二話

 目を覚まして最初に見るものが生首というのは心臓に悪い。危うく叫びそうになった。これは鹿野だ、と言い聞かせて俺は起き上がる。

 生首は眠っている。不安に駆られて頭を揺さぶると、生首は苦しそうに呻いた。

「ぬ、ぐぁ……」

「おはよう」

「おはようじゃないよ」と生首は不機嫌そうに返した。

「飯は?」

「食べるわけないだろ」

 そうか、と俺はパソコンを開いた。生首はしばらく黙ったあと、「食パンだったらあるけど」とこちらを見た。

「俺は腹減ってないから」と資料を広げる。

 明治期の経済状況はあらかた調べ終えていた。あとはグラフを作って結論付けるだけだ、と息をついていると生首に横から覗き込まれる。

「お前さ、グラフなんか最初に作っとけよ」

 生首の声を無視してパソコンに向かう。

「面倒なものを後回しにする癖、どうにかした方がいいぞ」

 はいはい、といつものように受け流しながらキーボードを打つ。昼と晩は鹿野の家にあったカップラーメンで適当に済ました。

「なあ、それ俺が買ってたやつなんだけど」

「あとで返すから」

 生首は諦めたようにため息をついた。


 その夜のことだった。

 家から持ってきた毛布と布団にくるまって俺は横になっていた。傍らの生首とくだらないことをぽつぽつ喋る。

 不意に辺りが静まった。ぶうん、という冷蔵庫の音さえ聞こえない。ハッとして横を見ると、生首は畳の上に視線を彷徨わせていた。右に左に、ゆっくり大きく弧を描くように。

 鹿野、と口に出すことはできなかった。魅入られたような生首の表情をただ眺める。いつか見た光景だった。

 ぽちゃん、と水音が聞こえると同時に空気が戻る。ゆっくりと生首が振り返った。

「寒くないか、塚原」

 俺は無言で首を振るしかなかった。もう寝るか、と何事もなかったかのように鹿野が言う。日付はとっくに変わっていた。

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生首になった友人 多聞 @tada_13

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