2.人間は話を聞く

 一度、頭を整理しよう。

 まず、目の前にいる初弥ユキ。彼に呼び出されて私は校舎裏に来た。そこで口説かれて……ここですでに意味がわからない。まぁいい。それから大きい何かに襲われた。それは私を狙っていて、おそらく初弥ユキが倒した。彼が言うには、倒された何かも、倒した初弥ユキも悪魔、らしい。

 あぁ、うん。思考を放棄し、家に帰りたい。

 今日の夕飯なんだろう。お昼はから揚げだったし、お魚がいいな。

「現実から逃げるな」

「……逃げたくもなるよ。意味がわからないし」

 溜息をつきつつ、改めて現実を見る。しかし現実の方はだいぶ突飛が過ぎていてよく分からないが本音だった。

「続き……といきたい所だが、来たか」

 初弥ユキは視線を上の方に逸らす。私も後を追うようにそちらに向けると、そこには飛んでくる何かが見えた。また悪魔?と思ったが違う。それは今日の朝も見た姿だった。

 艶やかな白髪にとろんとした琥珀色の瞳を持つ二人。見間違えるわけが無い。空を飛んでいるのはルナねぇとリク先輩だ。二人は私と初弥ユキの間に遮るように降り立つ。

「見つけたっ!悪魔、この子に手を出すのは許さないわよ」

 敵意をあらわにするルナねぇと何を考えているのか初弥ユキの後ろの方を見つめるリク先輩。段々とカオスになってきた。

「手を出す?なんの事だ。俺は慈善行為しかしてない」

「それは嘘でしょ。助けられはしたけどその前のことはどう足掻いても慈善じゃないよ」

「……助けられた?それって一体――」

「ルナ、本当だと思います。ここに悪魔の痕跡がある」

 リク先輩が指さしたのは初弥ユキの後ろの方。確かにあの辺で悪魔が消えていた。

 ルナねぇは指し示された先を見て目を瞑り手をかざす。

「天上の我らが君主よ、忠実なる代行人ルナが祈ります〈アナシス〉」

 数秒の間の後、ため息が聞こえる。瞳をを開いたルナねぇ、そこには漏れ出ていた敵意がだいぶなりを潜めていた。消えた訳では無い。薄くなったというのが正しいようだ。

「まず謝罪を。たしかに貴方は四織を守ってくれたようね。でもそれとこれとは話が別よ。……悪魔ごときがこの子に近づくな」

「無理だ。俺は四織を手に入れなければならない」

「そんなこと、天の代行者である私たちが許すわけないでしょう」

 バチバチと火花を散らす二人と、それを見つめるだけのリク先輩。

 さすがにこのままではダメだ。というか状況が本当に読めない。だから私は思い切って疑問を口にする。

「どうして私は狙われてるの?悪魔って何、ルナねぇも人じゃないの……」

 私の声に反応したルナねぇは目を伏せて、少ししてから口を開いた。

「えぇ、私は人間じゃない。でも四織の味方よ」

 その言葉に迷いも、躊躇いもなかった。それだけで安心出来る。嘘は無いから。

「…………知る必要があるな。四織に、そこの二人」

「クラスメイトの名前くらい覚えなさいよ、悪魔」

「貴様も名前を覚えたらどうだ。……まぁいい、それよりも話をする。早く来い」

「信じられると思う?」

「信じる、信じないの話ではない。四織は今のを見て、俺や貴様らを知ってしまった。もう関わってしまっている」

 真っ直ぐなアイスブルーの瞳が私を見つめる。

 私の決断を促しているんだ。決める権利は私にあると思ってくれている。

 新しい、今までの常識を壊すことを知るのは、こんなにも怖いことなのか。私は声の震えがバレないようにはっきりと声にする。決断を。

「着いていくよ。私は今のが何なのか知らなきゃいけない」

「四織はこう言っているが、どうする?」

「……ルナ、諦めた方がいいと思う」

「あぁ、もう。言っておくけど、信じている訳じゃない。嘘を吹き込むようなら殺すわよ」

「都合のいいように語り、騙すようなことはしない。約束しよう」

 初弥ユキは翻った。そのまま歩き出す。着いてこいということだろう。私はすぐに着いていこうとして、ルナねぇが前に出た。

「リクは四織の後ろを守っていて、私が前にいるわ」

「わかった」

 リク先輩はこくりと頷きながら短く返事をする。リク先輩は指示通り私の後ろにつき、ルナねぇに着いていく形で進み始める。

 縦一列に並んで移動することになったけど、これすごく目立たないかな。美形三人の真ん中にいる私はだいぶ異質で、逆に浮いて視線が来そうだ。

 でも実際は、誰もこちらを見向きもしなかった。すんなりと、人があまり来ない位置にある空き教室にたどり着く。これはあまりにも異常で、もしかして誰かが何かしていたのかもしれない。

「音を遮断しろ〈サウカット〉」

 その言葉で部屋の様子が変わった。見た目に変化はないけれど、でもさっきと雰囲気が明確に違う。

「さてどこから話すか……。まずは――」

「その前に、話って長くなる?」

「それなりには」

 長くなることを確信。空き教室の後ろの方に行き、置いてある椅子を持ってくる。三人も同じように椅子を持ってきて座る。黒板側には初弥ユキ。その正面に私、横にはルナねぇとリク先輩が陣取る。

「まずは前提だ。俺は悪魔だ。魔界と呼ばれる世界で生まれて、生きてきた」

 悪魔に、魔界。その時点で普通ならこの話は物語の中のものを、さも当然のことのように語っていると思いそうだ。でも違う。私はあの現実を見た。人間の枠には収まらない生き物。それを打ち倒した現実とは考えられない力を。

「魔界は王政だ。魔王と呼ばれる王が治めていて、王を魔王戦という方法で決めている。そして今、魔王戦が行われている」

 簡潔に、淡々と話しているような声色に表情。しかしその裏には怒りのような感情を感じた。気の所為かもしれないが。

「ルールはいろいろあるが、詳細ははぶく。簡潔に言えば、今回の魔王戦……種目は狩り。期間は一年だ。獲物はとある人間。それを生きたまま連れてくることが勝利条件」

 見えてきた。私が狙われる理由。襲われた訳。

「つまりは、四織。貴女が悪魔たちの玉座への生贄に選ばれたの」

 ドクンと心臓が大きな音を立てた。理解はできる。けれど意味がわからない。人間の総人口は八十億ぐらいだった。その中でなんで私が選ばれるんだ。それは運が無さすぎという話では無い。

「どうして、私なの?」

 出てきてしまった本音。初弥ユキは申し訳なさそうに、顔を伏せる。

「……わからない。魔王戦は公平を期すために内容が決められている、はずだが」

「――魔力量」

「魔力量……?」

「……むかし、よく一緒に遊んだでしょう。あれは天界から、四織の調査を指示されたからなの」

 驚いてルナねぇを見返す。その顔には表情というものがなかった。感情を悟られないようにしているようだ。

「その時にわかったのが四織の魔力量が、人としてはありえないほど高いってこと。悪魔や天使と比べてもね」

「魔力量か……」

 それがルナねぇの考える、私が魔王戦の獲物に選ばれた理由。でも魔力量って、そんなの初めて知った。

「魔力か、そんなものがあるんだね」

「そう、人は魔力をほとんど持っていないから四織は特別と言えるわね。血縁だからなのか、風斗くんもだいぶ多いけれど。四織は本当に多すぎる」

「純粋な人間としては、異常」

 天使二人はあまり良くない事として捉えているようだけど、私の胸は高鳴っていた。

 魔法とか、使えるのだろうか。

 子どもの頃に夢見ていた不思議な力。言葉とステッキで空を飛んだり、動物と話したり。そんなことが出来るかもしれないと、少しワクワクとした気持ちが湧いてきて、そこで気づく。

「さっき、悪魔を倒したのって……」

「魔法だ。かなり低レベルのものだがな」

「へぇー」

 呪文を唱えるというには短い言葉だった覚えがある。低レベルと言っていたし、だからなのだろうか。

「四織」

 いつもの優しい響きとは違う、真剣な声。私は緩んでいた顔を引き締める。真面目な話の最中なのだから。

「私たち天使がこの一年あなたを守るわ。だから安心してね」

 愛する子どもを安心させるための、聖母のような微笑み。リク先輩の表情は、変わらず何を考えているのかよく分からなかった。

 それにしても、守る。簡単には言うがきっと難しいことだろう。いつ悪魔に襲われるか分からないのだから。ずっと張り付いていてもらう訳にもいかない。

 じゃあ私は悪魔に黙ったまま殺されるの?

 そんなのは嫌だった。一度大きく深呼吸をして、それから思考を巡らせる。

 ……どのくらいだったのだろうか。私は覚悟を決めて口を開いた。

「初弥ユキ先輩。私に魔法を教えてもらえますか」 

 

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