第5話 私と不良少女

 しばらくの間、私と彼女は大鳥様おおとりさまのされるがままに空を運ばれていました。私はこれまでの疲れから、彼女は急な出来事への驚きからでしょうか、二人共黙り込んでしまって、私達は大鳥様の嘴に挟まれながら、ただただ夜風を頬に感じるだけの時間を過ごしていました。

「あの」

 先に口を開いたのは私でした。私はベランダで言いそびれた言葉を彼女にかけようと思ったのです。

「何? ワタシ、今は自分でいっぱいいっぱいだからアンタには何もできないよ。」

 怒っているような声色で返された彼女の言葉を聞いて初めて、私は彼女に助けを求める事は出来ないという事を理解しました。今考えてみれば当たり前なのですが、あの時の私は大鳥様に捕まえられた事に対する恐怖と、彼女との間に流れる沈黙に気まずさを感じていて、慌てていたのです。とっさに私は

「お名前は、なんて、仰られて? 」

 と言いました。奇妙な敬語ですが、その時の私は緊張して仕方なかったのです。

「ワタシの名前? それであってるなら、カワバタヒヨリ。ヒヨリって呼んで。」

 とヒヨリさんは返しました。口頭でしかヒヨリさんの名前を聞いた事が無いので、なんという字で書くのかまではわかりませんでした。私も名前を言わないといけないと思い、

「僕は、檜山将太ひやましょうたって言います。今年で小六です」

 と自己紹介をしました。ヒヨリさんは

「あ、歳も言うの? ワタシは今十四。ボクは将太しょうたって言うのね」

 と言いました。急にボクなんて言われて、ちょっと引っかかっていたら、

「将太って、箱入り?」

 とヒヨリさんに聞かれました。私は意味がわからなくて、

「箱入りじゃない、ですけど。どうしてですか」

 と聞き返すと、

「だって、仰られて? とか、どっかの貴族の娘みたいじゃんねぇ。ボク」

 と少し私をバカにしたようなにやけ顔でヒヨリさんは言いました。お互いに緊張が解けかけてきていたのでしょう。そこからは私の「箱入り」のような喋りも減り、ヒヨリさんのにやけ顔、というよりも彼女にとっては笑い顔なのでしょう、それが増えてきて、私達の間にあった気まずさはほとんど無くなっていました。

「でも、大鳥様に咥えられて最初に出る言葉が口内調味なんて、ヒヨリさんも同じようなものですよ」

 と私も言い返すと、ヒヨリさんは目を丸くして

「この烏、オオトリ様って言うの? 」

 と反応しました。当時の私は大鳥様が万国共通のものだと思っていたので、

「え、違うの? 」

 と思わず質問し返しました。

 二人の間に再び沈黙が流れました。

 それとほぼ同時に、大鳥様も再び地上の方へと急降下しました。

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月夜に巡る 橘みさき @vakuvaku

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