Ep.29 最終ラウンド
斬閃が空を裂く。
刃を躱したZainは懐に飛び込み、拳を握りしめる。
Zainの繰り出したアッパーを、カナタは左手で受け止めた。
アルケーの出力は互角。極至近距離で両者は睨み合う。
「まだいけるな、Boy!?」
「当たり前、だっ――!」
敵の胸筋を蹴り飛ばし、カナタは飛び退く。
着地するとすかさず、Zainの放つ衝撃波を回避しながら中距離での射撃に転じた。彼が移動のために四肢を駆使するたび、身に宿した蒼炎が風にたなびく。
青い霊魂を身にまとった彼の身体は、Arc値、攻撃・防御力、機動力など能力の全般が強化されていた。今回の決闘にあたってカナタと朔夜が考案した「奇策」――それがこの【
すべては、近・中距離にて、Dプレイヤーと渡り合うため。
だがこれは、ここまで温存してきた「切り札」の一つに過ぎない。
「
「カッターモジュール、
朔夜の赤い霊魂がまとまって列を成し、Zainに側面から次々に襲いかかる。
それに合わせてカナタは銃剣を起動し、すぐさまその場でスタートを切った。青い炎を吸収した銃剣が、長大な光の集合体となってZainを両断せんと迫りくる。
息の合った左右からの挟撃。
Zainは躊躇なく「防御」の音で双方を防ぎ切る。
紛れもなく全力を発揮したZainと彼らの力は、拮抗していた。
「重いな……! これがッ……オマエらの全力かッ!!」
両側からの攻撃に耐えながらも、Zainはまだ笑っている。それは決して虚勢を張るための作り笑いではなく、この戦いに全力を注ぎ込んでいる彼の「楽しさ」からくる、清々しい笑みであった。
「だが……まだだ――まだ足りねェ!!」
防御に徹していたZainは一転、次の一音で攻勢に転じた。
両肩に配置されたスピーカーから、ボリューム最大、特大の「打撃」の衝撃波が放たれる。押し切られた朔夜とカナタは衝撃で弾き飛ばされ、銃剣と霊魂が一時的に消滅してしまった。
Zainはカナタの方へ振り返ると、彼の銃を片手で掴む。
「クライマックスだぜ!? もっと……ギアを上げてけッ!!」
「……!!」
鉄のグローブで強化された左手が、《ベイオウルフ》の銃身を粉々に砕いた。続いてカナタの腹めがけて、右の拳が繰り出されるが、
「……ほォ?」
瞬間、拳に逆手で突き刺されたのは、高周波ブレード。
カナタは左手でZainの拳を縦に切り裂くと、すぐさま右手も銃を手放してブレードに持ち替える。するとその剣先を、Zainの空いた左前腕に突き立てた。
「俺は勝つ……本気のアンタに勝って、アンタを否定する!!」
「そうかよ!! ならまだまだ、楽しめそうだッ!!」
Zainの左前腕、ミキサーが火花を上げて爆発する。
しかしその直後、Zainはカナタの首を掴み上げた。
「――カナタ!!」
Zainは彼の首を掴んだまま、背後を狙っていた朔夜に投げ飛ばした。
二人はそのまま正面から衝突するが、すぐに体勢を立て直し、朔夜はカナタの身体に霊魂を補充する。朔夜のほうもかなりの量のアルケーを消費しているものの、未だカナタを支援するだけの余裕はあった。
「さァ、もっと楽しもうぜ……“Kids”」
Zainは未だ、鬼神のごときオーラで息巻いている。
右の掌は破壊され、左前腕のミキサーは機能していない。それでもなお、泥臭く立ち続ける狂騒の王の姿がそこにはあった。
「最終ラウンド、だろォッ!?」
「ああ……!!」
カナタは左手に《再現》した銃を右に持ち替え、前傾する。
Zainとカナタが正面からぶつかり合う。
勝負の終局が、少しずつ近づいていた。
◇◇◇
『さてさて、開始から既に30分を過ぎた本試合!! 両者とも一歩も引かない長期戦となっておりますが、どうやら決着の時は刻一刻と近づいているようです!! 勝利の女神は果たしてどちらに振り向くのかーーッ!?』
MCが熱のこもった実況を会場へと振り撒く。
観客たちはどちらを応援するによらず、みな試合の動向に常にハラハラしながら、留まるところを知らない盛り上がりを見せていた。
「今度はまた空中戦に戻るみたいですね……」
「ああ……でもお相手には、空に留まり続けられるだけの
スクリーンを見つめるコレットの隣で、ジャンヌは冷静に戦況を見極めていた。未だどちらが優勢とも言い難い状況だが、モニカはこれを見てあることに気づく。
「ねぇ、もしかしてセンパイたち、龍を使わずに勝つつもりなんじゃ……」
「……その可能性はある。あれを使ったら最後、朔夜は戦闘不能になるからね」
龍の一撃は強力な分リスクも大きい――わかりやすいデメリットを抱えた大技を封印したまま勝つ、そんな未来が、彼女らの頭には思い描かれていた。
「それに、あの子たちにはもう一つ大技が残ってる。あれからどこまでモノにできてるかは知らないけどねぇ……」
スクリーンには、上空にて激しくぶつかり合う三者の姿が映し出されている。消耗戦に陥った試合の行方を、会場の観客たちは手に汗握る様子で見届けようとしていた。
試合開始から、既に43分。
決着の時は近い。
◇◇◇
「いい……これがッ、これこそがッ、俺の望んだ戦いだ!!」
空中で両腕を広げて、Zainは叫んだ。
ついにボリュームマックスとなった彼の放つ「音」が、ここにきてカナタたちに牙を剥いた。最高威力の「斬撃」の音でカナタの左腕は吹き飛んでおり、前線を張る二人の消耗は同程度となっている。
銃弾と音が飛び交い、ときには拳と剣を交えて。
果てしなく続くようにも思えた試合は、満足げな笑みを湛えるZainの手によって今、終わりを迎えようとしていた。
「こいつァオレの引退試合――オレのプレイヤー人生、そしてオマエらとの感動的なラストを飾る一曲は……こいつだッ!! せいぜい胸に刻めェ!!」
残された右のミキサーを操作し、Zainは少しずつ高度を下げていった。
これまでになく速いテンポのEDM、加えて最大に設定されたボリューム。
「これで
Zainが豪快に笑い、ボロボロの両手を振りかざした。
曲が流れ始め、来たる最後の一撃のため全身に力をチャージする。
出し惜しみなしの彼が放つ、最後にして最高の一曲。彼の本気の想いの前では、霊魂やシールドでの生半可な防御は意味をなさない。文字通り「本気」で迎え撃たなければ、カナタたちが押し負けるのは必死だった。
ついに訪れた、最終局面。
目配せをした二人は既に、覚悟を決めていた。カナタは足場としていた龍から飛び降りて下降しながら、残された右腕で
「《ベイオウルフ》、エネルギー制限
モード、【
片手で構えた銃が変形し、青い炎を帯びて発光する。
狙いを定めるカナタの背に、霊魂を引き連れた朔夜は両手を添えた。
「荒御魂・解――『
燃え上がる赤の霊魂が、カナタの身体を伝って銃身へと届く。
彼の身体の蒼炎も一時的に赤い燐光を放ち、重なる二人の想いが一つとなって変形した銃へと込められる。残された銃は一つ、威力は本来の半分だが、問題はなかった。
この一撃にかける想いは、変わらない。
「【エグゼキュートキャノン】……!」「【霊葬砲】……!」
たとえ、思いついた技名が揃わなくとも。
新たなる一撃は、二人分の激情を載せて。
「「
赤と黒の光が束となって、敵を狙い撃つ。
龍の吐く炎にも劣らない、強大で鮮烈な一撃。
その輝きを見たZainはふっと微笑み、チャージを終えた最後の魂の「音」を、ついに叩き出した。紫の燐光を帯びた衝撃波と、赤黒い極太のビーム砲が真正面から衝突する。
(そうか……これが、オマエらの――)
せめぎ合う光の中、Zainは悟った。
(オマエらの本気……
彼のスピーカーが放つ波動が、揺らいだ。
乾いた笑いを続けながら、Zainの振りかざした両手はたしかに少しずつ後退していく。二人の繰り出したビームの余波で、彼の指先が黒く焦げていった。
「ハッ……こいつァ痺れたな」
満足げに、Zainは呟いた。
最後に再び両腕を大きく広げ、空を仰ぐ。【Under Brain】世界の、限りなく広く果てしない青空。最高に清々しい空じゃないか――彼はそう思っていた。
紫の波動が、押し負ける。
最後まで音楽を愛し続けた男は、スタジアムへと墜ちていった。
***
「もう、勝負はついたんじゃないのか?」
暫くして、フィールドに戻ってきたのはカナタだった。
その上空では、龍が浮遊する気力を失った朔夜を乗せて悠々と空を泳いでいる。
そしてカナタの目の前には、未だ倒れない敵の姿があった。
「ハッ……オレのモットーは、最期まで泥臭く、だ」
「聞いてねぇよ」
「そうだな……ハハ」
次第に止んできた爆風の中で、Zainは右肩を押さえる。
右半身は丸ごと吹き飛んでおり、ダメージ箇所からは《アルケー》の粒子が絶えず漏れ出していた。迷いは晴れたとでもいうような顔で、Zainは空を見上げる。
「だからオレは、最後まで勝機を逃さねェ」
その瞬間、カナタは素早く身構えた。
彼の不意をつくように、Zainは残った拳ひとつで突っ込んでいく。カナタが弾の切れた銃を捨てる一瞬の間に、Zainはすぐ目の前まで接近していた。
「……!」
観客やMCまでもが、言葉を失った。
その結末に、度肝を抜かれて。
「……少し、油断したか?」
カナタの腹部を素手で貫いて、Zainが言った。
予想外の事態に、カナタの頬を冷や汗が伝う。空いた右手は、ブレードを《再現》しようとして断念していた。
「かもな……」
引き攣った笑いを浮かべ、カナタは声色を震わせる。
致命傷を負った《戦闘体》が崩壊を始める中、ぶら下がった彼の右手は、腹に突き刺さったZainの腕をかたく掴んだ。
「けど、勝ちは譲らねぇ……!」
「――! まさか、オマエ――ッ」
カナタの手は、Zainの腕を掴んで離さない。最後に有り余ったアルケーをすべて注ぎ込んででも、敵をフィールドのど真ん中のこの場所に留めようとしていたのだ。
すべては、残された最後の切り札のために――。
「――――【
上空から聞こえてきた相棒の叫び声に、カナタは微笑した。
「最後まで手間かけたな、朔夜……」
信じる相棒のため、身を挺して宿敵をその場に留めた少年。
目の前の獲物に固執するあまり、最後の最後で彼の策に嵌った王。
フィールドに留まる二人を、神聖な炎が包みこんだ。
それはまるで、戦士たちを慈しむ女神の光のように。
神々しい終局を、戦場にもたらした。
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