11.人間は助ける
走る。森を駆けていく。元から運動神経はそれなりにいい方だけど、今日は身体強化の魔法をかけてもらったので息一つあがらない。魔法の便利さにただ感謝だ。
森を抜けて舗装された道に出る。見渡すが、視界に映らない。後ろにいるルナねぇに視線を向ける。
「……あっちよ!」
指を指した方に向かって走る。間に合わなかったらどうしよう。そんな不安が私の背中を強く押す。間に合え、ここで助けられなかったら私はもう自分を許せない。生きたいのに、生きる価値なんてないと判断を下してしまう。そしてそんな私をきっと風斗は許してくれないだろうから。
だから間に合え、じゃなくて間に合わせる!
「……!いっ、た!」
学校で見かけた悪魔よりは、小さいが人間よりは大きい悪魔。それに掴まれ、苦しそうにしている弟。
まずは風斗を助けなくては。思いはみんな同じで、でもそのために考えたことは全く別。
「あいつの腕を切り落とす」
「頭を射抜くから、リクは落ちてきた風斗くんを確保して」
「……魔法で、幻覚を見せる。安全に、助ける」
「私が囮になれば……」
「それは却下だ」
即座に切り捨てられた。早かった。
それにしても見事にバラバラだ。確実さと、手っ取り早さと、安全。ひとつを選ぶならどれがいいんだろうか。
「ユキ、お願いしてもいい?」
「わかった。敵を切り捨てる力をこの手に〈クリエター〉」
呪文を唱え終わると、ユキの手に剣が現れる。鞘はなく、水色がかった刃が光にあたりキラリと輝いた。
「私は魔法で援護するわ。風斗くんを受け止めるのは……」
「お願い、私にやらせて」
「受け止めたら、すぐに後退するのよ」
「うん。ありがとう」
「僕も、援護にまわるよ」
各々の役割は決まった。まずはルナねぇとリク先輩が魔法で、悪魔の片手と足を拘束する。拘束気づき逃げようともがく悪魔。
「さっさとしなさい、悪魔!」
「わかっている」
ユキが飛び出す。私もその後に続き、走る。
一気に距離を詰め、悪魔の太い腕をユキはいとも簡単に切り落とす。手は力を失い風斗と共に落下する。手の方はユキが剣で遠くに飛ばす。
「空に浮かんで!〈フロート〉」
自分に魔法をかけ、地面から浮いて風斗を受け止める。呼吸はしっかりしていた。生きていることが確認できて、ひと安心だ。私はすぐに撤退。ルナねぇ達の元へ戻る。
「間に合ったのね」
「うん!かすり傷はあるみたいだけど……大きな怪我はないみたい」
「そう良かった。風斗くんも助けたし、本気出すわよ」
静かに悪魔を睨みつけ、怒りの籠った声で宣言する。その姿に危うさを感じた。いつかごろりと転げ落ちてしまいそうな、不安定さを。
風斗のために怒ってくれているルナねぇにそんなことは言えず、私は黙って二人を見つめた。
「……わかった。 天上の我らが君主よ、忠実なる代行人、リクが祈ります。あの者に、裁きの雷を〈ジャッジメント・サンダー〉」
「天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります。あの者に、存在すらも吹き飛ばす裁きの風を〈ジャッジメント・ウインド〉」
その魔法の衝撃はとんでもないもので、光と風で周囲を飲み込んでしまう。本気のレベルに恐れを抱くと同時に頼もしかった。
……ユキは無事だろうか。ユキがいた辺りすらも飲み込まれている。リク先輩にその気はないとしても、ルナねぇは狙っているかもしれない。ルナねぇ、かなり悪い笑顔を浮かべているし。気のせいだと思いたい。
魔法が収まる頃にはあの悪魔の姿はなく、ギロりとこちらを睨むユキが佇んでいた。その周りには光の壁のようなものが見える。魔法で身を守ったようだ。
「何か言いたいことはあるか」
「ご、めんなさい。強くしすぎた」
「私は信じてたのよ。どうせ防ぐだろうってね」
「貴様からは悪意しか感じないが」
「悪魔には信じる心が足りないわね」
いつも通りの二人を見て、こんなやり取りをできる限りはきっと大丈夫だろうと安心した。
落ち着いて周りを見て、そして気がつく。悪魔のいた辺りの地面が抉れ、コンクリートの残骸が撒き散っていることに。
「…………あれって、大丈夫なの?」
「えぇ、安心して。天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります〈リーワインド〉」
光に包まれ、消える頃には道路が元に戻っていた。あんなのが誰かに見られたら、大騒ぎからの通報で大変なことになる。無事に戻って良かった。
けれどもちろん問題が全て解決した訳ではなくて。
「……姉さん」
抱えていた風斗の瞳が、いつの間にか開かれている。そこに映る私は、泣きそうな顔をしていた。
「ごめん、巻き込んで」
私のせいで危険な目に合わせて。本当にごめんなさい。
「……教えてほしい。何があったのか、姉さんはあんなのに狙われてるの?」
なんと言えばいいのかわからなかった。真実を伝えるにしても、どこから、何から話せばいいのか。理由なんてわからないのに。風斗をこれ以上危険に巻き込むかもしれないのに。
「四織、一応言っておくけれど。彼の記憶を操作して、何も知らない状態に戻すこともできるわ」
俯きながら手段はあると教えてくれる優しい天使。そういう道を選ぶこともできると、選択肢を提示してくれる。
きっと私は何を選んでも後悔する。
守るべき弟を自分の運命に巻き込む道でも。真実を知りたいという意志をねじ曲げて、自分のわがままを貫いても。
「風斗が聞きたいなら話すよ。でも話したら危険な目にあうの。今日みたいなことが日常になるかもしれない。でも、私は……」
その先は声にはならなかった。自分の望みは言えない。資格は無い。だから待つ。風斗の心が決まるまで。
それは数分だったかもしれないし、数秒だったのかもしれない。
「……聞きたい。危険な所に姉さんを残すのは嫌だから」
「わかった。ここじゃアレだし、戻ろっか」
「そのまま運べるか?」
私はにっこりと笑顔で「大丈夫!」と返す。
「え、あ、いや!僕がダメだから、歩けるから。下ろして、姉さん!」
顔を真っ赤にしながら抗議されれば、飲み込むしかなく。風斗を下ろして、向かうは森の奥。
そこでコーヒーを飲みつつ、今までの事を全て話す。包み隠さず、ひとつの取りこぼしもないように。素直に、誠実に。
語り終わる頃には、空はすっかり暗く月と星が踊っていた。
全てを聴き終わった後の風斗の表情は、とても重かった。後悔や不安と恐怖を混ぜて色を作ったら、それが今の風斗の色になるんだろう。
シンとした部屋。みんなそれぞれ待っている。この話を聞いて、風斗がどういう結論をだすのか。
「……ごめん、姉さん。今まで気がつかなくて」
「ふ、風斗が謝る必要ないよ!私が謝らなくちゃいけないくらいだし」
「姉さんは何もしてない。だから謝る必要はないから」
始まりはそう。私も巻き込まれただけだった。だから謝る必要はないと言ってくれたんだろう。
「でも今は、私のせいで風斗を巻き込んじゃったから。だからごめんなさい」
少なくとも私は自覚があった狙われていると。そして対応を間違えて、風斗を巻き込んだ。それは確かに私の罪で謝らなくてはならない事だった。
「姉さん……」
また沈黙が部屋に落ちる。真剣に考え込む風斗。私たちは何も言えずに見つめた。
「あの……初弥先輩」
「ユキでいい。そちらは聞き慣れない」
「それじゃあ、ユキ先輩。僕にも魔法を教えてくれませんか」
心臓が鷲掴みにされたようだった。びっくりして、声も上手く出ない。
風斗の表情は真剣で、嘘なんで一つも感じなかった。
「本気か?」
「冗談なんか、言いません。僕は決めたんです。それを貫きたいだけです」
ユキは射抜くような視線を向け、じっと見つめて頷く。
「いいだろう。見込みもあるようだしな」
「……!ありがとうございます!」
喜ぶ弟に、なんと声をかけようか、考えて私は顔を上げた。
「風斗。本当にいいの?危険な目にもきっと沢山会うし、後悔するかもしれない。それでもいいの?」
「言ったじゃん。姉さんを危険な所に残すのは嫌だって。ここで逃げたら、また姉さんがいなくなる気がするから」
風斗の意見を尊重すると決めた。だからこれ以上否定はしない。私がさらに強くなって、風斗を守ればいいだけの話だ。
「ありがとう、風斗」
秘密の共有者が一人増えた。それは頼もしさと不安を積み上げていく。私が背負うべき責任の重さに、潰れてしまわないように頑張っていかないと。
新たな決意をする私を外から見つめるのは月と星と、影。
それに私はまだ気が付かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます