Ep.28 奇策

「飛んでっちゃった……」


 観客席にいた玲央奈は、空を見上げて呆然と呟いた。

 

 先ほどまで彼女の視線が捉えていた男が、備え付けられたジェットパックによって空高く飛んでいったのだ。周囲の他の観客たちの反応も、みな同様だった。


 激戦の舞台であったフィールドには、人っ子一人いない。


「え、これいいんですか? ルール的に……」


 空になった戦場を見つめて、コレットは半目になる。

 しかしその隣に座るジャンヌは、腕組みをして状況を静観していた。


「平気だろ。場外に出ちゃいけないなんてルールはねぇはずだ」

 

「でもこれじゃあ、おれたち試合観れなくないですか!?」

 

「そこは主催者あっち側がなんとかするだろうさ。っと、ほれ見ろ」


 ジャンヌが視線で指したスクリーンの画面が切り替わり、新たな中継映像が接続された。


 空に浮かぶ朔夜、龍とそれに取り付いたカナタ、そしてそこへ立ち向かうZainの姿が映し出される。静まり返っていた観客席が、再び騒然とし始めた。


『えー……皆様! お待たせいたしました!! これより先、場外エリアでの戦闘はドローン映像にてお送りいたします!! どうかご理解くださいませ!!』

 

「別にいいぞダイナマイトー!」

 

「急にかしこまるなもっとボンバーしろー!」


 MCのファンが囃し立てるが、多くの観客は映像に夢中だった。

 スクリーンの中では、激しい空中戦が繰り広げられている。



 

      ◇◇◇




 雲一つない快晴の空の下。

 三者の攻撃が入り混じり、いくつもの光が飛び交った。


「こいつァいいロケーションだ! アゲてくぜェ、“Kids”!」

 

 ノズルと背中を地面に向け、Zainは軽く指を鳴らす。

 スピーカーからは、彼好みのEDMとテンポに合った音が打ち出される。斬撃と打撃を含んだ衝撃波の脅威は変わることはないが、上空に吹く風の影響でいくらか曲が聞き取りづらくなっている状態だった。


「おいお主、まだ撃たなくていいのか?」

 

「撃って当たると思うか?」

 

「……いいや」


 朔夜の出した龍は、まだ大技を放つべき時ではなかった。その一撃を外したら最後、朔夜は《アルケー》を使い果たしてダウンし、大きく戦力を削がれたカナタ一人が残ることになる。


 しかし、一度彼女が顕現させた龍は【清浄なる劫火キヨメノホムラ】発動後まで戦場に居残り続ける。今は空中での「足場」としての役割を担ってもらうことしかできない。


「今は、これでいい……!」


 龍の角にワイヤーを引っ掛け、唯一単独飛行できないカナタは空中戦に対応していた。回避のため龍の身体から飛び降りると、アクロバティックにZainへと銃弾を撃ち込む。


 ビームの弾と「防御」の音が空中で相殺する。


「どうした、そのデカいドラゴンは飾りかァ!?」

 

「今は絶賛チャージ中なんだよ。アンタに一撃食らわせるためにな」

 

「ほォ、そいつァ楽しみだ!!」


 再び龍に乗り移ったカナタは、角からワイヤーを回収した。今、彼の銃は二丁ともワイヤー、カッターのモジュールも含めて健在だ。できることはできる内に、と彼は決心する。

 

 近くで霊魂による防御壁を張る朔夜に、小声で言った。


「俺が下から奴を引きずり下ろす。援護だけ頼む」

 

「下から? ……わかった、無茶するなよ!」


 朔夜に軽く頷くと、カナタは龍の背から勢いよく飛び降りた。

 もう龍と身体を繋ぎ止めるワイヤーもない。彼の身体は重力に抱き寄せられ、黒い上衣が風にはためいた。


「今度はスカイダイビングか! 楽しんでるなぁ!!」

 

「いちいち……うるせェ!!」


 シールドと二つの霊魂で防御しながら、カナタは銃で応戦した。

 

 右手側を《高周波ブレード》に切り換えると、それを素早く投擲する。リズムに合わせて放たれた「防御」の音の前に剣は弾かれるが、それ自体は単なるブラフでしかなかった。


 本命は、すれ違いざまに仕掛けられていた。


「……?」


 特に追撃もなく落ちていったカナタを、Zainは怪訝に流し見る。


 

 ところが間もなく、彼の身体が大きく傾いた。


 

(――What!? アイツ何をしたッ!?)


 引っ張られているのは、右側のユニットだ。

 ユニット側面を見て、Zainは一目見てすぐさま異常に気づく。


「ッ、ワイヤーか! いつの間に……!」

 

「喜べよ。あんたも道連れだ……!」


 銃を手に空を仰ぐカナタは、Zainの右ユニットにワイヤーでぶら下がっている状態だった。ユニットにカナタの体重がかけられるとともに、浮遊するそれと接続されたZainの姿勢制御も同時に危うくなる。


(一旦は、武装解除シャットダウンが妥当なんだろうが……ッ)


 左で朔夜の霊魂をしのぎつつ、Zainは思考する。左右両方の武装ソティラスを解除すればカナタは取り付く場を失って墜ちるが、朔夜の攻撃に対して一瞬の隙を与えてしまうリスクもある。


 その選択は、彼の性に合わなかった。


 

「いいぜ――よ!!」


 

 Zainは咄嗟に右に旋回し、下にいたカナタを正面に捉えた。

 

 朔夜にあろうことか背中を向けると、ガスを噴射してカナタのもとへ急降下する。爆音を撒き散らしながら向かってくる敵に、カナタは片手で応戦するが、火力差は埋められず。


「道連れ、だろッ!?」

 

「――ッ!!」


 空中で、Zainがカナタの胸ぐらを掴む。

 接近を許してしまったカナタは至近距離で衝撃波を浴びせられながら、成す術なく地面へと叩き落されていった。咄嗟に張ったシールドや霊魂が破られ、カナタの身体にダメージが入る。


「カナタ先輩!!」

 

「彼方くん……!」

 

 観客席では、悠牙と玲央奈が不安げにスクリーンに映るカナタを見ていた。腕組みをしていたジャンヌの表情までもが、今は少し曇っている。


(どうする、少年……?)


 その直後、急降下していた二人が地面に衝突する。


 ドローンの中継映像は一面に立ち込めた土煙に覆われ、それを見ていた多くの観衆が固唾を飲んだ。しばらくして煙が晴れると、Zainの大きな背中が徐々に現れる。


「愉快な空の旅はおしまいだぜ」


 Zainの左腕は、未だカナタの上衣を掴んで離さない。脇に抱えていた《武装ソティラス》は接近戦に備えて一時的に解除されており、騒々しいEDMは既に鳴り止んでいた。そのまま彼は大きく、右腕を振り上げた。


「ここからは、泥臭くいこうじゃねェか!!」


 土煙の中、右ストレートが繰り出される。

 誰もが目を瞑りたくなるような、強烈な一撃だった。

 

 しかし次の瞬間、Zainの顔から血の気が引いていく。


 

 

「いねぇ……だと?」


 


 彼の左手が掴んでいたのは、カナタの上衣のみ。

 そこに殴るべき敵はおらず、右ストレートは空振りに終わっていた。


「……泥臭く、か」


 直後、土煙の中から声がした。

 Zainは見えない敵を振り払うように、両腕を振るう。再び【On My Beats】を起動させようとスイッチに手をかけるが、そのときには既に遅く。


「――上等だ」


 彼の背後に、カナタは潜んでいた。


 上空から朔夜が授けた《霊魂》を右手に取ると、そのまま掴み、



「――こんれつけん・一閃」



 赤い炎を、拳にのせて。

 上衣を捨てていくぶん身軽になったカナタは、鋭いストレートをZainの背中に放った。揺らめく炎と絶大なインパクトが、Zainの鍛え上げられた身体を襲う。


「ぐっ……ああああああああッ!?」


 二人分の想いを乗せた一撃にZainも踏ん張りが利かず、衝撃とともに吹き飛ばされた。土煙を巻き上げながら、武装を解除したZainの巨体が荒野の上で転がっていく。


「お主、無事か!」 


 ややあって、朔夜が上空から舞い戻ってくる。

 龍は未だ滞空状態にあるが、足場としての役割も果たし終えていた。拳を振り抜いたカナタは、口元の土を拭って立ち上がる。

 

「ああ……なんとかな」


 Zainを出し抜いて一撃を食らわせたとはいえ、上衣を脱ぎ捨てて露わになった彼の身体のダメージは深刻だった。朔夜は黙ったまま、緑色の霊魂――『幸御魂サチミタマ』でカナタの《アルケー》の漏れ出るダメージ箇所を応急的に修復する。


「悪い……無茶しすぎた」

 

「いつものことだ。気にするな、馬鹿者」


 処置が終了し、カナタは再び朔夜の前に出た。

 ようやく土煙が晴れると、同じく立ち上がったZainの姿が現れる。


「久々に、いい一撃食らっちまったなァ……」


 サングラスをかけ直し、Zainは首をコキと鳴らす。


「やっぱりバトルは、こう泥臭くなけりゃいけねェ」


 未だ好戦的に微笑むZainには、相応の余裕が見られる。

 

 カナタの先程の一撃も、《アルケー》の差から見てそこまで大きな痛手にはなっていないようだった。クリーンヒットを確信していたカナタは小さく舌打ちをする。


「泥臭いのが好きなら、なんで《ディスオーダー》なんか使ってんだよ」


 相手もクールダウンの時間とみたカナタは、そんな質問をした。


「アンタ、素の実力でも30位は余裕で目指せるだろ。チートなしでも正々堂々やれば、今みたいに……アンタの望む戦いはいくらでもできるはずだ」

 

「……オマエに買い被られるのは意外だったが、確かにその通りだな」


 肩のあたりをストレッチしながら、Zainはあっさりと認めた。

 すると一転、両腕を広げて、



「だがそれじゃあ、俺の“楽しさ”は成立しねェ……!」



 本当の自分をさらけ出すかのように、彼は言い放った。


「《ディスオーダー》が広まって、誰もがカンタンに強くなれる時代が来ちまった……これまでにないインフレが進んじまった今、戦場そこにはオレの望むギリギリの泥臭さも楽しさも……何もねェんだよ!!」

 

「だから、“楽しさ”をとるために《ディスオーダー》を?」

 

「あァそうだ……ゲームは所詮『娯楽』だろ? オレには、この歪んじまった世界を『娯楽』として楽しむための力が必要だった。オマエみたいに、この状況をシラフで楽しめるような天才サマじゃねェからな」


 周りが変わったから、自分も変わった。

 変わらざるを得なかった――Zainの言葉がそう訴えかける。


 彼も、《ディスオーダー》のバラ撒かれたこの世界ゲームの、被害者の一人なのかもしれない。急激な力のインフレによって起きた、長く大きな負の連鎖の、ほんの一部分に過ぎないのかもしれない。


 だが、そんな言い訳ですべてが赦されるはずもなく。


 

「娯楽? 少なくともオマエはそんなこと言える立場じゃねぇだろ」


 

 カナタの目に映るのは、負の連鎖に加担したのみだ。


「アンタのその『娯楽』とやらのために、夢や希望を壊された人が何人いると思ってる? 被害者ぶって語るな。――この際だから言うが、『周りに流された』なんてぬるい言い訳で自分を棚に上げる奴が、俺は一番嫌いだ」


 カナタが向けたのは、はっきりとした敵意だった。

 一人で「当事者」たちと戦い続けてきた彼の前では、同情を誘う言い訳も通用しない。


「DJ Zain、アンタとは分かり合えない。俺はアンタを全力で否定する」

 

「……そうか。ハッ、そうかよ!! ならかかってこい、Kids!!」


 Zainの身体から、紫色の炎がたなびき始める。


 

「――オレを倒して、否定してみせろッッ!!」

 


 再び【虚装構築ディストラクション】を行った彼の身体には、新たな形態へと変形した《武装ソティラス》が鎧となって装着されていた。両肩には小型化されたスピーカーが配置され、ミキサー類は前腕部に移動し、ただでさえ巨大な両手は鋼鉄のグローブで覆われている。


 ディスオーダー【On My Beats】・アサルトポジション。

 爆音と鋼に身を包んだ彼の立ち姿は、まるで鬼神であった。


「ああ……こっちもやってやるよ。本気でな」


 戦意を滾らせる敵を前に、カナタは大胆不敵に微笑んだ。

 両眼を斜に構えると、隣に立つ朔夜に目配せをする。


「いくぞ、朔夜。をやる」

 

「……! わかった、死ぬなよ!!」


 朔夜は一瞬瞳を閉じ、意識を集中させる。

 自らの周りに集めた十以上の霊魂たちに、一気に力を込めると、


 

「霊魂――『奇御魂クシミタマ』!!」


 

 青色だった霊魂が、黄色に転色する。

 そしてそれらは一手にカナタのもとへ集結し、彼の身体に馴染んでいく。


 


「――――【霊威装天れいいそうてん】!!」


 


 瞬間、その姿にZainが息を呑んだ。

 ライブ映像を見ていた観衆たちも、彼の新たな姿に釘付けになる。


 黄色の霊魂がカナタの四肢や頭部の数カ所に装着――いや、「装填」され、彼を護る炎の鎧となったのだ。やがてそれらは彼の瞳の色と同じ深い青色へと転じ、彼の全身に鮮やかな燐光をまとわせた。


 蒼の鎧を身にまとったカナタは、両手にブレードを《再現》する。

 蒼炎を帯びた二刀を手に、彼は言った。



「――本気でいくぜ、Zain。最終ラウンドだ」


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る