Ep.15 鏡面に潜む

ep.15 鏡面に潜む

 世界ランク10位、カガミ兄弟。


 その名は、上位ランク帯を目指すプレイヤーにとっては馴染み深いだろう。アンブレでは珍しい二人で一人の《タッグプレイヤー》として登録されており、《ディスオーダー》流行前からその順位を保っている、暗殺術に長けた堅実派だ。


 兄である『マコト』は虚像を生成する《ディスオーダー》を用い、主に前線での戦闘と撹乱を担う。


 虚像の数には制限がなく実体もないが、本体と同等の《アルケー》を保持しているため、一体一体撃破するのはとても得策とは言えない。一発で本体を見破れる朔夜がいなければ、俺は虚像の数に圧倒されて墜ちていただろう。


 そして、その弟の『ウツロ』の繰る《ディスオーダー》は――




「“鏡”の性質を持つ物質間の移動……そんなとこだろ?」


 穴の空いた空虚なオフィスに、俺の声がいやに響いた。

 敵の姿は見えない、だが確実にそこにいる。


 今の今までずっと、どこかに潜伏していたらしい。


(敵の《アルケー》は感知できないか?)

(……無理だな。完全に消えておる)


 さすがの朔夜でも、姿の視えない敵の反応は感知できない。

 しかし、[戦闘終了]の合図もまだ流れていない。奴は降参して敵前逃亡したわけではなく、未だ虎視眈々と俺たちを奇襲する機会を狙っているということだ。


(気味が悪いな……これじゃ気が抜けねぇ)


 呼吸を整えるが、今度は冷や汗が頬を伝う。

 

 虚像の前で混乱して立ち止まった相手を、鏡の中から暗殺――その基本の戦闘スタイルこそ、彼らが“カガミ兄弟”と呼ばれる所以。


 兄の虚像ありきの、初見殺し特化である。


 実際、マコトとの戦闘時にもそのチャンスはあったはずだ。 

 なのに、来なかった。


 必要な仲間を見殺しにするような真似までして、なぜ――



『――だ〜れがコバンザメだってぇ?』



 その声は、背後からきこえた。


「朔夜、後ろ――」


 俺が気づいたときには既に遅く。

 朔夜の左肩に、ナイフが突き刺さっていた。


「ぐ、うっ……」

「てめぇ!!」

 

 背後の窓から伸びた手に向けて発砲するも、敵はすぐさま窓に身体を引っ込める。俺たちの突き破った窓が、さらに砕けて散るだけだった。


 隣で、朔夜が肩を押さえてへたり込む。


「朔夜、お前大丈夫か……!?」

「あ、ああ……少しっ、痛むがな……」


 肩から《アルケー》粒子が漏出している。

 ここまでの深手を負ったのは初めてだ。彼女の表情に余裕はなく、顔に滲む汗からは痛覚遮断の機能がはたらいていないことが見受けられた。


 朔夜には莫大な量の《アルケー》が宿っている代わりに、《戦闘体》が存在しない。《霊魂》による鉄壁の防御はあるが、本体はほとんど生身だ。


 もしこのままダメージを受け続ければ、彼女は……

 

「……気に、するな」

 

 朔夜を背後に警戒を続けていた俺に、彼女は言った。


「こんな傷、放っておけば治る。それよりも、お主は……」

「……わかってる。あとは任せろ」


 集まってきた《霊魂》が、傷ついた彼女の身体を癒やしている。ある程度の攻撃は《霊魂》たちが防いでくれるだろうが、『龍』を出すだけの気力はもうないだろう。

 

 こんな状態の彼女を、これ以上消耗させられない。

 奴は、俺がやる。


『お〜? これで1対1かぁ〜?』


 どこからというわけでもなく、奴の声が聞こえる。

 鏡――「窓」の中を移動しているのだろう。


 窓に一面を囲まれたこのオフィスには、敵の『足場』が多すぎる。

 敵の出所がわからないままでは、ろくに移動もできない。


(なら……出現ポイントは絞らせてもらう)


 

 両手の銃を左右正面に構え、連射した。

 

 

 背後の窓はもう、既に使い物にならない。神出鬼没な相手の移動を制限するため、ここで奇襲の「可能性」はできる限り潰しておく。


 窓ガラスを薙ぎ払うように、銃弾が蹂躙する。

 砕けたガラスの破片が部屋中に散らばり、窓際に足の踏み場はほとんどなくなった。


 こちらも相手も、窓際にはもう近づけない。


『ヒヒッ、こりぁあれだな〜、俺ぁ兄サンの敵討ちってトコだなぁ〜』

「だったらさっさと出てこいよ。俺は殴り合いだって大歓迎だぜ」

 

 左手の銃を朔夜の前に投げ出し、サブスロットの《高周波ブレード》に持ち替える。


「朔夜、」

「……?」

 

 彼女にそう言い残して、オフィスの中央へと進んだ。

 

 現状、奇襲してきた相手をカウンターで討ち取る他に方法がない。ナイフによる強襲で急所を突かれて墜ちる、なんて御免だ。なんとしてでも、初撃を俺自身が受け止める必要がある。


(来るとしたら、この画面か……?)


 いま現在、鏡面としてはたらきそうなのは、オフィスにあるPCの「画面」のみ。数が多いため、銃ですべて片付けた場合残弾が心許ないことになる。リロードの隙に狙われたら元も子もない。


 余計な行動で自分の首を締めるより、今は――

 

「――!」

 

 視界の端に、敵の腕が見えた。

 少し離れたPC画面から、黒い腕が伸びている。

 

 反射的に、引き金を引いていた。


 しかし、


 

『ヒヒ……ざぁんね〜ん!!』


 

 弾丸が着弾する直前に、それは

 PCの前、伸ばされた腕が置いていったのはおそらく、


(手榴弾――!)


 俺の気を引くための、囮。

 それが、数秒後には背後で爆ぜた。


 ガラスの散乱したオフィスに、次々に投下される爆弾。小さな爆発は段々と俺を追い詰めるように近づき、逃げ場を奪ってくる。


 おそらく、爆発によるダメージが目的ではない。

 俺の注意を散らして、その先の、


 “奇襲“を仕掛けるための――


「――そこか!!」


 背後の画面から腕が伸びる。

 手に握られたのは、サバイバルナイフ。


 反射的にかわし、迫りくるその手首を掴んだ。

 

 ついに、見えない敵の尻尾をつかんだ。

 勝った――そう思って、油断した。



 

 その腕が、肩から切られていると知るまでは。

 

 

 

(あいつ……自分の、腕を……!)


 ここに来てのトラップ。

 完全に獲ったと勘違いしていた俺の思考は、一瞬白紙に戻った。また背後に感じた気配に、反応が遅れてしまうほどに。


『ヒヒヒッ!! おつかれ……さぁ〜ん!!」


 横目で、背後に敵の姿を視認した。

 画面から上半身を乗り出して、右手に握ったナイフを俺の背に振りかざしている。カウンターを食らったのはこちらだった。


 この一瞬、防御は間に合わない。

 敵の方が一枚上手だったということだ。


 この、

 

 


「――させるかぁっ!!」


 

 

 予想通り、朔夜の声がきこえた。


 直後、彼女が手にした大型拳銃ベイオウルフが火を吹く。

 音速で放たれた弾丸は空を裂き、そのまま、


「ヒッ……なっ、何……!?」

 

 ナイフを握った敵の右手を、破壊した。


 そしてすぐさま、振り向いた俺は奴の右腕を掴んだ。

 左手に全神経を集中し、ただひたすらに、強く掴む。


「1対1だなんて、本気で信じてくれてたのか?」

「ヒヒッ――お、お前、離せよぉっ!!」


 奴はまた画面の中に戻ろうとするが、俺は握力だけで必死にそれを食い止める。右手に下ろしていた銃を掲げ、敵の額に銃口を向けた。


 今度こそ、逃さない。

 

「うちの朔夜は、あの程度の傷でへこたれるタマじゃねぇ」

 

 額に銃口を触れさせる。

 敵の瞳が恐怖の色に染まった。


「俺たちの勝ちだ。死ね」


 迷わず引き金を引いた。



 三発、銃声が響く。

 極至近距離からの接射――それで終わりだった。




      ◇◇◇




 それから、小一時間後。

 俺はいつも通り、甘えモードに入った朔夜をおぶって街を歩いていた。ディデュモイの夜の閑散としたオフィス街を、青白い街灯の光が照らしている。


「……今回は、悪かったな。完全に俺のミスだ」


 背中で黙り込む朔夜に、俺は独り言のように言った。


「お前が狙われることまで考慮してなかった。俺は、まだまだお前に頼りっきりだったのに――」

「……暗いことばかり、つべこべ言うでない。聞いているこっちまで気分が沈むだろ、この馬鹿者!」


 朔夜はおぶられたまま、俺の頭をぺしぺし叩く。


「お主もわらわも頑張った。それでよいではないか!」

「ああ……だな。傷はもう平気なのか?」 

「こんな傷、どうってことないわ! さすがに過保護だぞ!」


 普段通り明るい声色を取り戻した朔夜に、思わずほっとした。


 

 彼女と出会ってから、もう丸々一週間となる。

 一日中アンブレにこもった土日も含め、今日までに10人以上のDプレイヤーを俺たち二人で「始末」してきた。


 ここまで連戦連勝を重ねているのは、紛れもなく朔夜のおかげであると感じると同時に、今日のように自分の弱さや不甲斐無さを痛感することもあった。彼女の強大な力に対して、それを制御するべき俺がまだまだ未熟なのだ。


 俺はもっと、強くならなければいけない。

 兄さんの創った《世界》を、守れるように。





 

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