Ep.26 開戦はいつもダイナマイトに

 2027 7/11 9:49

 カルキノス連邦 都市部

 スタジアム『Unlimitedアンリミテッド




「49分……いよいよっすね」


 後列の客席にて、ユーガが緊張気味に言う。


 狼谷姉弟や《ENZIAN》の面々の他にも、スタジアムには大勢の観客たちが詰めかけていた。Zain率いる【Desperado】メンバーたちは勿論のこと、世界ランク7位VS12位の対戦カードに純粋に興味を惹かれた生粋のバトルマニアたちもいる。

 

 予定では、9:50に参加者三名が入場、10:00ちょうどに決闘の開始――という流れである。まもなく待ちに待ったカナタたちの登場ということもあり、ユーガは前のめりになって落ち着かない様子だった。


「ああ……あの子たち、ちゃんと気張って出てくるといいんだけどねぇ」

 

「カナタ先輩も朔夜さんも、きっと緊張なんかしてないっすよ!」

 

(さくぴはしてそうだけど……)


 ハキハキと喋るユーガのとなりで、玲央奈は打たれ弱そうな朔夜の姿を想像する。彼女にとって朔夜はまだ、スマホの中で喋る子供っぽいAI、という認識でしかないのだ。


 もっとも、彼女の予想は半分ほど当たっていたのだが。


「あ、そうだコレットさん、チケット本当にありがとう」

 

「いえ。これもメイドの務めですので」

 

「あんたはメイドじゃねぇだろうよ……」


 ジャンヌを挟んで玲央奈が感謝を述べ、コレットがクールに小ボケで返す。そこにジャンヌが柔らかにツッコミを入れていると、時を同じくしてスタジアムのスクリーン画面が切り換わる。



『……えー皆様、長らくお待たせいたしました!

 ただいまより、本試合参加者両名の入場となりまああ゙ああああす!!』



 甲高いMCの声が会場中に響き渡った。

 スクリーンの前にはいつの間にか、専用に用意されたステージの上でダイナミックにマイクを握る派手な男の姿があった。蛍光色のサイバーパンクな衣装を振り乱しながら、彼はマイクに全力で息を吹き込む。


『Oh、申し遅れました! ワタクシ、本試合の実況と解説を務めさせていただきます、「ダイナマイト花岡」と申しまああああああ゙あああああああああああす!!』

 

「いいぞーダイナマイトー!」

 

「もっとボンバーしろぉー!」


 観衆の中には、MCを囃し立てる者が散見された。

 ごく一部の者だが。


「ねーコレット、あの人知ってる?」

 

「知らないですね」


 しかし、司会がどこの誰であろうとこの勝負には関係ない。

 多くの者が心待ちにしているのは、決闘者の登場と勝負の行方のみだ。


『さあて、それでは早速参りまShowショウ

 ワタクシから見て左側、赤コーナーの入場Deathデェス!!』


 MCが左手でダイナミックにフィールドの片側を指し示した。

 観客の視線がその一点に集まる中、スライド式の鉄の地面が開き、フィールド地下にある昇降台が静かに上昇を始めた。彼の登場に合わせて、MCはマイクに熱く声を乗せる。


『赤コーナー……参りますのは、すべてを打ち砕く爆音の流星ほし!! 数多の人々を魅了するその「音」で逆らう者を捻じ伏せ、3ヶ月前よりPvPデュエル無敗を誇っているならず者界のスーパー・スター!! 真っ向勝負好きなその気性から今回も敵地へ宣戦布告を行ったとのことですが、我々を魅了して止まない彼の音楽は、今日も健在なのでShowか!?』



『――――DJ・|Zaiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiin《ザイイイイイイイイイイン》!!』



 その男は、ついにフィールドに姿を現した。

 Zainはいつも通りキャップを前後逆さに被り、ラフなズボンとインナーの上に重厚な上着を羽織っている。タトゥーやアクセサリー、色の濃いサングラスで飾られたその全身には、ただならぬ威厳と風格が漂っていた。


 彼の登場に合わせて、会場の左半分は大いに湧き上がった。

 熱狂的なファンによるコールが鳴り止むことなく続いている。


「すごい人気……」

 

「あれがDJ Zain……くっ、なんてデカい漢なんだ……!」

 

「ハッ、《ディスオーダー》使いにしてはいいご身分じゃないか」

 

 Zainの圧倒的強者としての風格と彼を「信仰」するファンたちの一体感に、ユーガたちは気圧されていた。彼の登場によって会場は既に、Zainコール一色となっている。


 しかし、これはあくまで「挑戦者チャレンジャー」が到着する前までの話だ。


『DJ Zainへの熱いコールが未だ鳴り止みませんが、ここでお待ちかね、青コーナーのお二人に登場していただきまShow!! さあ挑戦者チャレンジャー、“Come on”!!』


 MCのコールに合わせて、今度はフィールド右手側の地面が開いた。

 二人を乗せた昇降台が上昇を開始し、ユーガたちもそれを見守る。


『青コーナー……参りますのは、現役高校生かつ《ディスオーダー》を使用しない純正プレイヤーにして、ソロで世界ランク19位を保っていた超天才☆スーパーミラクルボーイ!! 正確無比に放たれる彼の弾丸は、今日も立ちふさがる相手の心臓ハートをクールに撃ち抜いてくれるのでShowか!?』



『【黒狐くろぎつね】こと……カナタぁあああああああ゙あああああああああ!!』



『そして、そんな天才のとなりに並び立つ、和の雰囲気あふれるキュートな彼女は!! 彗星のごとくPvPデュエルの世界に現れたルーキーガールにして、天才のさらなる躍進に一役買った彼の「左腕」!! 未だ底知れないそのファンタジックでアメイジングなパワーは、今から我々にどんな驚きをもたらしてくれるのでShowか!?』


 

『巫女服ガール……朔夜さくやぁああああああああああ゙あああああああああああああ!!』



 MCの二人連続でのアナウンスに、会場が再び沸き立った。

 それから彼は素早く息継ぎを挟むと、そのままのテンションで言葉を継ぐ。



『そしてそして、そんなミラクルでアメイジングな二人こそが!! 昨今問題となっている《ディスオーダー》使用者らを冷酷に狩る、正義の執行人――』



『人呼んで、【Executorエグゼキューター】――!!』



 会場の右半分が歓喜の声を上げた。

 

 Zain支持派の左側とは違い、彼らは旧来のアンブレマニア、または《ディスオーダー》反対派のプレイヤーたちの集まりだった。【Executor】の試合がこうして公開されるのは珍しいということもあり、より応援に熱が入っているようにも見える。


「派閥的には半々ってとこか。アウェーじゃないのが意外だ」

 

「こ、こんなにたくさんの人間がわらわたちのことを応援してるのか……?」


 フィールドの上では、朔夜がキョロキョロと好奇心旺盛にスタジアム全体を見渡している。落ち着かない様子の彼女をなだめつつも、カナタの視線は真っ直ぐに宿敵の方へと向けられていた。


 その先では、Zainが同じく彼らに鋭い視線を送っていた。

 

「よぉ、“Kids”。オレを前に逃げなかったことだけは褒めてやるよ」

 

「どうせ褒めるなら、俺たちが勝ったあとにしてくれないか」

 

「ハッ、その姿勢も健在ってワケだな。面白おもしれェ!!」


 Zainがひとり顔を上げて高らかに笑った。

 両者の間で散る火花に気づいたのか、MCはにこりと笑って、


『さて、両者とも気合十分の模様!! 

 決闘開始まで残り一分、ここでお待ちかねの武装ソティラスお披露目といきまShow!!』

 

 MCのひと声で、熱を帯びた会場が次第に静まり返る。

 彼らの熱い視線は、フィールドの上に立つ決闘者たちに注がれていた。


 

(――【霊魂顕現】!)

 

「アルケーシステム、アクティベート。【武装構築コンストラクション】」

 

「アルケーシステムアクティベートォ! 【虚装構築ディストラクション】!!」



 三者がそれぞれの武装を展開する。

 

 朔夜の周りに蒼の《霊魂》が漂い、カナタの両手には改修済みの大型拳銃ベイオウルフが現れた。観客席には朔夜の展開した抽象的な武装に驚く者もいれば、【黒狐】の異名でも有名なカナタの立ち姿に見惚れる者もいる。

 

 そして、彼らの戦う相手の姿は。


(スピーカーとDJミキサー……情報通りだな)


 Zainの両脇に現れたのは、一対の武装だった。

 DJが操る機器であるミキサーの下に、巨大なスピーカーが装着され一体化している。しかしそれらは決して専用機器特有の重々しさは感じさせず、Zainの広げた掌の下で重力に逆らって浮遊していた。


 DJ Zainの武装ソティラス兼ディスオーダー、【Onオン Myマイ Beatsビーツ】。

 クランの王でありながらDJとしても活躍する彼に相応しい、デザインと実用性を兼ね備えた攻防一体の「複合兵装」だ。


 カナタは事前に仕入れていた目撃情報と照らし合わせ、相手のおおよその戦闘スタイルを推測する。そうしている間に、決闘開始までは残り30秒を切っていた。MCが少し大袈裟に喉を鳴らす。


『両者の武装ソティラスが出揃ったようです! 決闘開始まで残すところあと20秒!! それでは皆さん、準備はよろしいでしょうか!?』


 カナタが一歩左足を引き、前傾に構える。

 朔夜も彼の一歩後ろで開始の合図に備えた。


『決闘ルールは至って簡単、赤青どちらかのチームが“全滅”すれば終了、残った方が勝者Death!! 高尚な理屈や理論はここでは無用の長物! ――勝負はいざ尋常に、開戦はいつもダイナマイトに!!』


 Zainがミキサーのスイッチに触れ、不敵に笑みを浮かべた。

 スクリーンのカウントダウンが「0」になり、そして――

 

 


『バトル、スタァアアアア――』

 

「――――ミュージック、スタートォッ!!」


 

 

 MCの口上を遮って、Zainが先手を打った。

 その瞬間会場に流れてきたのは、――「爆音」。


 Zain好みの、重低音の利いたEDMだ。


「さぁ、ライブの始まりだぜ」


 会場の空気を一瞬で一変させ、Zainはただ笑った。

 上半身を反って首を鳴らし、カナタたちを挑発してみせる。



「――かかってこい、“Kids”」

 


 


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