4.人間は癒す

「指導する場所はどうするの」

「俺の家……でいいだろう。学校からも近い」

「……仕掛けとかの確認はさせてもらうわよ」

「ただの家だ。いくらでも調べてもらっていい」


 などというのが空き教室での会話。


 普通の家と聞いて思い浮かぶのはうちみたいな、一般家屋。小さな庭に、玄関の近くに真っ赤な郵便ポスト。二階建てで、家族で囲むのにちょうどいいサイズのリビングの机。


 そんな想像の斜め上。私の目の前の森の中にあるユキの自宅は、ただの家では絶対になかった。


 大きな門に、門から遠い玄関。少し遠くには小さな建物――車庫だろうか。奥には庭園が見える。これはこの時代として考えれば立派な城だ。

 というか、私は小さい頃この森でよく遊んでいた気がするのだけど……。


「こんな立派な家あったかなぁ」

「人よけの魔法がかけられている。俺が来る前からな」


 つまりはそういうことらしい。何とも魔法というのは便利なものだ。


 ……お菓子を無限に生み出せる魔法とかもあるのかな。

 聞いてみようか迷うが、おそらくいい反応をされないだろうからやめた。

 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか目の前には洋館の扉。


「大したものもないがあがるといい」


 この家自体が大したものだ。という本音は庶民臭いかなと思い封じた。

 この家にその言葉。たぶん、推測だけどユキはお金持ちの家の悪魔だろう。悪魔の世界にお金持ちという概念があるのかは不明だけど。


 扉が開き、洋館の中に足を踏み入れる。

 まず驚いたのは靴箱が見当たらないこと。外国では、室内でも土足で大丈夫なんだっけ。魔界もそうなのかもしれない。私はなんだか慣れずにそわそわする。

 広い玄関ホール。前方には大きな階段が左右にあり、上へと続いていた。その階段をあがっていき、ひとつの部屋の前でユキは立ち止まる。


「通せ〈アティスン〉」


 ドアノブを掴み、ひと言呟く。その声に反応するように扉が一瞬だけ光り、すぐに消える。そのままユキがドアノブを回せば、すんなりと開く。


「かなり旧時代の魔法邸宅なのね」

「あぁ、祖先が使っていたものらしい」


 感心するルナねぇに、少し目に輝きが宿るリク先輩。私には分からないけど、それなりに珍しいものみたい。気になりはしたけれど、聞いてもわからないだろう。切り替えて部屋を除けば、かなり広く、中には本棚やソファ、丸テーブルを囲むように椅子が置かれている。


「コーヒーは飲めるか」

「コーヒー……?」


 いきなりなんの話だろうか。これから魔法を教えてもらうはずではないのか。


「今日は魔法の基礎について教える。座学がメインになるから、飲み物があった方がいいだろう」

「あ、うん飲めるよ」


 最初から実践ではないことに、納得と残念とが混ざったような複雑な感情になる。


「貴様らは飲めるか」


 二人はユキからの問いに驚く。わかりにくいがリク先輩も、もちろんルナねぇも、聞かれると思っていなかったのかもしれない。私が思ってるよりも、悪魔と天使の溝は深いようだ。


「飲めます」

「……一応聞くけど、紅茶とかはないの」

「俺はコーヒー派だ」

「コーヒー以外に飲み物ってあるのかしら」

「…………確か、赤いラベルの炭酸飲料があったはずだ」


 謎の二択だ。コーヒーor炭酸飲料。共通点はどちらも黒い飲み物ってことくらい。というか飲むんだ、炭酸飲料。


「意外ね」

「同居人の私物だ」


 この広い洋館に一人暮らしではなかったようだ。まぁこの家、二人でも広すぎるぐらいだけど。


「炭酸飲料でいいわ」

「そうか、待っていろ」

「ストップ。リク、一応ついていって」

「何を疑っているのかは知らんが、着いてくるがいい」

「念の為よ」


 ユキはさっさと部屋を出ていき、リク先輩は急ぎ足でその後を追いかけていく。

 ただ立っているのも疲れる。私は通学用のカバンを抱え込むようにして、椅子に座った。


「失望した?」

「何が」

「コーヒー飲めないこと……」


 ルナねぇはかなり気にしていたようだ。でも好みなんて人それぞれだろう。私も苦手なものくらいあるし。


「それくらいのことで失望なんてしないよ」

「今日は見せたくないところばっかり見せてるわね。本当はむかしのことだって、知られたくなかった」

「どうして?」

「嫌われたくないから」


 悲しそうなルナねぇ。なんと言えばその悲しみ、憂いを取り除けるだろうか。


 私は慎重に、選ぶように言葉を紡ぐ。


「ルナねぇにどんな理由があったとしても、子どもの頃に沢山遊んでもらったことは事実だから。失望だったり、嫌ったりする訳ないよ」

「……でも、騙したのよ」

「騙す?私が気づいてないんだから気にしなくてもいいよ。それに今のルナねぇの、私を守りたいって気持ちは本物でしょ」

「四織……。えぇ、嘘はない。大天使様に誓うわ」


 大天使が何かは分からないけど、私たちで言う神様に誓うと同じようなものだろう。そんなこと言わなくても、こんなに真剣に私を見てくれるんだから信じるのに。


「だったらルナねぇはそんなに落ち込むことないよ」

「そんな、ううん。ありがとう、四織」


 優しい甘さを含んだルナねぇの笑顔。ずっと見ていたいと思ったけど、扉の開く音に気づき、すぐにいつものキリッとした顔に戻ってしまう。


「どうかしたのか」

「何もないわよ」


 話したくはないみたいなので、私も誤魔化すように笑ったのだった。

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