Chapter.2 歪んだ世界、狂える音と
Ep.13 狂騒の王
2027 7/7 21:16
都市国家トラゴス シエロシティ二番街
【
「“Everybody scream!” “Make some fucking noise!!”」
ステージの上で、ヘッドホンを片耳にかけた男が会場を煽る。彼のコールに合わせて、オーディエンスは一層の盛り上がりを見せた。
両手を上げて飛び跳ねる者。奇声を上げて踊りだす者。
重低音は鳴り止まない。フロア全体が狂騒に包まれる。
会場の空気を支配していたのは、やはりあの男だった。
スキンヘッドの頭にキャップを前後逆に被り、派手なサングラスをかけた黒人の大男だ。筋肉質な身体は金色の装飾品で飾られており、マッシブな左腕には大きなタトゥーが見受けられる。
彼の名は、DJ
そしてここは、彼の設立したクラン【
「“How are you feeling tonight~!?”」
「「「「「「“Yeah~!!”」」」」」」
彼のライブ会場も兼ねたこの場所に集まるのは、DJ Zainを厚く信仰するクランメンバー達であり――その全員が、《ディスオーダー》を使用するDプレイヤーでもある。まさにここは、「ならず者」たちの巣窟といったところだ。
DJ Zainはターンテーブルとミキサーを巧みに操作し、絶え間なく楽曲を流し続ける。彼のテクニックと熱狂的なコールも相まって、会場のボルテージは最高潮に達していた。
彼はまさにこの場所の王にして、支配者。
そして、PvP世界ランク7位のトップランカーでもあった。
「今日も最高だったぜ、我らが神、Zainの兄貴!」
ライブ終了後、舞台袖に移動したZainのもとに一人の青年が駆け寄ってくる。Zainは彼のハイタッチに快く応じると、ペットボトルの水を飲み干してゴミ箱に投げ入れた。
「ああ、今日もいい盛り上がりだったぜェ、ブラザー」
「親愛なる兄貴のライブなんだ、当然だぜ」
青年からハンドタオルを受け取り、Zainは流れた汗を拭った。
Zainはクランメンバー兼ファンたちの一人一人に寛大に対応しつつ、会場内の控室に移動する。一人がけのソファにどっしりと腰掛け、仲間たちが周到に用意していたショットグラスのテキーラを一気飲みした。
「今日もお疲れした、兄貴」
「おうよ、ブラザー。にしても、相変わらずこっちで飲む酒は格別だな。腹に溜まらねぇ上に、いくら飲んでもぶっ倒れる心配がねェ」
「ハハハ、兄貴が倒れたらシャレにならないっすよ」
尊大に構えるZainは、部屋に集まった仲間たちと談笑する。
終始余裕な雰囲気の中にいた彼らだったが、そのうちの一人が重々しく口を開いた。
「そういえば……聞いてるか兄貴、【
Zainはグラスから口を離し、ソファにもたれ掛かる。
「ああ……たしか、低ランクのDプレイヤーを狩りまくってる
「そうだぜ! 何せZainの兄貴は世界ランク7位の――」
他のメンバーが割って入るが、彼はそれを遮って、
「いや、それが……
「ああ? 誰を倒しちまったって?」
グラスを口につけ、Zainは上向きに飲み干す。
仲間は冷や汗を流し、しばらくして言った。
「――世界ランク10位、“カガミ”兄弟を……!」
部屋の空気が揺らいだ。
メンバーらはその報告に息を呑み、Zainに視線を送る。
それに対し、彼は――
「だから、どうした?」
グラスをテーブルに置き、毅然としてそう言った。
サングラスの奥の瞳で、彼を横目に睨む。
「どう、って……」
「そいつらが
「い、いや……」
「次に狩られるのは、オレだって言いてぇのか? ああ?」
「す、すまねぇ兄貴、そんなつもりは……」
立ち上がって威圧してくるZainに気圧され、そのメンバーは壁に追い詰められた。和やかだった部屋の空気が、いつになくピリつく。あいつはZainを怒らせた――そんな軽蔑ともとれる視線が、彼に注がれる。
しかし、Zainは彼の肩に手を置くと、
「ありがとうな」
威圧的な表情から一転、柔和に破顔した。
「……え?」
「オマエはオレのことを心配して、そんなどうでもいいニュースを届けてくれたんだろ? 感謝して当然じゃねぇか! なぁ!?」
「あ、ああ……はは……」
「なんだよ、そんなにビビるな。オレはその程度のことで怒るほどKidじゃねぇんだ。怒りのコントロールは田舎のばーちゃんにみっちり仕込まれてる。それによぉ――」
彼の肩から手を離すと、Zainは振り返って仲間たちの顔をぐるりと見渡した。
「オレは、あんな青臭いKidに狩られてやるほどザコじゃねェ」
ニヤリと口角を上げ、「そうだろ?」とZainは仲間に問う。
彼らはお互い示し合わせることもなく、笑ってただ頷いてみせた。
「ハッ、当たり前だろ。兄貴なら心配いらねぇ」
「あんなつまんねぇガキ、兄貴の敵じゃないっすよ!」
仲間たちはガラの悪い笑みを浮かべ、騒ぎ立て始める。彼らのこの余裕は、Zainへの厚い信頼によるものであることは言うまでもない。数いるDプレイヤーの中でも指折りの実力を持つ、ならず者の「王」への信頼だ。
「あァ……そうだ。狩られる前に、狩るまでだ。
あのガキ臭え執行人とやらの耳に、オレの“音”を叩き込んでやる」
邪悪な笑みを浮かべたZainは、重厚な上衣を羽織った。
出口へと向かう彼に、仲間たちはそっと道を譲る。
「お前ら、あの
「兄貴?」
「狩られる前に、だ。オレは真っ向勝負が好きなタチでなァ……」
仲間たちが空けた道を、Zainは通っていく。
「奴を見つけ次第、こっちから
サングラスの奥の瞳は獰猛に、まだ見ぬ獲物を見据えていた。
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