Ep.30 終局

 白い炎が音もなく、二人の戦士を包みこむ。

 突如降り注いだ強い光に、観客たちは目を瞑った。


 やがて視界が元に戻っても、しばらく口を開く者はいなかった。


『はっ……こ、これは――』


 余韻を残すように間をおいて、MCがおそるおそる口を開く。黙ったままの観客たちも、彼の声に耳を傾けた。スタジアムのフィールドの中央には、無傷の身体――《行動体》で立っている二人の男の姿がある。


『DJ Zain、カナタ……ともに戦闘体がロスト……』

 

 二人の《戦闘体》は、龍の攻撃で破壊されていた。

 カナタが身をもってZainをフィールドの中央――観客たちに被害の及ばない範囲に留めたことで発動可能になった、最後の切り札。それを食らった二人は、問答無用で同時に戦闘不能ロストと見なされたのだ。


 お互い武器を持たず、フィールドで立ち尽くしている。


『……ですが、【Executor】の朔夜さんは――!』


 MCが徐々に声色を明るくした。

 すると会場中の視線が、オープンエアのスタジアムの上空に向けられる。そこから舞い降りてくる神々しい少女の姿に、Zain派も【Executor】派も、プレイヤーもNPCも関係なく皆、同様に魅せられていた。


 やがて朔夜は、片足ずつフィールドに降り立って。

 観衆に注目されながらも、彼女らしく堂々と胸を張った。


『【Executor】朔夜、いまだ健在――ッッ!! 

 ということで、熾烈を極めたこの一戦の最終結果は――』




『――――勝者、最強タッグの【Executorエグゼキューター】!!』




 途端に、会場が大きく湧き上がった。

 あの最後の一撃から溜め込んでいた感動をさらけ出すように、拍手、歓声、口笛など思い思いの祝福が観客席から飛び交った。その盛大な祝福は、最後まで互いを信頼し続けた彼らを、勝者を称えていた。


 それはZain一派、【Desperado】のメンバーたちも例外ではない。Zainの敗北、そして黒星での幕引きを惜しみながらも、最後はみな潔く拍手で勝者である二人を称賛していた。


 彼らのリーダーが、そうしたように。


「負けたぜ。オレの負けだ」


 サングラスを外し、澄んだ瞳でZainは言った。

 そこには悔しさどころか、満足感までもが滲んでいる。


「オレの目は、どうやら狂っちゃいなかったみてェだな。最後の試合にオマエらと戦えて、オレはよかったぜ。Thank you, kids……いや、“Rival”」


 盛大な拍手を送る、Zainと【Desperado】の面々。

 疲れ切ったカナタは微笑み、朔夜は胸を張ったまま、


「ふん、お主こそ、わらわが戦ってきた相手の中ではなかなかだったぞ! ここまでわらわが本気を出したのわぁ……これが、はじめて……」

 

「おい、朔夜――」


 なにやら良いことを言おうとしたにも関わらず、さすがに疲労の溜まっていた朔夜はふらついて倒れこんでしまった。そばにいたカナタがそっと受け止めると、会場からわずかに笑い声がした。


 Zainも観客たちにつられて微笑を湛えるとともに、朔夜を抱きかかえるカナタに向かって言う。


「ヘイ、Boy」

 

「……なんだ?」

 

「紛れもなく、オマエらは最強の相棒バディだ。オマエら二人なら、こんな歪んじまった世界も、変えられるかもしれねェ……。ソイツの手、オマエは離すなよ」

 

「ああ。言われなくてもそうするさ」

 

「ハッ……だろうな!」


 戦う男として、全力を出し合った二人。彼らの間には、その一瞬だけ、善悪を通り越した男同士の友情を垣間見ることができた。

 

 Zainは愉快そうに、そのまま天を仰ぐ。

 先ほどまで赤い龍が漂っていたことが嘘のように、そこには雲一つない普通の青空が広がっている。そして彼は何を思ったか、


 

「――Hey、スタッフ!!」

 

 

 張り上げられた声が、会場全体に響き渡る。


「オレにカメラを向けてくれ。最後に言いたいことがある」


 突然神妙な顔でそう言ったZainに、会場の裏で動いていたスタッフたちは騒然とした。しかしすぐに責任者が現場を指揮してすべてのカメラをZainに向け、スクリーンと配信画面に彼の姿を映し出す。


 カナタたちの勝利に湧いていた観客たちは、彼の突然の行動にどよめき出す。だがZainは臆することなく、堂々と語り始めた。


「オレはDJ Zain、知ってると思うがDプレイヤーだ」


 Zainは正面、カメラが用意された方向を見ていた。そしてひいては、その先にいるスクリーンを見つめる観客や、配信を観ている視聴者たちを。


「オレは今回の決闘をもって、《ディスオーダー》を捨てて【Under Brain】から引退する。オレの立ち上げたクラン、【Desperado】も実質的に今日をもって解散だ。さすがにお咎めナシってわけにもいかねェだろうが、とにかくこれは決定事項だ――」


 真正面を向いて、彼は話し続ける。

 それはどこか、誰かに向けたメッセージのようでもあった。


「……そこで、だ。これを見ているDプレイヤーがいるなら、オレはオマエらに伝えておきたいことがある。これはあくまでオレの推論だが、よく聞いてくれ」




「――オレたちDプレイヤーの時代は、今日で終わりだ」




 Zainははっきりと、そう言い切った。

 観客席でそれを見守っていた【Desperado】のメンバーや、彼の親友のランドーは揃って瞠目する。


「この先、Dプレイヤーがどんなに巧妙に悪事を働こうとも……こいつら【Executor】はもちろん、それに準じる奴らがオマエたちを狩りに来る。これは誰にでも起こり得る話だ。誰かの陰に隠れて、『自分だけは安全だ』なんて抜かせる時期は終わりだと思ったほうがいい」


「こいつはいわば、『革命』の始まりだ。だからオマエらも、こいつらの反撃に巻き込まれたくなければ、オレたちと一緒に足を洗ってくれ。犯した罪は帳消しにはならねェが、それが今一番、オレの考える賢い選択だ」


 Zainはただひらすら真摯に、言葉を連ねた。

 世界の同胞――「共犯者」たちに向けて。


 自分の犯した罪への、せめてもの償いとでもいうかのように。


「もう一度、オレたちと一緒に考えてくれ。自分たちのやってきた行為が、どれだけ世界を歪めてきたか。愛すべきこの世界のために、自分が今するべきことはなにか。人間の心がある奴には、わかるはずだ……」


「オレは、オマエたちの勇気ある行動を応援する。それだけだ」




 


       ◇◇◇





 

 鋭い鉄のはさみが、テレビの画面に勢いよく投げ込まれる。

 古びた箱型テレビは損傷し、火花を散らしてショートしてしまった。


「なーに善人ぶってほさいでんだ、あのクソアマ」


 鋏を投げ入れた張本人は、気だるそうに一人掛けの赤いソファに深く身を沈めていた。自慢の金髪を荒々しく掻き上げるその男の目には、おおよそ善意や悪意と呼ばれる類のものは宿っていない。ただ、すべてを軽く飲み込んでしまいそうなほど黒い瞳がそこにあるだけだ。


 Zainの演説と同時刻。

 アジトとしている町外れの廃工場にて、多々羅たたらとその仲間は決闘の配信をテレビに繋いでいた。ただ、それもたった今、本人の行動によって途切れてしまったのだが。


「勇気ある行動だぁ? 王サマがわざわざ配信までしたのは、この薄っぺらい演説を全世界に垂れ流すためだってのかよ。外人のジョークってわかんね〜なぁ」

 

「多々羅……」


 別のソファに座っていた仲間が口を挟む。

 表情にこそ表れないものの、多々羅のやり場のない激しい怒りを、その場にいた三人の仲間は感じ取っていた。まるで空気に亀裂が入ったかのように、ピリついた雰囲気が廃工場内を漂う。


「た、タタ君……どうすんだ? あいつら、今から潰しに行くか?」

 

「あー? 行かねーよ。今は無計画で動いても仕方ね〜」

 

「じ、じゃあ俺たちは……」

 

 仲間たちは狼狽えながも多々羅に問う。

 すると彼は、コートの裏ポケットから新たな鋏を取り出して掲げ、ゆっくりと開いた。磨かれた銀の刃が、真っ黒な彼の瞳孔を反射する。


十々木ととき

 

「な、なんだよ、タタ君……」

 

「――今の世界ランク10位以上の奴ら全員に、今すぐ連絡とれ。あのガキ二人とクソアマ以外のだ」


 十々木と呼ばれたオールバックの少年が、思わず息を呑んだ。

 多々羅は鋏を仕舞って立ち上がると、コートのポケットに両手を突っ込んでふらふらと歩き出す。十々木以外の二人の仲間は、何かを察したように顔を見合わせて深い笑みを浮かべた。


「『革命』が始まるっつーなら、始まる前に徹底的に潰してやんよ」

 

 雨の打ち付ける廃工場の中、多々羅の笑い声がこだまする。

 彼は不気味に顔を歪ませながら、行くあても考えず歩いていった。


 

 

       ◇◇◇




 はたまた、世界の別の側面にて。

 決闘終了と同時刻、高層ビルの屋上にいたのは、黒のベレー帽を被った銀色の髪の少女だった。屋上のへりに手をついて座り、悠々と片手に持った端末の画面を眺めている。


 ここはカルキノス連邦とは世界のにあたる、軍事国家レオーン。

 戦車や《武装ソティラス》を装備した軍人たちが支配する夜の街に、少女は長い銀髪をなびかせながら佇んでいた。どこか浮世離れした雰囲気の彼女の存在に気づく者は、今はまだいない。


「ふむ……結果は予想通りだったけど、面白いものが見れたな」


 画面の中ではZainがまだ一人言葉を紡いでいたが、少女はこれ以上は興味がないとでもいうように、ぷつりと配信中のアプリを閉じる。そして代わりに表示したのは、巫女服の少女を写したスクリーンショットだった。


 彼女は写真を見つめる目を少し細める。


 

「さすがは、ボクの『妹』だ」



 少女は慈しむような目でふっと微笑む。

 そして次の瞬間には、その儚げな姿は夜の闇に消えていた。


 

 


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