Ep.16 エンカウント
「お前らぁ! ドッジボールの時間だぁあああああ!!」
昼休み開始直後、飯野がそう言って駆け寄ってきた。
俺と良悟は、一瞬反応に困った。
今日は7月8日。カガミ兄弟との戦闘の翌日だ。
世界ランク10位を敗ったからといって、俺の私生活は特に大きく変わることはなかった。いつも通り学校に行き、眠くなるほど退屈な午前の授業を受け、今ようやく昼休みを迎えている。
これはこれで、ありがたいことなのだろうが――
「なんでドッジボールなんだよ。俺ら高2だぞ?」
「そうだそうだ」
良悟の冷静なツッコミに、適当に同調する。
飯野のハイテンションは今日も今日とて困ったものだ。
「休み時間といえばドッジボールって相場が決まってるだろ!」
「お前の相場は小学生で止まってんのか?」
「飯野も休み時間くらい休んだらどうなんだよ。サッカー部の
「やだ! 俺は体動かさねーと死ぬんだ!!」
「マグロかよお前は……」
最近は梅雨の時期で雨が多かったから、飯野もエネルギーが有り余っているのだろう。とはいえ、こいつにはもう少し高校生らしく落ち着きをもってほしいものだ。
活動的すぎる友達というのも難儀なものである。
と、良悟は溜め息を漏らして、
「わーったよ。今日はどーせ体育あるし、そこらへんの暇そうな運動部集めてやるか!」
「いよっしゃあああああああああ!!」
「憂雨は? ドッジやるか?」
席を立った良悟に訊ねられ、言葉に詰まった。
良悟が行くなら本来は参加するところだが、今日は。
「悪い……今日もちょっと用事あるわ」
「おお、今日もか? ならしゃーないな」
昼休みには、例の“用事”がある。
限りなくその内容は濁してしまったが、良悟は暗黙の了解として流してくれた。理解のある友達をもってよかったと思う反面、付き合いの悪さで関係が壊れないかどうか不安になってしまう。
すべて、俺の杞憂で終わればいいのだが。
「んじゃあ俺、そろそろ……」
「憂雨」
良悟に呼び止められた。
「ん?」
「お前それ、彼女……とかじゃないよな」
「……は?」
去り際、良悟の質問に不躾な返事が出た。
軽い冗談なのだろうが、割りと本気で動揺してしまう。
「うええええ!? おまっ、そーゆーのはもっと早く」
「ちげーよバカ。マジでそういうのじゃねぇから」
「だってよ、快。俺たちの憂雨パイセンは、そう簡単に裏切ったりしねぇお方だ。な?」
「裏切るってなんだよ……怖えな」
俺たち高校生は、そういう事情にだけは敏感だ。
あまり波風立てないように過ごさねばならない。
「うし、じゃあ俺らもドッジ行こうぜ。お前ボールな」
「おう!! 憂雨もまたな!!」
「おー」
そう言って、前の方の席に固まった運動部のもとへ向かう二人の背を俺は見送った。ほんの一瞬だけ孤独感を覚えながらも、俺も教室を出て例の階段へと向かうことにした。
というか、あいつらは一体いつ飯を食うつもりなんだ?
「彼方くんじゃん、やっほー」
例の屋上へ続く階段へ着くと、そこには既に
上段の方に座り、長い脚を伸ばしてくつろいでいる。
「ポッキー買ってきたけど、食べる?」
「ん、じゃあ遠慮なく」
狼谷が差し出してきた箱から、一本抜き取っていただく。
昼食を用意する間にスマホを起動して、朔夜を解放してやった。
『……なんだ、また飯テロの時間かぁ?』
「さくぴやっほー。今日もかわいいね」
『む……ナンパするな小娘! わらわは神だぞ!!』
初手からこんなやり取りが繰り広げられるが、これも一週間という日数を経てこその慣れによるものだった。狼谷のよくわからない距離感に、今では朔夜の方が振り回されている様子だが。
俺も階段に腰掛け、購買のパンを口に運んだ。
「……そういえば彼方くん、結局毎日来てくれてんね」
「そうだな。そうでもしないと、誰かさんに俺の秘密をバラされるかもしれないからな」
表面上、俺たちは異性の友達同士ということになってはいるが、実情は少し違う。俺は狼谷に、「朔夜を学校に連れてきている」という秘密を知られているからだ。
実際、朔夜のことは致命的な秘密……というわけでもない。
だが、捉えられ方と噂の広まり方次第では、俺の平穏な学校生活が終焉する可能性も無きにしもあらずなのだ。学年の違う理優はまだいいとして、狼谷の人間性は未だ信頼できるものかどうか不透明でもある。
しかし、
「そんな別に、一日来なかったからってバラさないけどねー」
くわえたポッキーを折って、狼谷は言った。
その一言に、俺は思わず拍子抜けする。
「……でも、『明日もここで会おう』って前に……」
「それは……あれじゃん。ノリだよ」
「はぁ……?」
「たまには、ここにも話し相手がいてもいいかなーって。それに私、そんな噂話広められるほど友達多くないからね?」
一人で愉快そうに狼谷は笑っている。
正直、何がそんなに可笑しいのかわからなかった。
俺をからかうのが楽しい、というわけでもなさそうだ。
「多くないからって……友達いないわけでもないんだろ?」
「ん、まあそりゃあね」
「じゃあなんで、わざわざ狼谷は俺らに付き合ってたんだ? こんなとこで飯食ってないで、普通に友達と教室とかで食ってればいいのに……」
自分で言っておいてブーメランなのだが、そこは目を瞑る。
狼谷はルックスからしても、友達にも恋人にも困らなさそうに見える。そんな彼女が毎日こんな場所で、特に仲良くもなかった俺と、細々と飯を食うだけの理由があるようには思えなかった。
ただの気まぐれ、なんて言われたらそれで終わりだが……
「こっちの方が、過ごしやすいから……かな」
少し間をおいて、狼谷はいった。
「もちろん、友達と一緒にいるのは好きだけどさ。ずっとそうしてたいかって聞かれたら、違うなって思う。いくら高校生だからって、常時青春しろって言われたら疲れるんだよ」
狼谷はそこで言葉を区切り、小窓に見える空を見上げた。
アンパンを食いながら聞いていた俺は、彼女の語った持論に思わず頷いてしまいそうになった。それくらい、俺にも心当たりがあったのだ。
「私、やっぱ陰キャなのかなー」
「んなことないだろ。俺だってそうなんだから」
「……ほんとに?」
覗きこんできた狼谷に、今度こそ頷いた。
脳裏に、先程の教室での一幕が浮かび上がる。
運動不足の飯野に付き合って、ドッジボールを決行した良悟。
本当なら俺も行くべきだ、とは思っていた。
でも、運動部の男子たちを誘いに席を離れた良悟たちを見て、「これでいいんだ」と思ってしまった自分もいた。青春の一ページを諦めた自分の選択に、納得してしまっていた。
“息抜き”を、自分から選んでいた。
「ずっとキラキラした場所にいるのも、疲れるんだよな」
「だね。彼方くんみたいな距離感で話せる友達も、やっぱり……必要だよ」
足をぷらぷら揺らしながら、狼谷は頬だけで笑った。
俺も少しだけ、狼谷のことがわかった気がした。
すると、狼谷は何かに気づいたように、
「……ってごめん、全然さくぴのこと気にせずに話してた」
立てかけた俺のスマホに話しかける狼谷。
とうの朔夜は画面の端で座り込んで、
『別にいいのだ……わらわはこうこうせーじゃないし……』
「ほんとにごめんっ、許してさくぴぃ……」
(いじけてる……おもろ……)
申し訳無さそうにする狼谷に謝られる朔夜は、珍しく卑屈モードに入っていた。普段あれだけ尊大な態度なだけに、ここまでネガティブ全開だと逆に面白い。
と、そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。
狼谷が隣ではっとして立ち上がる。
「あ……やば、次家庭科で移動だ」
「マジで? じゃあ早く行ったほうがいいだろ」
「うん、行ってくる。じゃ」
狼谷は階段を二段飛ばしで降りていく。
そして去り際に、
「――またね、
そう言い残して、走っていった。
『本当に、
「そうか?」
◇◇◇
2027 7/8 17:38
カルキノス連邦領第13廃棄地区 旧一番通り
Cafe&Diner『
「朔夜、アンタ今日の注文は?」
「カルパッチョが食べたいのだ!」
「ないだろ」
「あいよ!」
「あんのかよ」
この店のコンセプトが一生わからない。
「お客の注文に応えるのがアタシの仕事だ。それができなきゃ料理人失格だろう?」
別に失格とまではいかないと思う。
しかし、姐さんの料理に対する情熱は本物だ。実際この店は、ほとんど姐さんの善意と情熱で成り立っているようなものである。
まあメニューにない料理まで出すのはどうかと思うが。
「店長さんの手料理はホンモノっすからね〜。ここを見つけるなんて、カナタ先輩もホントにいいセンスしてるっすよ〜!」
そして当然のように俺の隣にいるのは、狼少年のユーガだった。
つい五日前、俺はユーガの出した依頼を通して彼と再会した。ユーガは俺と朔夜の熱烈なファン……になったということで、ここ《ENZIAN》にも入り浸るようになったのだが。
「ユーガ、お前毎日いないか?」
「はい!! 毎日来てます!!」
尻尾をぶんぶん振って、なぜか嬉しそうに答える。
ここのところ、アンブレでユーガを見かけない日はなかった。
「大丈夫なのか? その、学校とかは」
「学校……? ああ、まあ……大丈夫っすよ!」
「お主の方が大丈夫ではないだろうに」
「うるせえ」
確かに俺は、アンブレのせいで遅刻やら学業やらがヤバい。それでも、俺のあとを追うために毎日俺と同程度ログインしているユーガのことは少し気がかりだった。
あと今日はブーメランを食らってばかりな気がする……
「……お? またお客かい?」
出口の方から、ドアチャイムが鳴るのが聞こえた。
「今日はお客が多くて嬉しいねぇ……」
姐さんがふと、出入り口のほうを見る。
そこでどういうわけか、姐さんは顔色を変えた。
「姐さん……?」
彼女につられて、俺もその方向へ視線を向ける。
そこで俺は、目に入ってきた情報に言葉を奪われた。
『――なんだ、意外とシャレた店じゃねェか』
そこにいたのは、数人の男だった。
全員、素行の悪さが一目でわかる格好と立ち姿をしており、とてもじゃないがこの店の雰囲気に相応しい客には見えなかった。店にいた他の常連も眉をひそめていたほどだ。
しかし、一番の問題は、真ん中にいた男だった。
「店構えが地味すぎて舐めてたが、こいつは悪くねェ」
派手なサングラスに、黒い肌のスキンヘッド。
金属系の装飾品に全身を飾り、タトゥーを入れた左腕を強調する巨漢は、ぐるりと品定めするように店を見渡す。そして最後に、俺と朔夜にその鋭い眼光を飛ばした。
「そうか……オマエらがそうなんだな」
男はひとり納得したように、不敵な笑みを浮かべて、
「初めましてだな、【執行人】のKid……いや――」
「――“Kids”」
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