Ep.19 面会

 昼間、学校の起きているべき時間帯には眠たくなる。

 では、就寝前、寝るべき時間帯に眠たくならないのはなぜか。


 睡魔を飼い慣らすためには、一体どうしたらいいのか。


 そんな割りと本当にどうでもいいことを、俺はペン回しをしながら考えていた。というのも、今の授業がありえないくらい退屈でつまらないからだ。


(帰りてぇ……)


 昼休みも終わり、現在13時半。

 午後の眠たい授業がスタートしていた。


 今の時間は、古典。

 教師は黒板の前で延々と、いつ使うのかも分からない古文の助動詞の説明を懇切丁寧に続けている。助動詞なんて、教科書の表紙の裏の一覧表を見た時点で、俺は覚えるのを諦めている。なにが受可自尊だ。


 とまあ、そんな話はどうでもいい。

 そしてちなみに言うと、いま俺がノートに書いているのは、板書ではない。




◇俺の武装


メイン:《ベイオウルフ》×2…大型拳銃。全ブッパ可能

モジュール:《カッター》…ビーム刃。奇襲性高

     :《ワイヤー》…空中機動。すごい便利

サブ:《高周波ブレード》×2…よく斬れる。




 これは、単純な落書き……ではなく。

 れっきとした、俺の“脳内作戦会議”だった。


 二日後に迫ったZainとの決戦に備えるため、今は使える時間をすべて使って作戦を練る必要がある。そのためにはまず、自分たちの持っている「手札」を改めて確認しておくことが先決なのだ。


(この辺は……特にいじる必要もないか)


 銃メインブレードサブという《武装ソティラス》の編成自体は、ここ一年は変わっていない。奇をてらって変に新しい武器を使い始めるよりは、馴染みのあるものの方がいいだろう。これまでも一応、これでなんとかなってきたのだから。


 だが、問題は――




◇朔夜の能力(?)


霊魂:荒御魂アラミタマ…赤色。攻撃特化。解で『夜振火』が使える

  :和御魂ニギミタマ…青色。防御特化。解は使える?

  :幸御魂サチミタマ…緑色。回復特化。あんま使ってない

  :奇御魂クシミタマ…黄色? 情報なし


創造クラフト:赫龍『緋燁炎燐ひようえんりん』…万物分解の炎を吐ける。つよい




 朔夜のもつ能力について、現在わかっていることを羅列する。

 こうして見るとシンプルに思えるが、未だ全容のわかっていないものも多い。


 疑問点も多く、【創造クラフト】で生み出せる龍は赫龍の一種類だけなのか、霊魂の【解】はどこまで応用が利くのか、モチーフ的に存在するはずの『奇御魂』とはなんなのか……などなど、挙げればキリがない。


(この辺は本人もわかんねぇって言ってるもんな……)


 そもそもの原因は、本人がその全貌を把握していないところにある。

 なんでも、戦う意志を持ったとき、まるでアイデアのように力が湧いてくるのだそうだ。脳に浮かんできたイメージを具現化するために、力が自然と発現する。


 まるで、ピンチのときに覚醒する主人公のようだ。

 本人が自覚していないだけの能力もまだあるのだろう。


「……ゆう? ねぇ、ちょっと、憂雨!」

 

 ノートとにらめっこをしていると、小さな声が俺の名前を呼んでいた。

 声の主は、前の席に座る宇佐美うさみだ。プリントをこちらに手渡してくる。


「ああ悪い、ぼーっとしてた」


 仮にも、今は授業中だ。

 他の生徒の迷惑になるようなことは避けなければ。

 

 自分を戒めながら、プリントを後ろへ回した。



 

      ***




「憂雨、さっき落書きでもしてたの?」


 次の十分休み、宇佐美が開口一番にそう訊いてきた。宇佐美は良悟と同じく俺の中学の頃からの付き合いで、今も何かと話す機会のある数少ない女子だ。


「落書きっつーか、あれはな……」

 

「――“脳内作戦会議”、だろ?」

 

 聞き慣れた声が頭上から降ってくる。

 顔を上げると、欠伸をしている良悟と目が合った。

 

「まーたアンブレ関係? 好きだね〜男子は」

 

「こいつ、中学の頃からそうだったからなぁ」

 

「そうだっけ? 受験期も?」

 

「受験期はさすがにやってねぇよ……」

 

 他愛もない会話が、なんとなく続く。

 ふと中学生当時のことを思い出して、懐かしくなった。


 あの頃は、兄さんが死んだショックで空いた穴を埋めるように、毎日狂ったみたいにアンブレに打ち込んでいたのだ。自己ベストである世界ランク7位までいったのも、そのときあたりだった。


「……で、次は誰と戦うんだ?」

 

「え?」

 

「作戦練ってるってことは、そういうことだろ?」

 

 隣の空席に座り、良悟が言った。

 彼とは長年の付き合いだ、こっちの事情も察知されているのだろう。

 

 相談に乗ってもらっている気分になりながらも、俺は答える。


「実はな、二日後……」


 


「世界ランク7位!? え、めっちゃ強敵じゃない……」

 

「ついに憂雨もそのレベルに目ぇつけられたか……」


 宇佐美と良悟は各々に反応を示した。

 俺も元世界ランク7位ではあるのだが、当然今の《ディスオーダー》が流行している環境と比べれば、そんな記録はなんのアテにもならない。


 宇佐美がなぜか不安げな顔で訊ねてくる。


「それも全世界に配信されるって……憂雨、勝てるの?」

 

「今んとこ、五分五分って感じだな」

 

「そりゃあそうだよな。相手が相手だ……」


 一方、良悟は元アンブレプレイヤーであるため、今の《ディスオーダー》云々の情勢を大体知っている。半年前まではよく良悟たちとも遊んでいたが、今はさっぱりだ。

 

 皆が皆俺のように、バカ真面目にDプレイヤーと戦う気力があるわけじゃない。


 俺はあくまで、好きで残っているだけ。

 去る者を責める権利は、俺にはない。


「でも俺は、応援してるぜ。画面越しにな」


 席を立った良悟が、俺の肩を叩く。


「ちょっと、リョウ……それってプレッシャーなんじゃ……」

 

「そんなことないよ。応援が嬉しくない奴なんていない」

 

「そう? じゃあ私も、その配信見てみようかな……」

 

「そうか。それだけでも嬉しいよ」

 

「泣きそう?」

 

「泣かねぇよ」


 中学以来、こいつらの温かさには助けられている。たとえ隣で戦ってくれなくても、こうして陰ながら応援してくれる人たちがいるだけで、俺はきっと幸せ者だ。


 だからこそ、俺は。


 全力のアイツと戦って、勝ちたい。




      ◇◇◇




 時は経ち、放課後。

 学級日誌を職員室に提出しに行き、その足で下駄箱へ向かう。


 また今日も良悟たちとは帰れなかったが、そもそもは今日、自分が日直だったことを放課後まで忘れていた俺が悪い。アンブレのことで頭がいっぱいで、学級日誌も残って書く羽目になった。


(まあ今日は金曜だし、理優も来ないし、いいか……)


 作戦会議や最終調整は、今日の夜と明日に好きなだけ時間を取れる。

 今はそうやって自分に言い訳をするしかなかった。


「疲れた……」


 下駄箱から靴を落とすと、思わず溜め息が漏れ出た。

 

 日中は学校で六時間授業、夕方と夜はアンブレでPvPデュエル。今は夏場ということもあって、そのサイクルの中で生きるだけでバテてくる。二日後に控えたZainとの決闘の不安もある。


 俺がそのまま弱音を吐きそうになっていると、


「どしたの? ため息なんてついて」


 背後から、澄んだ声がきこえてきた。


 振り向くと、向かいの下駄箱の前に狼谷かみやが立っていた。

 狼谷は無言で、手にした未開封のサイダーを差し出している。もう片方の手には、飲みかけであろう午後ティーが握られていた。


「これ買ったら当たった。いる?」

 

「お、おお……サンキュ」


 困惑しながらも素直にサイダーを受け取る。

 というかこの人、なんか俺を餌付けしようとしてないか?


「狼谷も今帰りか? 部活は?」

 

「私、部活入ってないよ」

 

「あれ、バスケ部の女子とよく一緒にいるからそうかと……」

 

「よく助っ人で呼ばれるだけだよ。私バイトもしてるし」


 これだけ長身で運動もできそうな狼谷が帰宅部なのは、正直意外だった。

 かく言う俺もゲームのために帰宅部なのだが……


「彼方くんは、このまま真っ直ぐ帰り?」

 

「そうだな。特に用事もないし」 

 

「ふーん……」

 

 二人で下駄箱を出て、夏の夕暮れ時の空気を浴びた。

 日中に比べればまだ涼しいが、クーラーのある部屋が恋しい。


「狼谷もここからバスなのか?」

 

「うん。ああ、でも今日は弟に会いに行くから」

 

「弟?」

 

「そ。前に言ったアンブレ好きの」


 確かに、そんなことを言っていたような気もする。

 だが、「会いに行く」という表現は引っ掛かった。


「よかったら、彼方くんも来る?」

 

 何気なく、狼谷は言った。

 俺は何も考えずに、ただ頷いてしまっていた。





 それから、バスに揺られること数十分。

 新湘南バイパス沿いの停留所でバスを降りた俺たちは、そこからまた数分歩いて目的地に到着した。日差しがまだジリジリと暑く感じられたが、その場所に着いた俺は一瞬、言葉を失った。


「なあ狼谷、ここって……」


 少し歩くと、緑の看板が見えてくる。

 総合病院――三階建てのカーキ色の建物だった。


 

「うん、だよ。私の弟は、ここで入院してる」


 

 さすがに事情を察した俺もそれ以上訊ねることもなく、ただ狼谷についていった。受付で面会カードを受け取って首から提げ、エレベーターに乗り込む。


「弟は、三階の病室なんだ」


 狼谷が呟く。

 案内を見ると、三階の3A病棟は神経内科・脳神経外科病棟らしい。


 途中、車椅子の患者が乗り込んできた。たしかここは、この辺でもかなり大きい病院のはずだ。俺も何度か、小さい頃に検査のために来たような記憶がある。

 

 ただ、スマホの中の朔夜がいきなり声を上げたりしないか心配だった。


 エレベーターを降りて、俺と狼谷はしばらく病棟を歩いた。

 狼谷はとある病室で足を止め、静かに入っていく。


 俺も気後れしながら、病室に入る。

 狼谷の弟は、窓際のベッドにいるようだ。




「――会いに来たよ、悠牙ゆうが



 

 狼谷が呼んだその名前に、点と点が繋がったような感覚を覚えた。

 思えば、俺が気づくのが遅すぎたのだ。


狼谷かみや悠牙ゆうが……)


 ベッドの名札には、確かにそう記されている。

 本人の顔も見て、俺は確信した。


 

 彼こそが、狼少年の『ユーガ』だと。


 

「今日は友だちも一緒だよ。彼氏じゃないけどね」


 狼谷はひとりおどけて、『ユーガ』の手を握った。

 しかし、ユーガはそれに応えることはなかった。


 ユーガはいくつものチューブに繋がれて、眠っている。

 その頭には、【Under Brain】のヘッドギアがあった。


 

 


 

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