8.人間は焦る

 魔法の練習を終えた後、私は気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえば、私の属性って結局何なのかな」 

「ルナは、わからなかったの?」

「えぇ、ごめんなさい」

「ルナねぇのせいじゃないよ。私のせい」


 本当のことを伝えても、ルナねぇの表情は暗い。相当落ち込んでいる。


 この話、しなければよかっただろうか。


 ううん、そのうち嫌でもこうなっていた。先延ばしをしても意味はない。早く知らなくては、私の事なんだから。


「そうだと思って、属性を調べる魔法道具を準備しておいた」


 ユキが持ってきたのは、そんなに大きくは無いスマホのようなものだった。画面は真っ黒で電源のようなものもない。


「これに直接魔力を流せば、属性が表示される」


 私はユキから魔法道具を受け取り、魔力を程よく流してみる。そうすればパッと画面が明るくなり文字が表示される、けど……


「……読めない」


 魔界の文字だろうか。アルファベットと形は似ているが、規則性がわからない。まぁ英語でも平均点ぐらいなので、読めるか怪しいけど。


「魔界の文字ね。……天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります〈トレーション〉」


 ぐにゃりと文字が歪み、私のわかる言語に見える。翻訳、変換の魔法だろう。「ありがとう、ルナねぇ」と笑い改めて文字に視線を落とす。


「光と、闇?属性ってひとつじゃないんだね」


 勝手にそう解釈していた。けれど認識を改めてなくては。顔を上げてみれば、全員が驚いた表情を浮かべていた。


 ……これは、もしかして。


「二重属性、さらには光と闇……」

「魔力量だけじゃなかったわね」

「……すごい」


 尋ねるのが怖いが、聞かなくては話が進まない。私は諦めてしぶしぶ口を開く。


「もしかして、すごい?」

「もしかしなくてもな。二属性は少数だ。さらに言えば光属性と闇属性を持つ者は、ほとんどいない」

「もしかしたら、人間の魔力は二属性が普通なのかもしれないけれど……。悪魔からしてみればかなり特別ね」


 違和感を感じた。どうして天使が含まれていないのか。天使としては特別な事では無いのだろうか。でもルナねぇも驚いていた。やはりおかしい。


「僕たち、天使はみんな聖属性なんだ。……だから二属性も、光も闇もない」


 説明を聞き納得した、と同時に新たな疑問も浮かんだ。どうして天使だけそうなのだろうか。でもそれはきっと聞いても意味の無い、誰もが当たり前な常識。疑うようなものではないはずだ。


「とりあえず、明日からは悪魔との戦闘を意識した指導をする。今日は解散だ。天使たち、四織を送っていけ」


「言われなくても分かってるわよ。それじゃあ、リクに四織。帰りましょう」



 不安と、ちょっとした期待を胸に私はいつも通り送ってもらう。近くで二人と別れ、私は足早に家へと向かう。


 家にたどり着き、制服はお構い無しに、ゴロンとベッドに横になる。自分の手のひらを何となく見つめた。


 不安や恐怖はずっとあって。でもそれ以上に興奮や歓喜の気持ちが強かった。けれど、今はどうなんだろう。自分の気持ちがよく分からない。



 ……私が死んだら。悪魔に殺されたら。両親や、弟は悲しんでくれるかな。きっと悲しんでくれるだろうな。だって、私も逆の立場だったら悲しい。


 私が死んでも世界は変わらなくて、ただ悲しむ誰かが増えるだけ。死というのは喪失で、不可逆なのに。世界にとっては日々当たり前に起こること。その事実が上手く飲み込めなかった。


 コンコンと音が響く。思考は中断されそちらに意識を向けた。


「姉さん、入ってもいい……?」


「うん、大丈夫」


 目を擦り、ベッドから起き上がる。それと同時に部屋に入ってきた、弟。その顔には疑心の感情が浮かんでいた。


「……どうか、したの?」


 嫌な予感がする。聞きたくない。けれど聞かずに追い出す選択肢は、私にはなかった。


「最近、隠し事してるよね。何をしてるの、姉さん」


 頭が真っ白になる。幸いにもすぐに動き出すが、考えを放棄し、全てを話してしまいたい欲に駆られる。


 でもそれは絶対にダメだ。風斗を巻き込みたくは無い。私に何があろうとも弟の身を危険に晒すのはいやだ。


 なんと誤魔化せばいい。わからない。弟は頭がいいし、勘も鋭い。私の嘘が隠し通せた記憶は、残念なことに一度もない。けれど、このことは隠し通さなければ。


 焦るな。落ち着け、まずは深呼吸。それから笑顔を作る。大丈夫と、安心させるルナねぇみたいな笑顔を。


「特に何もないよ。隠してることなんて」

「姉さん」

「だから、大丈夫だよ」


「……そう」


 悲しそうな声に顔。酷く傷ついた弟にかけられる言葉は、残念なことに持ち合わせていない。その表情をにさせたのは私なのだから。


「わかった。今日はそういうことにしておくよ」


 弟が最後に残した言葉は、嘘がバレているという真実だけを私に伝えた。


 もうどうすればいいのか分からない。なんか毎日こんな感じだ。

 私はもう一度ベッドに寝転がり目を瞑った。できれば殺すならいま、殺してくれないかな。


 もちろん現実はそんな逃避思考を許してはくれないのだった。

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