第10話

 ハワイアンのお店の予約は取れ、早速店に向かうと、店の前には行列ができていた。

「予約が取れたのは、ラッキーだったようですね」

 らら子さんは行列の横を申し訳なさそうに進む。

 人気店なのだ。


 店に入り、予約席に案内された。ちょうど店の中央にあたる席だ。テーブルの横にヤシの木が葉を広げ、ほんとうに南の島へ来た気分になる。


「先生は何になさいますか?」

 らら子さんは楽し気にメニューに顔を埋める。どうやら気に入ってくれたようだ。

「どうしようかな」

 

 メニューを広げた途端、鮮やかに思い出が蘇り、隆之介は言葉が続かなかった。

 大きなハンバーグ。それに負けないくらい大きな目玉焼き。パイナップルの輪切りと添えられたプルメリアの花。

――僕、ハンバーグがいい

 そう言ったのは、幼かった自分。ロコモコなんて言葉を当時は知らなかった。

――このお店はね、カレーがとってもおいしいのよ

 応えてくれたのは、母だ。まだ生きていた頃の母。あのとき、結局何を食べたのだったか。

 ただ一つだけ憶えていることがある。

 母の作ったカレーよりおいしいカレーなんてあるんだろうか。

 そう思ったのだ。大好きだった母のカレー。野菜嫌いだった隆之介のために、母は野菜だらけのカレーを作ってくれた。じゃがいもやにんじんがゴロゴロしているちょっと甘いカレー。

 母のカレーを食べなくなって、もう何年になるだろう。

 

 母が長い闘病生活の末に亡くなったのは、隆之介が中学生になった年だった。隆之介が今の仕事を選んだのは、手足をうまく動かせなくなった母を見ていたからだ。

 当時、痛みを和らげるために来ていたマッサージ師の施術を受けて、そのときだけは母の笑顔が見れた。

 自分にも母を笑顔にする技術があったら。

 その思いを忘れなかったから、今がある。


「あ、あの先生?」

 らら子さんの声に隆之介は我に返った。

「どうかなさいましたか?」

 らら子さんの目が心配そうに瞬いている。

「なんでもありません」

 隆之介は笑顔を返し、メニューに顔を戻した。


 らら子さんはアイスティを頼み、隆之介はアロハリブを食べた。一瞬カレーにしようかとも思ったが、やっぱりカレーは頼めなかった。母が亡くなって以来、隆之介は外でカレーを食べたことはない。


「いやあ、お腹いっぱいです」

 カレーがおいしいと評判の店だが、アロハリブも申し分なかった。豚バラ肉がタレによってこんなにおいしくなるとは信じられない。

「いつか、わたしも食べてみます」

「いつかと言わず、また来ましょう」

 言ってしまって、隆之介は瞬間耳の下あたりが熱くなりそうだった。旅先だからだろうか。どうもらら子さんにストレートに言いすぎてしまう。

 だが、らら子さんは何も気づかないようだ。

「そうですねえ」

 などと軽く笑っている。


 店を出て、中華街へ向かうことになった。

 店から中華街は、じゅうぶん歩ける距離だ。


「中華街でお土産といえば」

 らら子さんはスマホに顔を埋める。

 隆之介はそっと店を振り返った。

 また、来たい。そう思った。



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らら子さんはお土産を買って帰ります。観光地をめぐります♥ popurinn @popurinn

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