Ep.5 神の落とし子

「うまい!! ここの飯は格別だな!」


 サンドイッチを頬張りながら、巫女服少女は叫び散らす。

 ベッドで介抱されていた頃の儚げな美少女感は見る影もなく、そこにいたのは、地球の見慣れぬ料理を嬉々として喰らい尽くす宇宙人のようなワガママ少女だった。


「どんだけ食うんだよ、お前……」


 彼女の要求に答える形で、俺は自腹で料理を注文していた。

 ここ《ENZIAN》は昼間は普通にランチメニューも提供しているため、なんとかこの少女の腹を満たすことはできそうだった。とはいえもう三皿目だが。


 今はただ、俺の所持金が尽きないかだけが心配だ。


「おかわり!」

「おい何普通におかわりしてんだ、やめろ」

「? わらわが何皿食べたって勝手だろう? どうせ払うのはお主なのだ」

「だから言ってんだよ馬鹿巫女服!」

「馬鹿とはなんだスプレー男!!」


 正直な話、不毛な言い争いはごめんだ。

 かといってこいつの横暴を許してしまうと、あとが怖い。


「コレット、見て……カナタセンパイが順調にボミガってるよ」

「ボーイミーツガールを動詞にしないでくださいよ……」


 後ろで噂話が聞こえたが、なんとなく無視した。


「……で、本当に何も思い出せないのかよ?」


 強引にだが、先程の話題へと繋げてみる。ここまで運んであげた挙げ句飯を奢らされた、なんて結果に終わるのは嫌だったからだ。せめて何か、何でもいいから、俺がこいつを助けたことに意義があってほしかった。


 しかし巫女服は臆面もなく、顔をしかめて言う。


「何も知らんといっておるだろ。しつこい奴だな!」

 

 もう駄目だこいつ殴りたい。


「ああそうかわかったよ、お前は――」

「……あ、でも一つだけ知ってるぞ!」

「あ?」


 巫女服はサンドイッチ片手にばっと立ち上がった。

 誇らしげに胸を張り、彼女は高らかにこう宣言する。



「――わらわは、神だ。神の子だ!!」



 少しでも期待した俺が馬鹿だった。

 そう落胆すると同時に、こんな謎だらけの巫女服少女バカを体張ってまで助けてしまった自分の行為の無意味さを痛感する。


「おい、なんだその顔は。なんとも思わないのか?」

「いや、まあなんていうか……あれだろ。なあモニカ」

「え? あ、ごめん聞いてなかった」

「ぐぬぬ……おまえら信じてないだろ!!」

「信じるわけないだろ!!」


 ダメだ、こいつと話していると俺までIQが下がる気がする。

 

(俺は、本当なんでこんなやつを……)


 割りと本気で自己嫌悪に陥っていた、そのときだった。


 


 突如として強い横揺れが、店内を襲った。



 

「うわっ、な、なに!? 怖いよコレット!!」

「お、おい……な、なななななんだこの揺れは!!」

「いや、なんで俺にくっつくんだよお前は……!」

「あんたら落ち着きな! そっから動くんじゃないよ!!」


 店長のジャンヌさんの一声で一時的に場の混乱が収まり、ほぼ同時に揺れも収まった。地震……の揺れの類ではなかった。もっと強烈な衝撃、それこそ何かの“爆発”による地響きのような。


 いや、考えるべきはそこだけじゃない――


「姐さん……ここ、ですよね」

「ん? ああ、そうだね……」


 店長と顔を見合わせて、事態の深刻さに気づく。

 一般的に、地下は――シェルターでも知られている通り――地震や爆発による揺れの被害が少ないとされている。それはこの《世界ゲーム》でも同じだ。にも関わらずここまでの揺れとなると、危機感も当然ながら募ってくる。


「俺……少し外を見てきます」

「ああ、気をつけるんだよ」

「お、おいどこへ行くのだ!?」

「お前はここに居ろ!」


 縋りついてくる巫女服少女を引き離し、俺はすぐさま店口から階段を駆け上がった。これは絶対にただ事じゃない、そんな確信が頭に呪いのごとく付きまとう。同時に、何事もなかった、という結果を望んでいる自分もいた。


 だが、そんな甘い希望は一瞬にして打ち砕かれる。

 は、往々にして起きてしまうものなのだ。

 


 今の、バグだらけの【Under Brain】では。



「なんだよ、あれ……」


 視線の先に、絶望が佇んでいた。


 ここ、第13廃棄地区の街のど真ん中に、途轍もなく巨大な鉄の塊が鎮座している。直径100mはあろうかというほどの不気味な眼球がめ込まれたドス黒い球体の周囲に、無数の『手』が浮遊しているのが見えた。


 やつの名は《マグナ・オキュラス》。

 少し前のレイドイベントに登場した、最終ボスだ。


 見たところ、あの図体でここまで進んできたわけではないだろう。

 《出現》したのだ。あの場所に、いきなり。

 

 こんなこと、当然ながら普通ならあり得ない。

 これもすべて、《ディスオーダー》の副産物だ。


「……クソッ!!」


 これだから俺は、あいつらが嫌いなんだ。

 

 やり場のない怒りを抱えながら、俺は駆け出した。

 

 《出現》直後の今はコアである『目』が半開きの状態かつ『手』も動かないからいいが、あれが完全に開いた途端、すべては終わる。無数の『手』が内蔵する粒子砲が一斉に炸裂し、ここは焦土と化すだろう。地下にいる分には安全かもしれないが、街の負う損害は免れない。


 なんとしてでも、この街の被害を食い止める。

 それが今、戦える俺に課せられた役割だ。

 

地上ここからじゃ届かない……高さが足りない)


 俺の装備する銃――《ベイオウルフ》での有効射程は、せいぜい50m程度。あの見るからに堅牢な装甲を撃ち抜くには、地上からでは明らかに高さが不足していた。迷いかけた俺はひとまず《戦闘体》に換装し、大型ハンドガンの銃口をビルの屋上に向ける。


「《ワイヤー》モジュール、起動オン!!」


 銃口からワイヤーもといフックを射出し、屋上付近の柵に引っ掛ける。

 巻き上げと同時に真上に跳躍し、なんとか柵に取り付いた。


 やつの『目』は今も開きつつある。もう時間は少ない。

 逸る気持ちを抑えつつ屋上に降り立ち、敵と退治する。


(効いてくれよ……頼むから)


 頼りない願いを込め、二丁とも敵の『目』に照準を合わせる。

 ここからなら、届く。コアを撃ち抜ける。


「《ベイオウルフ》――エネルギー制限解除オフ


 冷静に、音声コードを一句ずつ発音する。


「モード、【殲滅形態エリミネーション】」


 銃身側面の紋様が発光する。

 武器ソティラスが、俺の声に応えた。



[音声コード、認証完了。モード、【殲滅形態エリミネーション】へ移行します]



 二挺の銃が同時変形し、その様相を大きく変えた。

 展開した銃身から突出した新たな銃口が、対象を捕捉する。

 

 

[変型シークエンス完了。反動に備えてください]


 

 【エリミネートキャノン】。

 Eパック二つ、両側合わせて24発分のエネルギーをまとめて撃ち込む技。今できる最大威力の攻撃――それも、Dプレイヤーでもない俺の銃撃だ。これが当たらなければ、多分次はない。


 頼む。頼むから、これで……


 この一発で、ちてくれ。



「――発射」



 迷わず引き金を引いた。


 

 敵の『目』が、開いたような気がした。


 

 その瞬間、目の前が爆ぜた。

 閃光に包みこまれた視界が、限りなく白に近づく。


 恐る恐る、目を見開いた。

 そして俺は、眼前に飛び込んできた現実に絶望した。


「……っ、マジ、かよ――!」

 

 敵の本体――『目』は、まだ平然とそこにいた。


 外した……いや、弾かれたんだ。

 

 俺の発射タイミングとほぼ同時に、敵の『目』が開いたのだろう。いずれかの『手』から発射された粒子砲がこちらの射撃を遮り、威力を減衰させた。


 敵が目覚める前に仕留められなかった。

 紛れもない、俺の失敗だ。


「クソッ――」

 

 悔しさでその場にへたり込みそうになる。

 だがひとつ、不可解な点があった。


 俺だけ……俺の周りだけ、被害が少ない――。




「霊魂――『和御魂ニギミタマ』」




 少し遅れて、周囲に飛び交っている青白い炎に気づく。

 真横から現れた、浮遊する人影にも。


「無事か? ……人間ニンゲン


 その立ち姿には、見覚えがあった。

 あったからこそ、脳が理解を拒否した。


「お前、なんで……」

「なんだ、変なものでも見るような顔して。衝撃で全部吹き飛んだのか?」

 

 見間違いでも、勘違いでもない。

 

 さっきまで店にいたはずの、あの巫女服少女が、俺の前に立っていた。たくさんの炎――彼女に『霊魂』と呼ばれたもの――を引き連れて、悠々とその場で浮遊を続けている。


 

「言っただろう。わらわは、『神の子』だと」


 

 それは、鮮烈な衝撃だった。

 

 青い羽衣を身にまとい自在に霊魂を繰るその様は、彼女の言う通り、『神の子』であると認めざるを得ないほどの威厳と風格を備えていた。口調も立ち振る舞いも、何もかもが別人のようだ。


 しかし、その驚きも束の間のもので。


「――!」

「不味い、『手』が動き出しやがった……!」

 

 初撃を放ったあと、『手』は個々で行動を開始する。《マグナ・オキュラス》を初撃前に葬れなかった場合、あの無数の『手』による攻撃をかいくぐる必要が出てきてしまうわけだ。


「おい……答えろ、人間」

「ああ!? なんだよ、こんなときに――」


 リロードを終え、俺は『手』を牽制するべく立ち上がっていた。そんな最中あの巫女服少女は、透き通ったガラス玉のような青色の瞳で、真っ直ぐに訊ねてくる。


「――彼奴あやつを、倒せばいいのか?」


 銃を撃つ手が止まった。

 頷くこともできないまま、俺はまたくだらない想像をする。


「……お前なら、倒せるってのか」

「お主の命令とあらば、な」


 今の彼女になら、倒せる。

 そんな根拠のない、けれど否定のできない確信があった。


 こうしている間にも、敵は破壊の限りを尽くしている。

 決断を迫られているのは、他でもない俺だ。


「わかった。やってくれ」


 自然と、そう口走っていた。

 彼女は微笑んでそれを聞き入れると、


「承知した」


 彼女の返事がきこえた。

 そこから俺は、暫く言葉を失った。


 


創造クラフト、【霊龍顕現】」

 

 

 

「赫龍――『緋燁炎燐ひようえんりん』」


 

 

 短い詠唱の後、“それ”は現れた。

 

 微細な粒子だったものが炎のような形を成し、それはやがて一つの生き物のようにうねりを始める。蛇にも似た長大な胴体に生えた、一対の腕と鋭利な爪。獰猛な獣を思わせる凶暴な眼を宿した頭部から、豪胆に炎を吐き出すその様は、まるで――


(……『龍』だ)


 耳をつんざくような咆哮が響き渡る。


 思えばそれらはすべて、俺の見た夢かもしれない。

 バグがもたらした、幻覚だったのかもしれない。


 でなければ、もはや説明がつかないのだ。




「灰燼に帰せ! ――【清浄なる劫火キヨメノホムラ】!!」




 こんなにも、醜く歪みきってしまった《世界》に。

 ここまで鮮烈で眩いかがやきが或るなんて。

 




 

「…………」


 それは過ぎてしまえば一瞬だったが、永遠のようにも感じられた。

 

 少女の召喚した《龍》が放った熱線が《マグナ・オキュラス》本体に直撃し、文字通り、跡形もなくデータの海に還したのだった。制御システムを失った『手』は鉄塊として落下することなく、その場でデータの塵となって消滅を開始する。


 終わった。危機は去ったのだ。


 紛れもなく、俺が助けたあの少女の手によって。


「これで、飯の借りは返したぞ。人間」


 力を使い果たした少女が、こちらに振り返る。

 終始圧倒されていた俺は、いつの間にか座り込んでいた。


(なんなんだよ、こいつは……)


 あまりにも虚構じみた現実に、笑いさえ込み上げてくる。

 それでも、俺は心の何処かでこう思っていた。



 こいつなら、こいつと一緒なら。

 この世界だって、変えられるかもしれない。



「『人間』、じゃない……」


 地面に手をつき、その場に立ち上がる。


「俺は、『カナタ』だ」

「カナタ……そうか、カナタか」


 無意識に、俺は少女に片手を差し出していた。

 浮遊していた彼女はやがて、嬉しそうに頬を綻ばせ、



「よろしく頼むぞ、カナタ。

 お主は今日から、わらわのあるじだ」

 

 

 舞い降りながら、俺の手をとった。


 その瞬間、世界は途切れた。





 

      ⚠ERROR⚠





 

「…………は?」


 何が起きたのか、わからなかった。


 目の前の真っ暗な背景に浮かぶのは、《ERROR》の文字。

 それが意味するのは、サーバーとの通信の途絶。

 

「なん、で……急に、」


 上体を起こし、慎重にヘッドギアを外す。

 代わりに視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋だ。

 

 間違いない、戻ってきたのだ。

 に。


 強制的に戻された、の方が正しいかもしれないが。


(今日メンテはなかったはず……何かの不具合か?)


 考えてみるだけ、なんだか無駄に思えてきた。

 色んなことが起きすぎて頭がパンクしそうだった。何が夢で何が現実か、わからない。とにかくわからないことだらけなんだ、あの少女を拾ってから、ずっと――


『おい! おまえ! 聞こえてないのか!!』


 あろうことかあいつの空耳まで聞こえてきた。

 今日はもう疲れてるんだ。寝よう。


『おおおおおいっ!! 無視するな、わらわはここにいる!!』


 空耳にしてはやけにうるさいな。

 それにどこからか、本当に声がするような……?


『ここだここ!! 気づけ、馬鹿者!!』

「…………まさか、お前っ!!」


 嘘だと思った。

 だが、部屋の中でその“可能性”があるのはそこだけだった。


『やっと気づいたか! はやくここから出せ!!』

 

 

 

 案の定、彼女はいた。

 ヘッドギアと同期した、PCの画面の中に。


 

 

「……っ、はあああああああああああああああ!?」


 自分の目を疑って、思わず卒倒しそうになった。

 これが、すべての始まりだった。





 


 

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