6.人間は魔法を使う
昨日は結局あのまま解散となった。ルナねぇは大丈夫だったのか。怒ってないのか。心配だったけど負担をかけてはいけないと、何も聞けなかった。それがずっと頭に残ってよく眠れずにあくびがでてしまう。
「おっはよー。なんか元気ねぇな、シオリ」
「言ってやるなよ。四織がいくら元気人間だからといって、落ち込む日くらいあるだろ。今日小テストとかあったか?」
「おはよう。あと一言多い智也、ヨウ」
ケラケラと笑うクラスメイト二人。こっちの悩みも知らないで、楽しそうだ。ため息をついたらまたからかわれそうで飲み込む。
「心配してるのに、悲しいよな」
「そうそう。友達の心優しい気遣いを……」
楽しそうに話す二人の会話を聞き流しつつ、鞄からノートを取り出す。昨日のことをまとめたノートしっかりあるな。今日からはしっかりノートに取りながら、頑張ろう。昨日みたいなことはもう嫌だから。
「……へぇ」
「何かあるの?ヨウ」
視線に気づき、尋ねるが「いや、なんでもないよ」と誤魔化される。まぁいいや、と一時限目の教科書の準備をするのだった。
放課後。教室に訪れたのはユキとリク先輩。ルナねぇの姿はどこにもないし、顔面の強い二人が注目を浴びることもない。急いで駆け寄る。
「二人とも……ルナねぇは?」
「ルナは、今日、学校休んでる」
「体調不良だそうだが、そんなに心配することもないだろう」
「私が原因だし、心配もするよ」
「……大丈夫だ。あいつは四織のことが大切らしいからな」
その言葉の真意は、ユキの家の前にたどり着いた時にわかった。
森の奥の洋館。そびえ立つ門の前に、白い髪を束ねた誰かがいた。もちろんここまで来れて、こんなにも美しく輝く白髪は一人しかいない。
「遅かったじゃない」
「……ルナねぇ。だ、大丈夫?」
溢れ出しそうになる涙をこらえ、尋ねれば安心させるようにふわりと笑った。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
その笑顔にどうしようもなく泣きたくなる。けど何とかせき止めて「よかったぁ」と笑う。きっとルナねぇは優しいから、泣くところよりは笑顔のところを見たいだろうから。
「立ち話してないで、入るぞ」
ぶっきらぼうに言い、さっさと門を開けるユキ。ルナねぇは顔をしかめる。けどすぐに気づいた。ルナねぇはまだ顔色が悪い。きっと無理してるんだ。ユキはそのことに気づいて、早く座らせて少しでも楽にしようとしてるんじゃないか。
悪魔というのは私にとって、悪であり人を堕落させるもの。そんなイメージだった。けれどこうやって、敵対する間柄の相手を思いやれるんだ。人は見かけによらないとは言うけれど、悪魔もそうだな。
「どうか、したの?」
「いいえ、なんでもないです」
心配そうに見つめるリク先輩を追い越すようにして、ユキの家に入っていった。
「今日は練習用の魔法を教える」
昨日と同じ部屋で、同じ位置に座りユキの指導に集中する。違う所はルナねぇの前には、ホットミルクが置いてある所。ユキが用意してくれたみたい。ユキはやっぱり優しい悪魔だ。
「最初にこれを」
手渡されたのは、可愛らしいうさぎのぬいぐるみ。私物だろうか。それよりもどうして魔法の練習にぬいぐるみなんだろう。
「なんでぬいぐるみなの」
「それを使うからだ」
説明になっていない説明。この悪魔はもう少し言葉を使ってほしい。
「浮きあがれ〈フロート〉」
言葉を受け、ぬいぐるみは宙にふよふよと浮く。上下に動いたと思ったら、今度は左右に揺れる。その操作もユキがしているようだった。
「……こういったように、ある程度の操作ができるレベルにはなってもらう」
「難しくない?」
「このぐらいの魔力操作が出来ないと、攻撃魔法は教えられない。魔法は便利でもあるが、危険が付きまとうからな」
脅すような言葉。そんな風に言わなくても、昨日の恐怖を忘れはしないのに。ゆっくりと手元に戻ってくる、ぬいぐるみを見つめる。
私は絶対忘れないし、間違えない。そう心に誓い、ユキの唱えた詠唱と呪文を魔力を込めて声に出す。
「浮き上がって〈フロート〉」
私が初めて使った魔法は、ぬいぐるみを天井に叩きつけるという結果になった。バンっと、ぬいぐるみから聞こえてはいけない音が響く。ごめんうさぎさん。破れてたら風斗に頼んで直してもらうから。というかなんで、そんなに勢いよく上がっていったの。何が悪いのかがさっぱりわからない。
「って、あれ。無傷だ」
落ちてきたぬいぐるみを拾ってみるが、傷一つない。天井も見てみるが、同様に変わらない真っ白なものだった。察しが良くなった私は、すぐにユキの方を向く。
「これ何で作られてるの?」
「そこら辺で買ったものだ。一応何があってもいいように、魔法はかけているが……正解だったな」
予想の範囲内だったらしい。想像通りのことをして謝るべきか考え、やめる。
「どうしてあんなに勢いよく上がったんだろう」
「魔力の込めすぎね」
私の疑問に答えたのは、ホットミルクを覚ますために息をふきかけていたルナねぇだった。ちょうどいい温度になったようで、美味しそうに飲み始める。
「あぁ、適切な魔力量を心がけろ」
「適切……」
そんなに魔力を注いだ感じはしなかったのだけど。今度はさっきより少ない魔力で「浮き上がって〈フロート〉」と唱える。
今度は私の頭ぐらいまで浮かんで、すぐに落ちてしまう。ここで私は悟った。これだいぶ繊細な操作を要求されると。
魔法デビューを果たしたのはいいけれど、まともに使えるようになるにはまだかかりそうだ。
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