Ep.11 夕食時

「二人共、今日は激戦で疲れただろ。たらふく食いな!」


 店主のジャンヌさんが、気前よくそう言ってのけた。

 そして現在俺のとなりには、大盛りチャーハンを既に三皿以上平らげている化け物がいる。


「うまい! これが『チャーハン』か!! 初めて食ったが気に入ったぞ!!」

「食いながら話すなよ……行儀悪いな」


 というか、チャーハンを出す喫茶店って一体……

 

「お主にも分けてやる。食え!」

「だから俺はいらねえって……」


 食べかけを勧められるのは、これで四度目だった。

 ゲーム内での食事は、当然現実の肉体のエネルギーにはならない。その上、アバターには空腹感も満腹感も存在し得ないため、金を払ってまでで食事を摂る必要性はないのだ。


 すると朔夜の食事を眺めていた俺を、ジャンヌさんは見かねて、


「でも、ただ食ってるところ見てるだけじゃつまらねぇだろう? どうだい少年、コーヒーでも飲むかい? 特別にサービスしてやるよ」

「いいんですか? ……じゃあ、お言葉に甘えて」


 さすがにジャンヌさんの厚意を無下にすることはできず、俺は渋々コーヒーを注文する。正直、朔夜の食事風景を眺めるだけでは手持ち無沙汰で退屈だったので助かった。


「それと、いつまで着けてるつもりだい、その仮面は」

「え? ああ、忘れてました……」

 

 コーヒーを淹れるジャンヌさんに指摘され、初めて気づいた。

 

 シナガワとの戦闘後、《行動体》に戻ってから狐の面を外すのをうっかり忘れていた。コーヒーを飲むときにまで着けているわけにもいかないので、外してカウンターに置く。


「……なあお主、その変な仮面なんのために着けてるのだ?」


 レンゲを持つ手を止めて、朔夜は言った。


「変な仮面じゃねぇ。ちゃんとした狐の面だ。通報する相手に素顔晒すのはよくないからな、そういう意味で一応お守り代わりに着けてるんだよ」


 狐面を片手でひらひらさせる俺を、朔夜は不思議そうに見つめる。

 

「相手に素顔がバレたらなんでよくないのだ? わらわもしたほうがいいのか?」

「それは……そうだな……」

「少年がやってるのは、Dプレイヤーの『駆除』だからねぇ。ただでさえ頭のおかしい連中だ、通報された恨みや敵討ちなんかで逆に狙われることもある。そんときに顔が割れてると、色々不都合だ。だろ?」

「ええ、まあその通りです」


 ジャンヌさんが差し出してきたコーヒーを、受け取りつつ答える。カップは熱すぎない適温で、猫舌の俺への配慮がうかがえた。


「ね、狙われる……のか? 

 お、お主まさかそんな危険なことにわらわを……!?」


 レンゲを手放した朔夜は、ひどく青ざめた顔でこちらを見る。

 前から思っていたが、こいつはどうも変なところでビビりになるところがあるらしい。


「少なくとも、お前が狙われるようなことにはならねーだろ。お前は俺の活動に『協力』して、その対価に飯を食う、それだけの契約だ。全部の責任は俺にある。余計な心配はいらない」

「ほ、ほんとうか?」

「……そんなにビビんな。お前は神の子、なんだろ?」


 半ば励ますように言うと、朔夜は怯えた表情から一転、自信を取り戻して誇らしげな笑みを浮かべた。俺も段々と、こいつの扱いに慣れ始めているのかもしれない。


「ふはは……そうだ、わらわは神の子だ! 恐れるものなど――」


 調子に乗り始めた朔夜の独り言を半分ほど聞き流して、俺はディスプレイを開いた。メニュー画面から開いたのは、現在のPvPデュエルの「世界順位」だ。


(さっきの……『シナガワ』は33位だったのか)


 下の方へスクロールして、見知ったPNを見つけた。

 

 PvPのランク付けは、デュエルで獲得してきた総ポイント数で決まる。『シナガワ』のように圧倒的な力を持っていたとしても、散発的な雑魚狩りしかしていなければ順位は上がらないということだ。


 Dプレイヤーの不正が発覚してランキングから除名されれば、成り行き的にそれより下位のプレイヤーが一位ずつ上にずれ込むことになる。俺の活動は、基本的にこの繰り返しだ。


 ランキング表を下位から上位へと遡る。

 上位陣の顔ぶれは、相も変わらずだった。




1st キサラギ 105667pt

2st Ms.Diavoloディアブロ 95343pt

3st 魔姫那マキナ 93287pt

4th 多々羅たたら 61273pt 

5th ジェン 60455pt      

6th ふぉと 60221pt 

7th DJ Zain 58004pt   

8th ジャックナイフ酉本 55668pt 

9th 774ナナシ 55321pt        

10th 【カガミ兄弟】 53442pt   

11th ловушкаラヴーシュカ 52917pt     

      ︙

17th 【Executor】 45201pt   


 


 着実に俺たちのポイントは増えて順位も上がっているが、上位三人とはまだ二倍近くの差がある。今の俺と朔夜の全力を出し切ったとしても、敵うことのない相手だ。


 すべてのDプレイヤーを倒すという目標ゴールは、まだ遠い。


(わかっちゃいるけどな……)


 ふと顔を上げて、店内の時計を見た。

 

「……って、もうこんな時間かよ。悪い朔夜、俺先に帰るわ」

「へ?」


 ディスプレイを閉じた俺は、コーヒーを飲み干して席を立った。店長に今朔夜が食べている分までのAXIAを支払い、夕食時で少し賑いを見せる《ENZIAN》をあとにしようと上着を羽織る。


「食い終わったら、お前はPCあっちに帰ってこい。一人で戻ってこれるよな?」

「ああ……もちろんだ! わらわをなめるな!」

「いい子だ。じゃあ姐さん、あとは頼んます」

「おう、行ってきな」


 朔夜のことは一旦店長に任せ、俺は足早に店を去った。

 人通りがまばらな廃棄地区の路上に出たところで、ディスプレイを操作して自発的にログアウトする。




      ◇◇◇




 ヘッドギアを慎重に外す。

 見慣れた自分の部屋に、俺の意識は戻ってきた。


「18時過ぎ……もうあいつも来てる頃だな」

 

 ベッドから降りて、軽く伸びをする。

 首と腰が少し凝っているようだ。

 

 肉体の健康面のために一応、二時間ごとにログアウトして休憩を取るようにしているが、割りと短時間でも体に疲労が溜まることがあったりする。


 朔夜が帰ってこれるように、予めPCの電源を点けておく。

 部屋の電気を消して、リビングへと向かった。




「あ! もう、ゆうくん遅いよ〜!」


 リビングのドアを開くと、予想通りの反応が返ってきた。

 キッチンに立っていた少女は、俺を見るなり拗ねたように頬を膨れさせる。見たところ、夕食の調理中といったところだろう。


 彼女の名は、鈴代すずしろ理優りゆ

 歳は俺のひとつ下だが、マンションの隣の部屋に住んでおり、幼い頃から何かと交流がある。俗に言う幼馴染みというやつだ。


 理優は彼女の母親が仕事で遅くなる日に限って、俺のところに夕食を作りにくる。俺の姉貴も仕事で忙しいから大歓迎だが、そのせいで理優にはなかなか頭が上がらない。


「まーた帰ってすぐゲームしてたんでしょ?」

「夕飯には間に合ってるんだから、いいだろ。怒るなよ」

「別に怒ってないもん」

(怒ってるだろ……)


 おたまで具材を煮詰める理優の横顔には、明らかに彼女なりの不機嫌が滲んでいた。変なところで意地を張りたがる性格は、昔からずっと変わらない。


「それ、なに作ってるんだ?」

「今日はね〜、無難にスープカレーだよ」

「無難じゃねーじゃん」


 平日の夕食にスープカレー作る女子高生って……


「なんか手伝うことあるか?」

「うん、じゃあご飯炊けてるからよそってくれる? お茶碗じゃなくてそっちのプレートにね」

「了解」


 見ているだけというのも気が引けるので、ここは素直に理優を手伝うことにした。


 スープカレーにぶち込むだけの白米も、茶碗ではなくプレートに盛り付けるという凝りっぷりだ。俺は普段料理なんてしないから詳しくはわからないが、理優のこだわりは中学の頃から年々強くなっている気がする。


 もちろん、彼女への感謝を忘れたことはないが。




「いただきまーす!」

「いただきます」


 準備を終えて、二人で食卓につく。

 もはや姉貴よりもうちにいる機会の多い理優には、食卓にも専用の席が設けられている。これも全部、姉貴の変な気遣いによるものだ。


「どう? 味変じゃない?」

「ん、普通に美味いぞ」

「そっか。よかった〜」


 白米を大皿のカレーに投入し、具材の野菜とともに口に運ぶ。

 スープとつくだけあってあっさりとしており、ごろごろと入った野菜類は夏野菜カレーを思わせる。すっと口の中で溶けていく後味がクセになる一皿だ。


「……ところで、ゆうくん」

「んー?」


 スプーンをくわえたまま、空返事をする。


「最近、大丈夫なんだよね? 遅刻」

「…………」


 痛いところを突かれて、返事に窮した。

 少なくとも、大丈夫なんて言い切れる状況ではない。


「大丈夫じゃ、ない……です」

「……遅刻指導は?」

「今日、来いと言われました……」

「……ゆうくんのバカ」


 心底呆れたような目で、理優は俺をにらんだ。

 ここから弁明なんてとてもじゃないができるわけもなく、俺はただ子猫のように萎縮して、彼女の蔑むような眼差しにひたすら耐える。

 

「一年後には受験なんだから、ゆうくんはもうちょっとちゃんとした方がいいよ? そういう悪い癖は、一回身についたらなかなか治りにくいんだから!」

「ごめんなさい……」

「毎朝、私が起こしに行ってあげようか?」

「いや、それはちょっと……」

 

 ここまで心配されると母親のようにも思えてきてしまうが、年下の子に生活習慣を注意されている自分が情けなくなってもくる。遅刻の原因の八割はゲームによる夜ふかしなのだが。


「わかってるよ。俺も二学期からは、ちゃんと……」

「……待って、」

「ん? どうした?」


 俺の反省を遮って、理優は何かに耳を澄ませているようだった。

 テレビも点けていない無音のリビングに、緊張が走る。

 

「なんか、声みたいなのしてない?」


 怪訝そうな顔をした理優が言う。

 

「……声?」

「うん、ほら、聞こえない? 小さい声みたいな……」

 

 理優の表情が怪訝から恐怖へと変わっていく。

 まるで幽霊の囁きにでも怯えているようだ。


(声なんてしてるか……?)


 理優に倣って耳を澄ます。

 すると、微かにこんな声が聞こえてきた。




『ぬぉおおおおい! どこへ行った馬鹿者!!

 まーたわらわを一人にする気かぁ!!』




 間違いない。奴だ。

 俺はそう確信して、思わず溜め息をついた。


「悪い、理優。信じられないかもしれないんだが」

 

 スプーンを置いて立ち上がる。

 俺はもう、覚悟を決めた。


「お前に、話しておかなきゃいけないことがある」




 

 

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