雪女のジレンマ

真偽ゆらり

ハナシタ

「はなさないでください」


 今にも消え入りそうな酷くか細い声。


 妙に耳に残る。


 声と同時に弱々しく繋がれた手。


 しっとりとして吸い付く様な肌でずっと触れていたいのに、いやに冷たくて長くは触れていたくない。


「はなさないでくださいね」


 僅かだが声量も増して少しだけ聞き取り易くなった声。

 微かに水気を帯びた声音に若干の粘り気を感じる。


 手汗だろうか、繋いだ手がほんの少し水っぽい。

 さっきよりも手が冷たいが大丈夫、まだ我慢できる。


「はなさないでくれるよね」


 声量はしっかりと聴き取れる大きさへ。

 声音は水気よりも粘り気が増していた。


 一向に暖まる気配の無い手。

 体温を奪われて指先が少しかじかんできた。


「はなさないで……ね」


 一転して声量の落ちた声。だが先ほどよりも耳に残る——いや、突き刺さる。

 水気と粘り気に加えて冷気まで入り混じった底冷えする様な声音が。


 耳へ。


 繋いだ手から伝わる冷たさは、もはやヒトのそれではない。真冬の水道で手を洗っている様でも真冬に氷を素手で握り締めている様でもあり、冷たさが痛みへと変わりつつある。


 そろそろ手が限界か。とてもじゃないがこれ以上手を繋いでいるのは——


「はなさないで」「はなさないで」「はなさないで」「はなさないデ」「ハナサナイデ」「ハナサないで」「はなさナイで」「はナサナいで」「ハナさないデ」「はナさナいデ」「ハナさないで」……


 急激に粘り気を上げた声が耳にへばりつく。耳から過冷却水を流し込まれて入れた側から凍りついていく様で寒気が、震えが止まらない。


 感情が——恐怖が早く手を振り解いて逃げろと叫ぶ一方で、直感は——本能は離してはならないと逆の動きをする。


 空いていた手と合わせて包む様に握り締めていた。




「ぜったいにはなさないでくださいね」



 清らかな声に変わり、手や耳の冷たさが消えていく。


 そうして僕はこの怪異から解放された。

 怪異と遭遇して恐怖に囚われても——……























「……はなさないでって言ったのに」

 


 

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雪女のジレンマ 真偽ゆらり @Silvanote

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