水と森―800字で異世界旅Ⅴ―

かこ

◇◇◇

 リノは不穏な声の方へ振り返った。


「どう――」

「話さないで」


 鋭く返されたゲンはリノの睨み付ける先に耳をそばたてる。


「コイツの親はあんまりにも狂暴なんで銃で撃ち殺してやりやした。今は見せられませんが、素晴らしい逸品になりやすよ」


 品のない文句にリノとゲンは目で示し合わす。のどかな村だと喜んでいたが、それだけではないらしい。


「逃がしてやろう」


 リノの呟きを聞くや否や水の精霊ゲンは男達の頭上に滝を降らせた。罵声を上げる足元に、十分すぎる水溜まりができる。


「飛び込め」


 言葉を落としたゲンは地面に落ちたおり目掛けて走り向ける。

 示された小川にリノは駆けた。

 驚きの声が上がるのとリノが迷いなく川に飛び込んだのは同時だ。川底に足をつくことなく海よりも深い水に引き込まれた。現れたゲンに手を引かれ果てしなく遠かった水面へ引き上げられる――直前に放り出された。

 自力で顔を出したリノは大きく息を吸って思いっきり叫ぶ。


「急に離さないでよ!」


 素知らぬ顔でカワウソは背泳ぎを堪能していた。

 どこかの森の湖から這い出たリノは檻を抱えたまま、横回転まで見せつけるカワウソ精霊ゲンに半眼を向ける。

 さっきの密猟者に売り飛ばそうと口を開きかけたリノを遮るように檻が揺れた。石で鍵を砕けず悪戦苦闘をしているとその場の空気が変わる。

 顔を上げたリノペリドットの瞳に映ったのは白猪達の群れだ。

 リノの声が裏返る。


「ぁあなた達の仲間、よね」


 細められた森色の瞳は何を語っているのか、リノには全くわからない。


「鍵が開けることができなくて」


 檻を前に差し出せば一番大きな白猪が近付いてくる。

 組まれた柵の間にねじ込まれた蹄が檻の底を踏みつけ、大人の半分はある牙が柵を引きちぎった。

 群れを呆然と見送ったリノの前で、ゲンは何事もなかったように身ぶるいする。

 水飛沫が頬に当たっても、リノはまだ放心したままだ。


「すごいんだね、精霊って」


 ゲンさん以外はと付け加えて怒られたことは言うまでもない。

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