雲上の夢
雲一つすらない快晴の青空。
それは全ての雲の上に立てば見ることのできる光景だ。
どの世界でもその光景を見られる場所はあるだろう。しかし、今この世界にそんな場所は存在しなかった。
なぜなら。
「───
「───
「───
「「「───
雲の代わりに、
翼を生やした鳥や人ではない。翼そのものが浮いているのだ。それらは二枚一対のものもあれば、四枚二対、六枚三対のものもある。色も形もさまざまで、しかし、そのどれもが羽ばたくということをせずに、空中を滑らかにスライドしていた。
下に広がる雲海の中には、白と黒の
周囲にはただ、はるか遠い場所に高い灰色の壁があり、自分の体高の半分より低い位置に雲が出来ているのが見えるだけ。一つ気になる建物と言えば、真正面にある真っ白な神殿だろうか。
ぼんやりとそれらを眺めていると、四枚二対の青い翼が目の前に滑り込んできた。
「───
相変わらず聞こえてくるのは無機質な声だ。しかし、不思議と異言語が同時に翻訳されるように、気怠げな低い声が重なって聞こえてくる。
「
彼も自分も、相手を
「
個人的には、ただ空中に留まっていただけなのだが、彼にはぼんやり浮かんでいるように見えたらしい。
「
「
我らが主。天照。
常に我々を天上から照らし、見守ってくださっている存在。
彼の存在からの呼び出しとは、珍しい。
「
何か重要なことを伝えるために呼び出されているのだろう。であれば、A位級以上の複数個体に声をかけているはずだ。
それがどこからどこまでの範囲なのか、事前に把握しておけば、より行動しやすくなると思ったのだが。
「
「
「
そうして会話を終えた 六枚三対 の白い翼は、燦然と輝く太陽に向かって、真っ直ぐに移動していった。
覚えている。
色とりどりの翼が目の前に現れた。
「
二枚一対の、のっぺりとした赤い翼が警告する。
「
四枚二対の、蝙蝠の羽のような形をした緑色の翼が嘆く。
「
三枚一対の、虫の翅のような形をした桃色の翼が叫ぶ。
「───
一枚だけの、大きな布のような形をした黄色の翼が立ち塞がる。
「───
四枚二対の、自分と同じ形をした青い翼が告げる。
「
それはとても
「───
声が震えているような気がする。
「───
そう告げた。その瞬間。
自分の背後に、
彼らの背後に、
覚えている。
モノクロの
上に広がる空も依然として青く、清らかに澄んでいる。
そう。澄んでいるのだ。
ノイズが一切ない。
あの飛び回る物体はもう存在しない。
あの
残っているのは己と主のおわす神殿のみ。
「……『律』」
律。
世界の
ただそれだけが、己の存在する理由。
この身はすでに、物質的な限界を超えている。
文字通り、世界を動かす部品である。
それ故に、それ相応の権限さえも、我らが主はくださった。
あぁ、我らが主よ。
これは贖罪なのでしょうか。
そうでなければ、我らが仰いだあの
そうでしょう?
だって神は、平穏無事を望まないのだから。
雲一つすらない快晴の青空。
それは全ての雲の上に立てば見ることのできる光景だ。
どの世界でもその光景を見られる場所はあるだろう。
そこは徒歩で行ける場所の中で、最も日差しが強い場所でも、最も空気が薄い場所でもないが、最も高所に位置する場所ではある。
違和感に気付いただろうか。
そう、
「ほぁー、すげーっ!」
足元に広がる雲海の中に、白と黒の
周囲には壁も柵も、果てさえもなく、ただ自分の腰より低い位置に雲が出来ているのが見えるだけ。一つ気になる建物と言えば、真正面にある真っ白な壊れかけの神殿だろうか。
「どういう原理でここまで繋がってるんだ?」
「うぐ……気圧差すご……っ」
荒れ狂う海に面する崖、その上に鎮座する巨大な観音開きの石扉を開いたら、目の前に広がるのはこの光景。
まるで観光地に来たが如く、多くの冒険者達がぞろぞろと不思議そうな顔をして扉をくぐった。一部の者は低気圧に弱いのか、顰めっ面をしていたり、頭を抱えたりしている。
「おぉ、壮観だなぁ……!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! めっちゃ走り回れるでござるー!」
「あれで雨風凌げんのか……? いや、雨は降らないからいいのか……」
「写真撮ろうぜ写真!」
「ふむ……荒神様と聞いていたから、てっきり嵐吹き荒れる渦雲の中にでも出るかと思ったが……」
「ちょっと気を付けなさーい! 落っこちても知らないわよー!」
わーきゃーはしゃいで走り回る者、そそくさとカメラを取り出す者、何人かで固まって自撮りしはじめる者、建物や風景を遠目で見ながら考察しはじめる者、それらを見て周囲に気をつけるよう注意する者……
訂正しよう。
観光地の如く、ではなく、ここはまさしく観光地だ。
『試練』
突然、頭に声が響いた。
「なんだ!?」
「おぉお、頭に直接……っ」
性別も年齢も判別できない様な無機質な声で、それは告げる。
『人類。耐久、試練』
その場にいる全ての存在が、強制的に理解させられる様な声。
「え? 何? 人類耐久試練?」
「おい見ろ、あれ!!」
誰かが上を指差した。
その声に呼応する様に、皆が一斉に顔を上げる。
そこには、翼の球体が浮かんでいた。
『攻撃。三度。耐久』
それは煌々と輝く太陽の様だった。
「うわ何あれ、天使……? じゃないよね……?」
それは今にも落ちてきそうなギロチンの様だった。
「三回攻撃するから耐えろってことか?」
それは今にも羽化しそうな蛹の様だった。
「ほーん……別に倒してしまってもかまわんのだろう?」
「おいおい、油断は禁物だぞ」
翼が一枚ずつ、球体から剥がれていく。
『耐久』
翼に覆われた部分が、露わになっていく。
『其レ即チ』
翼が広がり、羽が粉の様に散っていく。
『生存』
七枚の翼が、真空の球体を露わにした。
───コード666:
───コード666:
只今より、対人類耐久試験を開始します。
さあ、仕事だ。
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