Ep.14 虚なる影

 2027 7/7 18:51

 宗教国家ディデュモイ 港町リメーン

 サンセットブリッジ




「なんだ……なんなんだ貴様らは!?」


 マントを羽織った青年が驚愕の表情を浮かべる。

 青年の名は、マコト。Dプレイヤーの一人だ。

 

 彼の視線の先にいるのは、黒い狐面の少年と白髪の巫女服少女だった。少年の撃ってくる弾丸と少女の繰る《霊魂》をかい潜りながら、人気のない巨大な鉄の吊橋を後退する。


 マコトの周りには、彼と同じ姿をした多数の影があった。


「なんで……!?」

 

 後退気味の彼を庇うように展開される、無数の影。

 見た目は本物と大差なく、本物と同じく攻撃や回避等の行動も取る。乱戦状態に陥れば、肉眼で見分けることはほぼ不可能だ。まさしく、実体のない完璧な“複製体コピー”。


 見分けもつかず、制限なく出せる分身での撹乱。

 彼のディスオーダー、【Fakerフェイカー】の能力は本来強力なはずだった。


 

 あの異端児が、相手でなければ。


 

「……朔夜、今どれが本物だ?」

「えー……あっ、あれだ!」

「あれじゃわかんねぇって」

「わかるだろ! あれだ! 今こっちちょっと振り返った奴!」

「っ、了解……!」


 自称【神の子】、朔夜には視えていた。

 “本物”だけが発する、《アルケー》の核の輝きが。


(クソッ、あの少女……本当に見えているというのか)


 マコトの展開した虚像は個々で短機関銃サブマシンガンを連射する。

 しかし、実体のない銃弾そのものはもはや、カナタたちにとって脅威ではない。二人は迷うことなく弾幕の中を突っ切り、本体だけを執拗に追いかける。


 虚像たちは今や、視界の妨げ程度にしかなっていない。


「ふん、無駄な抵抗は止すんだな! 

 そんなまやかしは今のわらわには通用せんぞ!!」

 

 完全優位な朔夜が先行し、赤い《霊魂》――『荒御魂アラミタマ』でマントの青年をじりじりと追い詰めていく。その後ろにつくカナタは援護射撃を続けながらも、もう一つの“気配”に注意を割かれていた。


 一方、マコトはバイザー越しに劣勢を感じ、ブリッジからの離脱を試みる。

 

(開けた場所じゃ不利だ……一旦、屋内に……!)


 道路から《ディスオーダー》持ち前の脚力で橋の主塔に飛び移り、そこから一気に付近の高層ビルの屋上へと跳躍する。彼の大移動に伴って、戦場を区切るグリーンのバリアが際限なく拡大していく。


 虚像に囲まれた二人は、本体を目で追いながら、


「に、逃げた!?」

「ここじゃ不利だって判断したんだろうさ。次は多分、屋内戦だ」


 カナタは戦況を冷静に分析し、敵の移動したビル群を見据えた。倒すべき本体が移動した以上、ここに留まる理由もない。


 リロードを終え、カナタは啖呵を切る。


「追うぞ」

「おう!」



 

 


 マコトが移動したのは、とあるビルのオフィスだった。

 二人には既に足取りを掴まれている。予め虚像をいくつか配置しておきながら、デスクの陰に隠れて会敵の時を待っていた。


(来たか……)


 窓ガラスが砕ける音が響いた。

 豪快にオフィスに突入した二人は、待ち構えていた虚像たちを見比べて、


(……全部『虚像』だ)

(そうか……わかった)


 朔夜の眼に贋物は通用しない。

 しかしその間にも、虚像は一つ二つと増えていく。


 本体と混同することはまずないが、この狭い戦場、敵の奇襲時に認識の阻害にでもなってしまえば命取りだ。カナタは朔夜に目で合図を送り、朔夜もそれに力強く頷いた。


 カナタが素早く屈むと、朔夜は静謐に口を開く。




「荒御魂・かい――『夜振火よぶりび』!!」


 


 その直後、部屋が瞬く間に眩い光に包まれる。

 魂としての形を崩した《霊魂》が連なり、少女の手によって赤い半円の軌道を描いては往復する。振りかざされた大火はオフィス全体に拡がり、文字通り虚像を一つ残らず焼き払っていく。


(こいつ――僕をあぶり出す気か!)


 大火は絶えずマコトの頭上を通過する。

 追加した虚像も悉く焼き払われ、潜伏を続けられる状況ではない。


(チッ……!)


 短機関銃サブマシンガンとサバイバルナイフを手に、マコトは虚像を盾にしてデスクから飛び出した。荒ぶる炎の下、青年は少女の狙撃を試みる。


 しかし、その一瞬をは見逃さなかった。


 

「――逃がすか」


 

 身を屈めて同じく潜伏していたカナタが、敵の本体を捕捉した。その場に突然出現するだけの虚像とは違い、本体にだけは潜伏場所から出てくる瞬間が存在する。


 虚像を無視して、カナタはすかさずワイヤーを発射した。


(っ、釣られただと――!?)


 動揺も束の間、先端のアンカーが青年の左足を貫通する。

 直後に開始されたワイヤーの巻取りによって青年は足下から姿勢を崩されるが、それでも怯むことはなく、


「くっ……まだ、だぁああああっ!!」


 カナタに向かって、短機関銃サブマシンガンを連射する。

 ろくに照準も合っていないその銃撃はシールドによって虚しくも阻まれ、さしずめ最後の悪足掻きに過ぎなかった。引き摺られる敵を目の前に、カナタは最後の命令を下す。


「朔夜」

 

 少年が、相棒の名を呼ぶ。

 その瞬間、決着はついた。


「……っ、あ」

 

 火龍のごとく舞っていた大火が、マコトの頭上から急降下した。

 体勢を崩された彼の腹部に、炎は直撃する。


 

「――夜振火よぶりびつい


 

 朔夜は掲げていた右手を下に振り下ろした。

 隕石のように落下した炎の衝撃は、マコトの《戦闘体》――その下のタイルまでもを破砕し、彼の身体もろとも階下へと突き落とす。


「――があああああああああああああっ!?」


 カナタが自力でワイヤーを切断する。

 致命傷を負ったマコトの身体は、彼の断末魔とともにビルの階下へと落ちていき、ついには見えなくなった。カナタと朔夜は彼の断末魔を最後まで聞き終え、床に空いた大穴を見つめる。


 

[プレイヤー1『マコト』、戦闘不能ロスト



 機械音声がマコトの「脱落」を告げる。

 それでもまだ、カナタの気が緩むことはなかった。


「幻影使いのお前のは、死んだぞ」


 朔夜の《霊魂》が、彼女の手元に戻ってくる。

 カナタの警戒はなおも解けず、周囲に張り巡らされた「窓」に向けられていた。夜のビル街の風景を映した「窓」に一瞬、黒い人影が通り過ぎる。



 

「薄情な奴だな。

 そろそろ出てきたらどうなんだ、コバンザメ野郎」

 


 

 彼は忘れていなかった。

 この戦いが、2vs2のタッグマッチであることを。



 

 

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