Ep.4 隠れ家カフェ
ep.4 隠れ家カフェ
扉を開くと、ドアチャイムが軽快な音色を奏でた。
謎の少女を抱えながら、俺は何とか目的の喫茶店に滑り込む。
「おう、やっときたかい。少年」
店に入るとすぐ、店主のジャンヌさんが気さくな笑みをこちらに向けて出迎えてくれた。彼女はとんでもない美貌の持ち主であると同時に、この区域の自警団を束ねる女傑という一面も持っている、頼れる女性だ。
「コレットが助けに入っただろう? 間に合ったかい?」
「ええ、まあなんとか」
「間に合いましたね」
間髪入れずに背後から飛んできた声にぎょっとして、思わず振り向く。ショットガンを抱えたコレットは、涼しい顔で俺の後ろに立っていた。
もう表の《怪鳥》たちを退治し終えたということだろうが、流石に仕事が早すぎる。店長に向かってお茶目に敬礼までしてみせる姿には、さすがに苦笑いが漏れた。
「必殺仕事人コレット、ただいま帰還いたしました」
「随分早かったじゃないか。さすがアタシの弟子だ」
「いえ。それより店長、こちらの方を」
「ん?」
コレットは俺が抱きかかえた少女を丁寧に指し示す。
ジャンヌさんが怪訝そうな目で、俺と少女を見比べた。
「一体どうしたんだい、その子は」
「ああ、こいつは――」
「あれえ? カナタセンパイ、なにその子!」
店内にいたもう一人のオレンジ髪のウェイトレス、モニカが会話に乱入してくる。うるさ――明朗快活な彼女の登場に、弁明が面倒くさくなりそうな予感を覚えてしまう。
「……空から、落ちてきてな。ゴミ箱に突っ込んだんだよ。頭から」
「ゴミ箱に……? 頭から……?」
「へぇー、空から? てことはもしかして、あれ? 『ボーイミーツガール』ってやつ〜!? うへ〜、センパイもついにボーイミーツガールっちゃったかぁ〜!!」
「モニカうるさいです仕事に戻ってください」
「ちぇっ、はーい……」
同僚のコレットにサボりを咎められたモニカは、なぜか渋々とホールでの業務へと戻っていく。ちなみに店内にはまばらだが他の常連もおり、一応は隠れ家喫茶としての体裁を保っているようだった。
(なにが『閑古鳥が鳴いている』だよ……)
コレットの適当な嘘に呆れつつも、素直に感謝の念を抱く。
それはそうと、いつまでも店口で突っ立っているわけにもいかない。というか、この少女の体重がいくら軽いとはいえ、そろそろ腕が限界だ。俺も少し休みたい。
「とりあえず、こいつをどっかに寝かせておきたいんですけど……」
「ああ、ベッドなら二階にあるよ。コレット、案内してやりな」
「イエスマムです。店長」
◇◇◇
コレットに連れられ、俺は店の二階に上がらせてもらった。
抱えていた少女をソファーベッドに横たえ、軽く肩を回す。
「くっ……さすがに疲れが……」
ただでさえ、Dプレイヤーとの一戦を交えたあとなのだ。あのゴミ捨て場での出会いがまさか、ここまでの労力を要する事態に巻き込まれるきっかけとなるとは。
ベッドで仰向けになった少女は、目覚めることなくコレットの手当てを受けている。コレットと比べて見ると、なんだかさらに幼く見えるような気がした。幼女……とまではいかないが、そういうデザインなのだろうか。
「この方、お怪我のほうは大丈夫そうですね」
「だな。必死こいて運んだ甲斐はあったよ」
「それにしてもなんだかいい匂いが……?」
「……」
一応、ゴミ箱に頭から突っ込んだ上に消臭スプレーをかけられているのだが……その辺の事情はここでは黙っておくことにする。生真面目なコレットにバレたら面倒だ。
「それで、どうしてカナタ様はこの方をお運びに?」
医療箱を閉じたコレットが訊ねてくる。
「お知り合い……ではないですよね」
「ああ、まったく。でも、あのまま《ノーブレイン》たちの前に晒しておくわけにもいかないだろ? それにそいつ、見たところプレイヤーってわけでもなさそうだし」
「プレイヤーでは、ない……?」
「こっち側の視界に、名前とか
俺たちプレイヤーの《行動体》での
加えてNPCの中には、なにかのバグで名前が表示されなかったり、そもそもイベント用のキャラとしてあえて開示されない設定になっている個体もいる。この少女もその一人だろうと考えたわけだ。
ただ、あくまでこれは俺の推論でしかない。
だからこそ、コレットの返した答えに俺は戸惑った。
「カナタ様、この方は……NPCではありません」
至って真剣な顔で、コレットはそう答えた。
彼女はこういうとき嘘はつかない。そういう《性格》だからだ。
「NPCじゃないって……だって、プレイヤーでもないんだぞ?」
「ええ、それはわかっています。それでも、認めざるを得ないんです。この方は、私たちNPCとは異質の存在であると」
コレットはこちらに向き直り、少女の手を優しく握った。
自身も現実での肉体を持たないNPCである彼女が、静かに語り始める。
「私の口からこんなことを言っていいのかわかりませんが……彼女の識別情報が、入ってこないんです。私の脳内にも」
「識別情報? そっちもそういう仕様なのか?」
「ええ。私たちは他のNPCとの《
NPCでも素性を知らない、完全に謎に包まれたキャラクター。
やはり何らかのバグなのか、それとも……
「すみません、こんな生々しい表現になってしまって……」
「いや、大丈夫。俺もそれは気にしてない」
ゲームの世界観リアリティ云々の話は、この際どうでもよかった。
この少女の正体を知るためなら、今は。
というかすべて、この少女が目覚めてくれれば済む話なのだが――
「ん、んぁ……?」
思っていた矢先、眠っていた少女がもぞもぞと動き出した。寝ぼけた目をこすりながら起き上がった彼女は、生まれたての雛鳥のようにぼーっと虚空を眺めはじめる。
「なんだ、ここ……わらわは……」
「目が覚めたのか? ここはカルキノスの喫茶店だ」
「自分の名前などは思い出せますか?」
「なまえ……? わからん……」
「……自分がどこから来たかとか、覚えてないか? 空から落ちてきたところを俺が一応運んできたんだが」
「わからん……ねむい……」
寝ぼけたような半目で、少女はそう繰り返した。
暗いというよりかは、ただ今は元気がないだけのように見える。
「お主が、わらわをここまで運んできたのか……?」
「ん? ああ、そうだけど……」
「そうか……」
やたら古風な言い回しが引っかかるが、今気にすることではない。
わからないだらけの彼女に関する手がかりを、少しでも……
「――ん、待てよ……ってことは、おまえだな!! 寝ていたわらわにいきなりスプレーか何かぶっかけたのは!!」
記憶喪失で沈んでいたかと思えば、少女は突如烈火の如く怒り出した。
どうやらこっちが素らしい。というか、
「誤解だ、それは。そもそもお前はゴミ箱に突っ込んでて――」
「だからって顔にまでかける奴があるか! 目に染みたわ痴れ者が!!」
「カナタ様、それは私もどうかと思います」
「うっ……」
コレットにまで責められ俺が弁明に窮していると、大きな腹の音が会話を遮った。それは当然プレイヤーである俺のものではなく、反応を見る限りその巫女服の少女のものらしい。
「……まあ、いい。いったん許してやるから、わらわのいうことを聞け」
「はぁ? いや何勝手に」
突然の要求に困惑を深める俺に、巫女服少女はぐっと顔を近づけて言う。
「――
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