7.人間は握る
魔法の練習を始めて数日。成果は目を見張る程に現れていた。
「浮き上がって〈フロート〉」
ぬいぐるみを浮き上がらせて、上下にふわふわと丁寧に動かす。それからくるりと一回転させ、せっかくなので星の形を描く。導かれるように手元に戻ってきたぬいぐるみを見て、ユキはパチパチと手を叩いた。
「驚いた……。まさか、一週間も経たないうちにここまで使えるようになるとは」
「頑張ったからね」
「偉いわ、さすが四織」
ルナねぇが頭を撫でてくれる。むかしはよく風斗を撫でていたけど、撫でられることってあまりなかったな。すごく心地いい。
「それで、これからどうするの……?」
クッキーを食べているリク先輩。私もクッキーを一枚貰う。バターの風味でまろやかな味わいだった。初めて食べたクッキーだけど、今度自分でも買ってみよう。お菓子、私も持ち込もうかな。
「覚えてもらいたい魔法がある。それからだな」
「どういう魔法なの」
「通信の為の魔法だ。それを覚えれば、俺やそこの天使たちにいつでも繋ぐことができる」
それは便利だ。でも現代において、通話のできる方法なんていくらでもある。そっちでもいいんじゃないのかな。
「強制的に繋ぐから、緊急時のための魔法ね。確かに悪魔にしてはいい考えじゃない」
疑問はすぐに解決した。確かに携帯じゃ手に取れない場合も多い。相手がどんな状況にあったとしても、連絡を取れるのは便利を通り越し、危険だ。けれど仕方のないことでもある。緊急の時はいつ訪れるかわからない。今の私はそんな環境にあるのだから。
「魔法の練習の前に、マーキングだ」
「マーキング?」
動物の散歩中の光景が頭に浮かぶ。絶対に違うと思うけど、正解が分からない。
「誰にも彼にも繋げられる訳ではなく、マーキングした相手にのみ意識を繋げられるんだ」
「一応聞くけど、やり方って……」
「お互いに触れ、魔法を唱えるだけだが?」
「ごめんなさい」
一瞬でも、少女漫画的な展開の想像をしてしまって。本当にごめんなさい。
気を取り直そう。私はキリッと顔を作って、先程の一連の流れを断ち切った。
「それじゃあ、はい」
手を繋ぐだけで良さそうで、手を伸ばす。ユキは視線をさ迷わせた。
「…………手を繋ぐのか」
「それ以外に何があるの?」
「いいのか」
「練習できないでしょ」
何故かユキが固まっている。変なこと言ってないはずだけど。それとも悪魔にとって、手を繋ぐという行為は特別な意味があったりするのかな。異種族だし、常識もルールもきっと違う。そうだったら悪いことをしてしまったかもしれない。触れるだけでいいなら、手じゃなくてもよかっただろうし。
謝ろうかと思って見れば、ユキはゆっくりとだけど手を掴もうとしている。緊張しているようで、やっぱりなにかあるんだ。手を合わせて「ごめんね、ユキ」と謝る。
「……どうして謝る。そして何で手を……試したのか」
なんか怒ってる。手を握らせようとしたからかな。というより、試したって何をだろう。試すも何もないでしょ。
「いや、手を繋ぐことに特別な意味があるのかなって。悪魔界の常識はわからないから。ごめん、無理させて」
「いや、そんな常識はない。俺はただ、お前が!」
「私が、なに?」
「……なんでもない」
「なくはないでしょ」
それ以降、赤い顔のまま黙ってしまう。私、地雷でも踏んだのかな。顔を真っ赤にするほど、怒ってるみたいだし。
「ふふっ!いい気味ねぇ」
ルナねぇは楽しそうだ。愉快そうに笑っている。抱腹絶倒という言葉が良く似合う。リク先輩はオロオロとしている。なかなかにカオスな空間となっていた。
それにしてもこのままじゃ進まなそうだ。どうしようかな。ユキに改めて頼むか、ルナねぇにお願いするか、リク先輩にも聞いてみるか。
少し考えて私は――
「ユキ、さっきは本当にごめん。どこかに触れてもいいかな」
ユキに頭を下げてもう一度お願いした。
「……大丈夫だ。大丈夫」
どうして二回言ったのだろうか。あまり大丈夫には見えない。けれど本人が言うのだ、信じる他ない。
「どこなら触ってもいい?」
「……手に触れてくれ」
「え?でも、さっきは怒ったでしょ」
「怒ってなど、ない。いいから早くしろ」
やっぱり怒ってる。でも本人から許しは出たし、さっさと終わらせればいいか。
私はユキの手に触れる。冷たい手だった。ひんやりとアイスのように冷えていた。
「えっと、呪文は?」
「お互いにやらなくては意味が無い魔法だから、まず手本を見せる。ここに確かな繋がりを望む〈コネクト〉」
繋がった手が光に包まれる。しかしすぐに消え去った。なにかが変わったようなことは無い。私もやらないと未完成な魔法だからか。
「ここに確かな繋がりを望みます〈コネクト〉」
もう一度光に包まれ、そして私とユキを繋ぐように光の糸が腕に結ばれるのが見えた。これが魔法に必要な繋がり。
すぐに糸は見えなくなったけど、繋がっていると実感があった。
「これでいいんだね」
「あぁ、後はそこの二人とも同じことをすればいい」
「うん……」
少しの時間ではあったけど、手を繋いでいた。そのせいかユキに私の温度が移り、同じくらいになっていた。それが気恥ずかしくて、急いで手を離す。
何だか胸がうるさい。思えば異性と手を繋ぐことなんて、弟ぐらいしか無かった。今更恥ずかしいなんて言えずに、逃げるように二人の方へ向かった。
そして他の二人とも同じように繋がりを作り、魔法を教えてもらった。何度か使ってみれば安定して使えるようになり、これで何があっても大丈夫だろう。ひと安心だ。
それにしてもこのままじゃ進まなそうだ。どうしようかな。ユキに改めて頼むか、ルナねぇにお願いするか、リク先輩にも聞いてみるか。
少し考えて私は――
「……ルナねぇ、大丈夫ならお願いしてもいいかな」
「もちろんよ。悪魔じゃ信用ならないものね」
さらに愉快そうに表情が変化する。そういう訳ではないのだけど、否定する理由もない。
この間のことがあるから手を握るのはどうだろうかと、不安になった。けれどルナねぇはなんの躊躇もなく私の手を掴んだ。
「……!だ、大丈夫?」
私の思いとは反対に、ルナねぇはいつも通りの笑顔。その表情は私の中にある不安を溶かした。
「大丈夫よ。私が先に詠唱するわ。終わったら、ここに確かな繋がりを望む〈コネクト〉って唱えて」
「わかった」
「天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります〈コネクト〉」
繋がった手が光に包まれる。しかしすぐに消え去った。なにかが変わったようなことは無い。私もやらないと未完成な魔法だからか。
「ここに確かな繋がりを望みます〈コネクト〉」
もう一度光に包まれ、そして私とルナねぇを繋ぐように光の糸が腕に結ばれるのが見えた。これが魔法に必要な繋がり。
すぐに糸は見えなくなったけど、繋がっていると実感があった。
「これでいいんだね」
「えぇ、後は一応後ろの二人とも同じことをすればいいわ。リクだけでもいいとは思うけれどね」
普段通りのルナねぇにどうしようもなく安心する。どれだけ強がっても、決心しても不安は消えない。どこかにこびりついて残ってしまう。でもそれすらも洗い流してしまうルナねぇ。
やっぱり凄いや、あの頃から変わらない。暗闇でも光り輝く、夜道を導く月のような人だ。
私には少し眩しくて、目を逸らすように二人の方へ向かう。
そして他の二人とも同じように繋がりを作り、魔法を教えてもらった。何度か使ってみれば安定して使えるようになり、これで何があっても大丈夫だろう。ひと安心だ。
それにしてもこのままじゃ進まなそうだ。どうしようかな。ユキに改めて頼むか、ルナねぇにお願いするか、リク先輩にも聞いてみるか。
少し考えて私は――
「えーと、リク先輩。魔法を教えてもらってもいいですか」
「……僕?」
「はい、ダメですか」
「ううん。いい、けど」
困惑されている。どうして自分に頼んだのか、という顔だ。
確かにリク先輩からすればそうだろう。一番親しいのはルナねぇだし、一番教わっているのはユキ。でもその二人は、凄い険悪な雰囲気で話しかけずらい。それにリク先輩とも仲良くなりたかった。
「それじゃあ、お願いします」
「手、繋ぐね」
触れられた手は酷く冷たく、思わず手を引っ込めてしまいそうになる。
「どうかしたの?」
「いいえ、何でもないです」
それを指摘してしまうのはやめた方がいい気がして、誤魔化す。疑問には思ったようだが、あまり気に止めていないよう。上手くごまかせてほっとする。
「僕が最初に、詠唱するから。その後に、ここに確かな繋がりを望む〈コネクト〉って唱えて」
「分かりました」
目を瞑り、詠唱と呪文を自分の中で反芻して、自分らしい形に整える。
大丈夫。できる。
「天上の我らが君主よ。忠実なる代行人リクが祈ります〈コネクト〉」
繋がった手が光に包まれる。しかしすぐに消え去った。なにかが変わったようなことは無い。私もやらないと未完成な魔法だからか。
「ここに確かな繋がりを望みます〈コネクト〉」
もう一度光に包まれ、そして私とリク先輩を繋ぐように光の糸が腕に結ばれるのが見えた。これが魔法に必要な繋がり。
すぐに糸は見えなくなったけど、繋がっていると実感があった。
「これで、大丈夫。後は二人とも、同じことをすればいい」
「はい、ありがとうございました」
悲しいそうな顔をして、リク先輩は手を離した。リク先輩の体温が移ったのか、少し手が冷たい。移ったというか、奪われたような感じではあるけれど。
それにしてもやっぱりよそよそしい。リク先輩とどうしたらもう少し距離を近づけられるだろうか。そんなことを考えながら、二人の方へ向かう。
そして他の二人とも同じように繋がりを作り、魔法を教えてもらった。何度か使ってみれば安定して使えるようになり、これで何があっても大丈夫だろう。ひと安心だ。
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