生首になった友人

多聞

一話

 扉を開けるとベッドの上に生首が見えた。鹿野、と呼び掛けるが返事はない。警察か、救急か。震える手でスマホを取り出そうとしたところで、塚原、という声が聞こえた。

「お前さあ、呼び鈴ぐらい鳴らせよ」

 悪い、とつい生首に謝ってしまった。靴を脱いで恐る恐る近づく。

 こいつは果たして生きているのか死んでいるのか。皮膚の温度を確かめるために、俺は生首に手を伸ばした。

「手洗ってこいって」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 俺の手が冷たかったらしい。生首は少し顔をしかめた。

「お前さあ、遠慮なしに触るのどうかと思うぞ」

 ぼさぼさの黒髪は生首になる前と変わらない。頭皮を触ると微かに温かかった。

「……胴体は?」

「さあ」

「そんな他人事みたいに」

「起きたらこうなってたんだよ」

 長めの前髪が鬱陶しそうだった。軽く払ってやると生首と目が合う。やる気のなさそうな一重まぶた。顔や声は何一つ変わらないのに。

「こうなった原因とか、心当たりとかないのか」

「生首になる心当たりってなんだよ」

「首をはねられた記憶があるとか」

「そこまで恨まれるような真似はしてねえよ」

「じゃあ通り魔」

 うーん、と生首は考え込む。

「わざわざ部屋に押し入って首なんかはねるかな」

 あり得ない話ではない。玄関の鍵は開いていた。

「……まあどっちにしろ、胴体はどこかにあるはずだ」と俺は立ち上がって押入れを開ける。がらんとした空間。薄い掛け布団の他は何も入っていなかった。

「だから勝手に開けんなよ。一声かけろって」

 生首の声を無視してベランダの扉を開ける。物干し竿には何もかかっていない。人間の体などは見当たらなかった。

「寒い、閉めて」

 振り向くと生首は寒そうに顔をしかめていた。扉を閉めて少し立ち尽くす。

「……これからどうする」

「どうするって言われても」

「やっぱり警察に連絡した方が」

「何て説明すんの」

「……友人が生首になってしまったんです、とか?」

「お前が病院送りになるよ」

 生首は呆れたように笑った。

「まあそんなに焦らなくてもさ、明日になったら元に戻ってるかもしれないじゃん」

「なんでそんな楽観的でいられるんだよ」

「そこが俺のいいとこだから」

 事実だった。得意そうな生首に対して何も言えない。

「……でも鹿野、お前卒論は」

「とっくに出した」

「早いな」

 さして誇らしそうにするわけでもなく、生首は前髪の隙間から塚原の方を見た。

「お前は?」

 生首から顔を逸らす。

「もしかしてまだ出してねえの?」

「……六割方は出来てる」

「六割方って」

 生首の言葉には哀れみの感情が込もっていた。

「塚原、お前もう帰った方がよくない?」

「お前がそんな状態で帰れるわけないだろ」

「いやいやいや、俺のことより自分の心配しろって。え? 就職決まってんだよな?」

 まあ、と俺はうなずく。

「どうすんの、やばいじゃん」

「やばくない」

「だってもう一月だよ?」

「言われなくても知ってる」と俺は生首を抱えて立ち上がる。

「うわ、なにすんの」

 わめく生首を冷蔵庫に入れた。

「ここで大人しくしとけ。くれぐれも勝手に腐るなよ」

「どこ行くんだよ」

「パソコンとか取ってくる。しばらく泊まるから」

 はあ? という生首の声を背に玄関に向かう。なるべく早く戻ってこなければならない。

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