にしないでもらいたい。基礎的な魔法なら頭に入っている」

 不機嫌そうなユキに怯えたようなリク先輩。ルナねぇは笑みを崩さずに、視線をユキに向けた。

「基礎だけ、でしょ。貴方、他属性ならかなりのレベルで扱えるじゃない」

「……否定はしない」

「できないって言いなさいよ。という訳で私たちもいろいろ調べておくから、その間に他属性の魔法授業頑張りなさい」

「言われなくても」

 いつの間にか、理解が深まっている三人。憎み、信用もできない。最初はそんな風だったのに、信頼関係を築きつつあった。そのことが嬉しい。わかり合い、歩み寄ることが出来ることはいい事だと、私は思うから。

 そして、そんな幸せを感じていたから、私たちは気を抜いていたんだ。

 その気配に先に気づいたのは天使の二人だった。

「……!ルナ、この気配」

「えぇ、そうね。……天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります〈ディクト〉」

 何かがあった。それだけは私にも分かったけれど、それ以上はわからずルナねぇ達を見つめた。

「悪魔か」

「うん。気配が強い、近いのかもしれない」

「わかった。近いわよ、この森の出入口付近。しかも最悪なことに人間の気配もする……まって、この気配は……」

 青ざめて私の方に視線を向けるルナねぇ。嫌な予感がした。そうでなければいいと願う。けれど現実は一人の人間願いなど跳ね返してしまうようで。

「風斗くん……」

 全身が震え、血の気が引く。

 どうして、どうして!疑問と恐怖が頭を支配する。それでも懸命に落ち着こうと大きく息を吸い、吐く。でも恐怖から来る嘔吐感は引っ込んでくれず、苦しく、気持ちが悪い。

「リク!早く行くわよ」

「う、うん」

 慌てて出ていこうとする、ルナねぇ達。数秒考えてから「私も連れて行って!」と大きな声で伝える。

「これから行くのは、危険な場所よ。四織を狙うやつのいる。連れて行けないわ。大丈夫、私たちがさっさとやっつけてくるわ」

 足でまといなのはわかってる。ルナねぇ達なら大丈夫だと信じてる。でも弟が危険な時に安全な場所にいたくは無かった。これは元々私のせいなのだから。

「貴様が守ればいいだろう、天使」

 低く冷たくハッキリとした声だった。隣にいた男から聞こえたもので、私は顔を上げ見つめる。

「リク一人じゃ無理……ってまさか」

「俺も行く。俺とそいつなら充分だろう。そもそも貴様は接近戦向きではないだろうしな」

「……信じていいのかしら」

「さあな」

 断言はしない。けれど私は彼を信じられた。短い時間ではあるけれど、彼はここで見捨てるような悪魔じゃない。だから迷わず頭を下げた。

「ありがとう、ユキ」

「勘違いするな。勉強の成果を見るだけだ」

「うん。それでも、ありがとう」

 ユキに続き、私たちも部屋を出る。

 風斗を助けるために。怖くても、逃げたくても、それから目をそらさない為に。自分の責任と向き合うために。今は進むだけだ。

 

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