Ep.10 撃滅せよ
朔夜の放った霊魂が、敵の機体を跳ね除けてみせた。
霊魂が炸裂した機体は大きく仰け反り、後頭部から転倒する。
『ぐっ、ああああああああああああっ!?』
予期せぬ反撃に対応しきれなかったのか、シナガワの機体は重機のごとく鈍重に倒れ込み、周囲に砂埃を巻き起こした。視界一面が砂に覆われ、思わず目を瞑る。
「はぁ……はぁっ……」
脅威を一人で退けた朔夜は、勇猛にも俺の前に浮かんでいた。見た目の格差とは裏腹に、彼女の持つ力はあの巨体にも劣らず――むしろ上回っているようにも見える。未だにこいつの力は底が知れないのだ。
「……カナタ」
浮遊状態を保ちながらも、朔夜は疲弊したように肩で息をしている。火力はあの機体と同程度といえど、こちらは彼女の小さな身体で発揮する分、消耗が激しいのだろう。
「なんだ?」
「わらわは、これから《龍》を出す……奴を破るためには、《龍》の火力で押し切るしかない……」
――龍。
あの《マグナ・オキュラス》を一撃のもとに葬り去った、朔夜の切り札だ。確かに龍の吐くあの炎ならば、奴の装甲もろとも焼き払えるかもしれない。しかし……
「……大丈夫なのか? あれはたしか、一番アルケーの消費が大きかっただろ。あの一発限りの大技をもし外しでもしたら、お前は……」
以前、《龍》を出したあとにすぐ、朔夜は戦闘態勢を解除した。
それは危機が去ったからではなく、おそらく残存の《アルケー》が戦闘態勢の維持基準を下回ったからだろう。言い換えれば、《龍》の一撃で彼女は残りの《アルケー》を消費しきったということだ。
すべてをデータの粒子に還す大砲。
そんなものを、リスクなしで撃てるわけがない。
「ああ、だからそのためにお主が必要なのだ」
砂埃を払い除けて、朔夜は横顔で笑ってみせる。
「わらわの頭は、タイミングだのブラフだのに向いていない。直感で避けて当てるだけだ。難しい判断は、もろもろお主に委ねる他あるまい」
こいつ、思ったより自己分析がよくできている。
今も腹が減って仕方がないだろうに、真剣にそんなことを語る姿はまるで別人のようだ。俺としては頼もしい他ないが、少し、調子が狂う。
「……あんま当てにしすぎるなよ」
「するさ。だってお主は、わらわの
二丁ともにリロードを終え、朔夜の隣に並び立つ。
奴も、ひっくり返っただけで終わるような相手ではない。
キャタピラを搭載した両脚で何とかバランスを取り、立ち上がってみせた。再起にここまで時間を食ったのも、あの機体の構造までもがすべてシナガワの違法カスタムによるものだからだろう。明らかに火力と姿勢制御のバランスが取れていない。
『……フ、フハハハ! やるではないか、小娘!!』
再び、スピーカー越しにわざとらしい台詞が響く。
『我が愛機、【
奴の声に呼応するように、機体頭部に搭載されたカメラアイがバイザー越しに発光する。何やらずっとロボットアニメの知的な悪役を気取っているようだが、こいつが今やっていることは言うまでもなく不正行為だ。
「口を開けば、毎回毎回ごちゃごちゃと……」
怒りが沸々と胸の底で湧き上がる。
こうしている間にも、こいつのせいで
「うるせぇんだよ、ハゲ」
だからなのか、ついこんな罵倒を口にしてしまう俺がいた。
『――――!?!?!』
「お、おい、お主いったい何を……」
朔夜が当惑したようにこちらを覗き込む。
しかし今の反応で手応えを感じた俺は、さらに続けた。
「一昔前のロボットアニメの悪役みたいなキャラしやがって。そんなナリして、自分の理想やロマンだので他の子どもの夢や希望を捻り潰してたってのか? いい歳して恥ずかしくねぇのかよ? 今のアンタは、悪役どころか立派な腐れ外道だぜ?」
『だ、黙れ! それとハゲとに何の関係があるというんだ!!』
(気にするとこそこなのか……?)
「カンケー大ありだよ。アンタぐらいの歳してまだその子どもみてーな精神性の奴の頭に、まともに髪が残ってるわけがねェだろうが」
『完ッ全に言いがかりじゃないか! 舐めやがって、こんの……ガキィィッ!!』
さすがにシナガワの逆鱗に触れたのか、奴は右腕のガトリング砲と肩のレールガンを同時に連射し始めた。今の奴にはもう、あの巨体を精密に動かせるだけの冷静さは残っていないだろう。
「おい! どうするんだあんなに怒らせて……!」
「今はこれでいい。とにかくお前も、《霊魂》で奴の装甲の
「っ……わかった! 変なとこで死ぬんじゃないぞ!!」
短くやり取りを終え、俺と朔夜は再び散開する。
ガトリングの弾幕を防げる朔夜は奴から見て右に、俺は左から牽制しつつ回り込む。幸いあの機体には、左右双方へ散らせるだけの火力は載せられていない。
『ハゲだのなんだのと罵りやがって! オマエだけは潰す!!』
左方に走った俺を、正面からドリル、上空からホーミングミサイルの群れが捕捉する。まず簡単に潰せる方に物理火力を集中するつもりだろう。
無論、そう簡単に潰されてやるつもりはないが。
「潰してみろよ」
追尾してくるミサイルを撃ち落としながら、敵機体に向かって正面突破を仕掛ける。当然目の前には、巨大なドリルが殺人的な回転をかけながら迫っていた。
前方にはドリル、後方にはミサイル。
退路はない、ならば――
「《ワイヤー》モジュール、
アンカーを打ち込んだ先は、敵の左足。
ワイヤーの巻き込む力を利用して、迫るドリルの下、地面との僅かな隙間に瞬時に身体を滑り込ませる。巨大な鋼鉄のドリルが、頭上、直撃スレスレの至近距離を通過した。
体勢を低く、さらに低く。
後方から追ってきたミサイルが、ドリルに阻まれて虚しく爆発する。
『な、何ィ!?』
ワイヤーの巻取りが終わり、俺の身体は機体の左足へ。
そこからさらに脚の後方へと迅速に回り込み、膝裏――装甲の薄い、剥き出しのケーブル類が配置された箇所へと即座に右手の銃のアンカーを打ち込む。
「さすがに、関節までは装甲貼れないもんな」
左手の銃を、サブスロットの
「
ダメージの影響で左脚全体がスタンし、機体が大きく左に傾く。
その隙に右足にも飛び移り、同様に一閃した。
『ぐッ……なんのぉッ!!』
これで機体の姿勢制御は出来なくなった。
しかし、まだ足裏の無限軌道がある。
「チッ――」
機体は急速に前進し、取り付いた俺を振り落とさんと暴走する。猛スピードで加速していく機体、この状態で振り回されるのは危険と判断した俺は咄嗟に装甲を蹴って離脱した。
宙に浮かぶ身体。
そこにすかさずミサイルが撃ち込まれる。
「――カナタ、手を取れ!!」
間一髪、到着した朔夜の伸ばした手を俺は掴んだ。
「でかした、朔――」
「ぬああああっ!? お、重いぃいいいい……!」
浮遊する彼女になんとか引き上げられながら、俺は追尾してくるミサイルを根こそぎ空中で撃墜していく。こちらの《アルケー》反応を感知しているだけあって、かなりしつこく追ってくる。
上空からでは、攻撃の届かないこちらが不利だ。
朔夜にも、この状態を維持させるわけにもいかない。
「……朔夜、アイツに向かって俺を投げろ」
だから俺は、一か八かの奇策に打って出た。
「はぁ!? そんなことしたら、お主が……」
「俺が一旦囮になる。その間にお前は《龍》を出せ! 発射のタイミングに
「わ、わかった……でもっ――」
朔夜はその華奢な肉体に見合わぬ怪力を発揮して、俺をぶん回し始める。遠心力で肩が外れそうだし三半規管もおかしくなりそうだが、今はどうだっていい。奴のもとへ、たどり着きさえすれば――
「後悔……す、る、な、よぉおおおおおおおおおっ!?」
今度は俺が、ミサイルの如く飛翔する。
軌道は間違っていない。上出来だ。
『特攻かぁ? どこまでも舐めやがって……!』
当然相手も無策ではない。
体勢を立て直し、こちらを迎え撃ってくる。
『ならばこれをくれてやる! 我らの最終奥義――!』
『汝、全ての敵を撃滅せよ!!
デモリッシュ……バーストォオオオオオオッッ!!!!』
ミサイルポッド、ガトリング砲、レールガン。
すべての銃口が瞬時に俺をロックオンする。
空中では、避けようがない。
「シールド……256分割。一斉展開」
だから、俺がすべて受け止める。
細かく分割したシールドを眼前に展開し、こちらも迎撃体制を取る。朔夜に一発でも当たったら元も子もない。俺は今、『龍』のための囮だ。多少のダメージを負ってでも、最悪俺が
『来るな、消し飛べェッ!!』
無数の銃弾と弾頭が迫りくる。
次々とシールドが割られていく。割られた分の回復はまったく追いつかないが、これでいい。少なくともこれだけ撃たせれば、もう奴にも無限軌道での移動に費やせる《アルケー》は残っていないだろう。
落下速度を速めながら、銃口を向ける。
撃つのはもちろん銃弾ではなく、アンカー。
(刺さってくれよ、
引き金を引く。アンカーが弾幕をすり抜ける。
ややあって、機体頭部付近に突き刺さったのを視認し、確かな手応えを感じた。ワイヤーが巻取りを開始すると、最後に落下速度をアシストする。
ここから先は、もう迷うことはない。
死んでも、奴のもとへ向かう。
『来るな、来るな、来るなあああああああ!!』
「……ッ」
左肩に被弾し、腕もろとも吹き飛ぶ。
小シールドは残り24枚。敵は目の前。
もう、止まらない。
『――っ!!』
シナガワの息を呑む音が、間近に聞こえた。
バイザー奥のカメラアイが、鮮明に見える。
「よぉ」
残存Arc値――34。左腕――なし。
それでも、たどり着いた。
敵の、
「てめぇの眼は、一生――」
右手の銃を解除し、即座にブレードに持ち替え。
「
俺を映す、敵機体の《眼》。
それを横薙ぎに、一思いに、ぶった斬る。
敵の視界は、死んだ。
『ふざっ……けるなよ……畜生!!』
畜生、畜生、畜生。
シナガワの絶叫が耳を劈く。
「……やってくれ。朔夜」
無線越しに、短く指示を伝えた。
実質的に動きを止めたとしても、こいつにとどめを刺せるのは
「
「赫龍――『
「――【
頭上に、あのときと同じ赤い龍が現れた。
それはあのときと同じ、鮮烈な炎を吐いて。
奴の抱いた理想を、ロマンを、塵一つ残さず消し去った。
◇◇◇
「……よし、通報も終わった」
ディスプレイを閉じて、大きく伸びをする。
異形との激戦は、俺たちの勝利で幕を閉じた。
「そう、かぁ……」
隣で未だ浮遊を続けていた朔夜が、よろけて背中に抱きついてくる。『龍』の力を使った代償だろう、戦闘の最後に彼女のArc値は0になっていた。疲れていても無理はない。
また、前回のように、『龍』発現後の彼女に触れて強制ログアウト……なんて事態にならなかったことに安堵している自分がいた。
「つかれた。飯だ、飯を奢ってもらうぞ!」
「わかってるよ。今回は、お前もよくやった」
戦闘の反動からか、やけに甘えてくる朔夜をおぶってやる。
今回の相手は、本当に朔夜の助けなしでは勝てなかった。彼女が居てくれたことで、俺もやれることの選択肢が増えたと実感させられる結果となった。
朔夜の秘める力は、絶大だ。
しかし彼女の能力に依存しっぱなしでは、いつかきっと綻びが生じるだろう。それらを制御しながら最大限生かせるほどの力を、俺もつけなければいけない。
朔夜の、『主』として。
「今日はたらふく食うぞ! お主に遠慮はしないからな!」
「はいはい食え食え……」
少しだけ、食費の心配をしながら……。
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