はなして

海野夏

君はあまのじゃく

「ねぇねぇ、いい加減話してくれてもいいんじゃないですかぁ?」

「や。そろそろ手離してよ」


ぷいっと横向いたままの先輩が手をぷらぷらゆらして私の手を振り解こうとする。それに逆らって、重ねていただけの手に力を込めて指を絡めて握った。先輩は肩を跳ねさせてこっちを向いた。


「林檎ちゃんですね、先輩」

「うるさい」


言葉に力はなくて、睨む目は恥ずかしさで涙がゆらゆら揺れて、とてもかわいい。揃いの制服のスカートを命綱のようにぎゅっと握るもう片方の手にも、そっと手を重ねる。


「やきもち焼いたって言って」

「焼いてない」

「嘘つき」

「嘘じゃない」

「ならあまのじゃくですね」

「知らない。あっち行ってよ」


そうは言うけど、いつの間にか先輩も手をぎゅっと握っていて、離れてほしいのか離れてほしくないのか分からないな。

先輩は私のふたつ上の学年で、私の恋人だ。

あまり積極的ではない性格で、人付き合いは苦手だと教えてくれた通り、休み時間に私以外と話しているのは数えるほどしか見たことがない。

入学式で私の胸に花をさしてくれた先輩に一目惚れしたのが始まりだった。私はどちらかというと考えながら走るタイプで、正反対の先輩は最初こそ面倒そうにしていたけど、彼女の優しさにつけ込んで可愛い後輩、そして恋人の座を手に入れた。

今では多分先輩もそれなりに私のことを好いてくれてると思う。


「……他にも、あなたと話したい人がいるでしょう」

「うーん、急用じゃないですし、最優先は先輩ですよ」

「でもいつも人に囲まれてる」

「人気者ですから」

「人気者様は私みたいなつまらない女といると窮屈に思うはずよ。本当は放してほしいでしょ?」

「先輩といるの楽しいですよ」

「嘘。さっきだって、楽しそうで」


あと二年遅く生まれていたら、一緒に勉強したり行事に参加したりできたのに。

うつむいた先輩は、そう小さくこぼした。


「……驚いた」

「何」

「先輩、私のこと好きなんですね」

「馬鹿にしてるの?」

「いやいや、多少好かれてるかなってくらいだとばかり」

「その程度で付き合う軽い女だと思ってるのね。よく分かったわ」

「待ってよせんぱぁい」


立ち上がって逃げようとする背中を抱きしめれば途端に大人しくなった。てっきり暴れるかと思ったのに。よく見ると先輩の首筋や耳が赤くなっている。


「さっき先輩のこと話してたんですよ。いわゆる恋バナです」

「はなして」

「良いですけど、逃げないでくださいね」

「逃げるとしたらきっとあなたよ」


じゃあ離さないでくださいね。

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