第7話

「また別のコンテナ船が来ましたね」

 隆之介も沖を見つめた。きらきらと輝く海に、ゆったりと別のコンテナ船が動いていく。船に積まれたコンテナは色とりどりで見ていて楽しい。

「横浜港は日本五大港の一つですから。しかもここは、コンテナ港湾の効率性では、世界一なんですよ」


「は?」


 隆之介はらら子さんをまじまじと見つめた。

 ののかの介護に専念するまでは、らら子さんは図書館の司書をしていた。言葉の端々から物知りだとは気づいていたが、コンテナ港湾の効率性ときたか。


 「それでですね――」


 続けて説明しようとするらら子さんを、隆之介は制した。


「それより、少し歩きませんか」

 この調子では、横浜港について延々と話が続きそうだ。

「観光スポットでお土産を探すんですね」

「そうじゃなくて」

 弾んだ笑い声とともに、横を若い男女が通りすぎていった。

 ここはデートスポットなのだ。

 それを言うなら、横浜のどこもかしこも、恋をする二人にはふさわしい場所ばかりかもしれない。

「まず、横浜を楽しみましょう」

「横浜を楽しむ?」

 隆之介は返事をせずに、公園の出口に進んで行った。


 で、どうする?


 案があるわけじゃなかった。

 だが、この素敵な夕暮れ。

 ホテルに戻って試食するのはもったいない。

 ホテルでは、適当に中華街へ行きましょうなどと言ったが、夕食にするにはまだ早い。


「あれに上りましょう」

 当てずっぽうに、隆之介は目の前にあるタワーを指差した。

「マリンタワー……」

「よく知ってましたね。もしかして上ったことがあるんですか?」

 ぶるるんと音がすると思ったほど、らら子さんは首を振った。

「のぼったことなんてありません。ただ」

「ただ?」

「知識としては少し。マリンタワーは1961年に、横浜開港100年を記念して建設された灯台で」

「灯台……」

「高さは106メートルあって」

「そこまで!」

 建設物の由来を知るのは、楽しみ方の一つではあるし、楽しさを倍増してくれるものでもあるだろうが、今のらら子さんには必要ない。

「展望台に上がってみましょう!」


 もっと感覚的に、ただ楽しむ。

 それが今のらら子さんには必要だと思う。


 デイ・チケットは1200円だった。

「ナイト・チケットだと1400円なんですね」

 たった200円の差を、らら子さんは得したと喜んでいる。

 案外、しまり屋なのだ。


 二階のエレベーターから、ひとまず29階の展望台へ。

 地上、100メートルだ。

 ここかれでもじゅうぶん眺望は楽しめるが、せっかくだから最上階の30階を目指す。

「階段でしか行けないみたいですね」

 足元がスケルトンになっている場所をこわごわ歩いていたらら子さんだったが、

「行ってみたいです」

と目を輝かせる。


 階段を上り、最上階に着いた。


「わあ!」

 らら子さんが小さく叫んだ。

「おー、絶景!」

 隆太郎も手すりに身を乗り出す。

「氷川丸があんなにちっさい」

 らら子さんも、

「ほんとだ」

と、少しつま先立ちになる。


 早々にライトアップされた船は思っていた以上に幻想的だった。じっと見つめていると、船が動き出すような気がしてしまう。

 ミニチュアのように見える人の姿や車。まるでおとぎの世界だ。

 目を移すと、暗くなり始めた海と、海岸線に沿って広がる横浜の街が見える。

 きれいだった。

 訪れた時間も最適だったかもしれない。ライトアップと街の様子が両方楽しめる。

 以前見たときとは、また違う感激があった。

 景色というのは、心の状態で全然違って見えるのだ。


 らら子さんをリラックスさせようと、適当に入ったタワーだが、横浜観光にはもってこいの場所だったかもしれない。

 

「東京はあっちですね」

 らら子さんの沈んだ声に、隆太郎は我に返った。


 


 


 

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