Ep.27 王の掌の上で

「Zainの攻撃手段は、“音”ですね」


 昨日のこと、休憩がてらZainの情報収集を行っていた俺は、そんな結論にたどり着いた。《ENZIAN》で頼んだコーヒーを啜りながら、カウンター席で集まった情報のすり合わせをしていたのだ。


 もちろん、実際の戦闘記録を見ることは叶わなかった。

 なにしろ相手はDプレイヤーだ。彼に勝ってログを残している純正プレイヤーはいないし、他のDプレイヤーに負けていたとしても、そのデータが公開されていることはまずない。


 俺が集めていたのは、Zainに狩られたプレイヤーたちから寄せられた“証言”だ。


「何かの機器を操作してスピーカーから音を打ち出し、攻守ともに隙なくこなしていた……。このあたりから俺は、奴の武器は万能型の複合武装と見ています」

 

「その可能性は高いだろうねぇ……一筋縄ではいかないってところだ」


 カウンターを挟んで、俺は姐さんにも意見を求めていた。

 あくまで議論は推測の域を出ないものだったが、できる限りの対策と心構えはしておくべきだと考えていた。こちらの情報は既にZainには割れている。日が開けば開くほど、事前対策の面でこちらが不利になってしまう。


「一口に“音”といっても、それだけでは対策のしようがないのではないのか……? こっちの証言では、わけもわからないままやられてしまっている者もいるぞ?」


 朔夜は俺のディスプレイをいじりながら、ごもっともなことを言った。

 

 たしかに、「音」という攻撃手段が判明したところで、こちらができる対策と言われても思いつかない。こちらの聴覚に作用してくるようなタイプなら耳栓などで対処できるものだが、Zainのそれは情報によればそういう類のものではない。


「『音』を使った攻防ともに隙のない武装ソティラス……言い換えるなら、それは――」



 

       ◇◇◇




(――やっぱ、“衝撃波”か……!)


 時系列は現在、決闘開始からおよそ4分後。

 俺はただ今絶賛、敵の攻撃に晒され中だ。


 一定間隔でZainのスピーカーから打ち出される、重厚な「音」。しかしそれは無論ただの音ではなく、一音一音が会場を揺るがす強大なである。


「Hey、へこたれるなよKids! まだ始まったばっかりだ!!」


 Zainは意気揚々と、自分のかけた音楽にノッて身体を揺らしている。

 もちろん、俺たちはそれどころではない。


「おいお主、どうするのだ! このままじゃすり潰されるぞ!!」

 

「……ッ、クソ――ちょっと待ってろ!」


 襲い来る衝撃波をシールドでいなしながら、俺は状況打開の一手を必死に考える。音の合間に銃弾を撃ち込んでみたものの、Zainの出した「音」によって片手間に相殺された。


『おおっと、ここで試合開始より5分が経過! 青コーナー【Executor】の二人は未だ、Zainの猛烈な音の波から逃れられない!! ここから形勢逆転なるかぁ!?』


 MCの声に煽られ、次第に焦りが生じてくる。


 奴の音は、一定のリズムに合わせて発される。

 通常の衝撃波に加えて、斬撃、打撃、防御。

 

 どれが来るかは、そのときまで分からない。

 奴のスピーカーの正面に立っている間は、奴の作り出した「音」の攻撃に一定間隔でさらされ、こちらだけが一方的に防御に《アルケ―》を消費させられる。


 ZainのArc値は771。朔夜よりは下だが、俺は消耗戦では不利だ。


(まるで音ゲーでもやってる気分だな……)


 流れるEDMのリズムに合わせて、奴の音は放たれる。

 現役のDJなだけあって、Zainのリズム感覚は完璧だ。曲の速さは、体感でbpm120といったところ。各フレーズのどのタイミングで音が打ち込まれるか把握さえすれば、理論上そのわずかな合間を出し抜くことはできる。


 いわばこれは、音だけを頼りに飛び込む八の字跳びといったところだ。

 リズムさえ掴めれば、脅威は半減する。


「やらないよりはマシか……!」


 俺は片手でシールドを張って半身を防御しながら、リズムの合間を縫って朔夜のもとへ転がり込んだ。朔夜の霊魂『和御魂ニギミタマ』による強固な防御壁に入りつつ、敵の様子を窺う。


 二つのスピーカーが、同時に俺たちを狙い撃つ。

 この状態ではきっと長くは保たない。


「朔夜……お前、この曲のリズムはつかめてるか?」

 

「そんな余裕あるか! 無理だ! 何か作戦でもあるのか!?」

 

「ああ……ただこれは、俺が前に出ないと始まらねぇ」

 

「――! なら、わらわが援護する!」

 

「頼む」


 朔夜と短く作戦を共有して、俺は霊魂の防御陣から抜け出した。

 シールドと朔夜の『和御魂』に守られながら、広いフィールドを疾走する。


「何かする気か? ――Boy!!」


 広いスタジアムの戦場、遮蔽物は一切ない。

 こちらの動きはすぐにZainに察知されたが、今はこれでいい。


 二つあるスピーカーのうち片方は、火力役の朔夜を足止めするために使われている。迫りくる俺にZainが使用できるのは、実質的に半分の火力のみだ。


(斬撃、斬撃、打撃……次は――)

 

 奴の放つ衝撃波のタイミングとずらして、動くタイミングを見極める。防御に意識を割くことを忘れてはいけないが、足を止めてその場に留まる方が危険だ。


 一つ攻撃を切り抜け、ステップと同時に銃を構える。


(――次は、「防御」だ)


 三発、右で銃弾を撃ち込む。

 すると曲のフレーズに合わせて、Zainの「防御」の音が万全に迎え撃った。ビームの弾は寸前で三発とも相殺されるが、今はこれでいい。


 ここで間髪入れず、の銃の引き金を引く。


 「防御」の音を打ったこのタイミング、新たな音は出せない。


「――!」


 Zainの表情が一瞬、歪んだ。

 左で放った銃弾が、奴の右手をたしかに掠める。


 初めてまともに当たった一発――だがこの一発で、二人がかりであれば奴の隙をつけることが証明された。価値のある一発だ。


 次の一音で巨大な衝撃波を出して、Zainは言う。


「嬉しそうだなBoy、お前もノッてきたか?」


 奴の表情は余裕だ。未だフィールドを支配する者の顔をしている。

 霊魂とシールドに守られながら、移動を重ねつつ先程の要領でヒットアンドアウェイを試みた。試合開始から6分弱、リズムは大方身体に刻まれている。


 しかし――



「――じゃあには、ついてこれるか!?」


 

 その直後、滑らかに流れる曲が変調――


 いや違う、これはあくまで“繋ぎ”だ。


 

(こいつ……曲を変えやがった!)


 

 曲の転換――そこから俺に迫る脅威を理解するのに、数秒を要した。

 掴んだリズム、フレーズ、タイミング、すべてが一瞬で瓦解する。


 脳内で作り上げた戦術が、一気に白紙に戻った。


「――カナタ! 止まるな!!」

 

「おいおい、足が止まってるぜェッ!?」


 先程よりも速いリズムで、一音一音が刻まれる。

 集中が途切れた。足が動かない。斬撃が肩に深く入る。


 動け、いや動くな。

 今は冷静に、このリズムを、戦術を――


 戦術を……



「こんの、馬鹿者がぁ――っ!!」



 瞬間、全身を浮遊感が襲う。

 気がつくと俺の身体は、スタジアムの屋根を通り越す高さまで飛び上がっていた。かなりの高度だった。


 左腕にわずかに違和感がある。


(……! 朔夜か!)

 

 空中から、Zainの前に躍り出た朔夜の姿が真下に見えた。

 あの瞬間、俺は投げ飛ばされたのだ。


 思考と足の止まった俺を、朔夜が救い出した……。


(クソ……何やってんだ俺は――!!)


 俺が前に出てあいつを守るべきなのに。

 それなのに俺は、戦術が崩れたくらいで――


 いや、反省は後回しだ。ここで自分を責めたところで結果は変わらない。

 

 迅速に状況を整理しろ。今俺の身体は空中、それもフィールドに向かって落下している。Zainのスピーカーは見たところ左右にしか動かせず、今は朔夜との応戦に二つとも使用中。


 なら、俺が今すべきは――


『おっと、【黒狐】カナタ、ここでまさかの――?!』


 MCや観衆、Zainまでもが俺に視線を集める。

 俺は構わず、眼下の宿敵に銃口を向けた。


 空中で背中を反らしながら、引き金を引く。


『撃ったぁあああああ゙あああ!! まさかの空中狙撃スナイプ!!

 臨機応変な二人の連携が、ここで牙を剥いたああああ゙あああああ!!』


 俺の放った弾丸が、上空からZainのもとに降り注ぐ。

 

 この程度の高度と落下速度、銃手ガンナーとしてサービス開始当初から研鑽を積んできた俺の命中精度の障害にはなり得ない。奴の音の届かない空中なら、こちらが撃ち放題だ。


「チッ……そうくるか、おもしれぇ!!」


 Zainは俺の銃弾を回避するため、初めてその場から動いた。

 しかし彼のスピーカーは今、二つとも朔夜の方へと向けられている。奴の正面にいる以上、いくらあいつの《霊魂》でも、消耗戦になれば不利だ。


「朔夜! ――だ!!」


 次第に地面が近づいてくる。

 今の俺の指示を理解したのか、朔夜は右手を大きく振りかざして、


 

「――【霊龍顕現】! 

 赫龍――『緋燁炎燐ひようえんりん』!!」

 

 

 たしかにそう、叫んでみせた。


 

「ッ……マジか! このクソせめぇ戦場フィールドで!!」


 

 Zainが焦ったような声を漏らす。

 たしかに、多くの観客がいるこの場所であの『龍』を暴れさせるのは危険極まりない。Dプレイヤーである彼でさえ驚くのも無理はないだろう。


 だがそれは、「攻撃」に使った場合の話だ。


「龍よ! 主をへ連れ出せ!!」


 足下より、龍が俺のもとへ迫る。

 朔夜には俺の思考が伝わったようだ。


 俺が咄嗟に龍の角につかまると、龍はそのまま上空へと飛び上がっていった。フィールドの景色はおろか、オープンエアなスタジアムすらも次第に遠ざかっていく。


(ナイスだ……朔夜)


 俺と龍に続いて、朔夜も上空へと飛んでくるのが見えた。


『おっと……! 【Executor】の二人、ここで上空へと退避! 圧倒的なZainの攻撃から逃れ、一旦体勢を立て直す作戦かあああああああッ!?』

 

 熱のこもったMCの声ですら、今は遠い。

 上空にて朔夜と合流し、眼下のZainを見下ろした。


       ◇◇◇


「空、か……。地上での削り合いは飽きちまたってわけだな」

 

 Zainはフィールドから、青空に上る龍と巫女服の少女を見上げた。

 

 ここからではZainの【On My Beats】による衝撃波は届かないが、相手は龍の唯一もつ技である【清浄なる劫火キヨメノホムラ】を撃とうにも、Zainの逃げ方次第では観客席を巻き込んでしまう。


 よって、この距離では膠着状態だ。

 しかし、それをならず者の王は良しとしなかった。


「けどこれじゃあ、流石につまらねぇよなァ!?」


 サングラスの奥の瞳は、まだ燃え滾っていた。

 素早くDJミキサーに似た機器のスイッチを操作し、新たなシステムを作動させる。すると、ユニットの下部、スピーカーの後ろに配置されたが稼働を開始した。


 姿勢制御用のフィンが展開し、Zainの体が少しずつ持ち上がる。


「地上戦と来たら、次は空中戦だ」


 地面を蹴り飛ばし、Zainは高く上空へと飛翔した。

 

 

「――さァて、第二ラウンドの始まりだぜェ!!」




 

 

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