Chapter.1 少女と龍と非日常

Ep.3 ゴミ捨て場での邂逅

 2027 7/1 17:00

 Under Brain運営本部 B2階

 プライマリーエリア




 一人の男が、部屋に入った。

 その背後でスライド式のドアが音もなく閉まる。


 スーツを着た男は真っ直ぐに、正面に続く一本の細い「橋」を歩いていく。

 それ以外に足場はなく、落下防止の柵もない。


 目の前の「それ」へと続く、完全な架け橋だ。

 男は臆することなく進み、巨大な「それ」を数秒、感慨深げに見上げる。


「来てあげたよ、“神様”」


 男は一人そう呟き、一歩前に進んだ。

 そこにぽつんと設置されたタッチパネルに、指先で触れる。


[“指紋認証 完了”]


 機会音声が淡白に告げる。


[“パスワードをどうぞ”]


 それから男は迷うことなく、パネル上のキーボードを操作した。ものの数秒で16桁のパスワードが入力され、タッチパネルの画面は次のフェイズへと移行する。


 そこに表示されたのは、次の一文だった。



[PROJECT『Re:』PHASE1 PERMISSION]

 

 

 何の説明もないその英文に、男は少し微笑んだ。

 数秒遅れて表示されたのは、「Yes」と「No」の二つのボタン。


 男は一瞬躊躇いを見せたが、すぐに「Yes」の方へ指を動かした。

 彼のアクションをコンピュータは素早く処理し、十数秒のロードのあと、今度は次の文章を矢継ぎ早に表示していく。


 

[PERMISSION PHASE COMPLETED]


[PROJECT『Re:』PHASE1 STRAT]


[Programmatic Modification Character No.01――]


[――“Hirume” Populate]


 

 それらの文に目を通して、男はタッチパネルを閉じた。

 

 すると、部屋の一面に張り巡らされた青い光のラインが一斉に点灯し、真っ暗だった一室の壁面にいくつものディスプレイが出現した。それらに表示されているのは、【Under Brain】世界の「現在」だ。


 ランダムに切り取られた世界の光景。

 それらを軽く見渡し、男はやがて背を向けて去っていった。


 

 

 その中の一つには、黒い狐面の少年の姿も映っていた。


 

 



       ◇◇◇






「よし、これで通報完了……と」


 ディスプレイを操作し、先程の戦闘記録を証明用に添付してDプレイヤー『ヒミヤ』の運営への通報を完了させた。記録ならサーバー上に一応残ってはいるはずだが、報告まではこちらから行わなければいけない。


 ちなみに、あの関西弁のDプレイヤーは既に尻尾を巻いて逃げている。

 

 大方どこかでこっそりログアウトしているのだろうが、もう遅い。《ディスオーダー》の使用が運営に認知された以上、アンブレには金輪際ログインできないどころか、場合によってはそれ相応の罰則ペナルティが課されることだろう。


 奴らのことを気の毒だとは、微塵も思わない。

 自分の意志で悪事に加担したのだ。自業自得という他ないだろう。


「とりあえず、これで厄介者は一人減ったな……」

「……あ、あのっ!」

「ん?」


 ひと仕事終えた気分でいた俺に、どこからか声が掛かった。

 振り向いた先に立っていたのは、狼耳のアバターの少年だ。


「君はたしか、さっきあいつと闘ってた……」

「はいそうです! おれ、『ユーガ』っていうんですけど……さっきの闘い、陰からずっと観てました!!」

「ああ、そう……?」

「本当に、ほんっっっとにありがとうございました!!」


 いきなり元気よく頭を下げた彼の言動に、一瞬思考が止まる。

 

 ありがとうございましたって……何が?

 彼が俺に礼を言うのは、全く持って筋違いなのでは?


「いや……あのな、俺は俺のためにやっただけで、別に君の――」

「あ、それはわかってます!」

(わかってんのかよ)


 作り物の尻尾を振ってハキハキと話す少年の姿は、狼というかむしろ育ちのいい柴犬のようだった。筋違いな理論だとは感じつつ、やや興奮気味の彼にひとまずは話の先を促す。

 

「わかった上で、感謝したいんです! おれが、純正プレイヤーおれたちが間違ってなかったんだって、証明してもらえたような気がしたので!」


 その純粋な眼差しに、俺は少し救われた気がした。

 俺の身勝手な行いが、少なくとも彼にとってはそう映っていたのだから。


 いくら《ディスオーダー》が濫用され、ユーザーの認識が改められようと、正しいのは俺たち純正プレイヤーなのだ。それを念頭に置いて、俺もここまで一人で闘ってきたはずだ。


「……そう、だな。それを証明するために、俺も闘ってる」

「やっぱそうですよね! おれ、さっきので感動しちゃったっすもん! チート武器チート能力云々じゃなくって、ああいうアツいギリギリの駆け引きのある闘いこそがアンブレのあるべき姿なんですよ!」

「わかる」

「っすよね! あそうだ、よかったらフレンド申請してもいいですか!?」

「ああ、勿論。待ってろ、今ID出すから……」

「はい!!」

 

 俺のユーザーIDをユーガが読み取り、ユーガの出したフレンド申請を俺がその場で認証する。方法自体はどちからといえばアナログだが、こういうのもプレイヤー同士がふれ合うゲームの醍醐味だったりすると俺は思う。


「よろしくお願いします! 『カナタ』先輩!」

「ああ。何か困ったことがあったら呼んでいいぞ。行けたら行くから」

「はい! 来れたら来てください!」

 

 淡白なやり取りだけ交わして、俺は他の用事のためにその場を離れることにした。

 

 


      ◇◇◇




 狐面を被って去っていったプレイヤーの背中。

 それを、狼耳の少年は羨望の眼差しで見つめていた。


「かっけぇなぁ……Dプレイヤーとあんな風に渡り合えるなんて……!」


 先程の彼の戦闘は、少年に鮮烈な印象を残していた。

 未だ興奮冷めやらぬまま、フレンド欄に彼の名を見つける。


PNプレイヤーネームが『カナタ』で、【通り名】が『Executer』なのか……」

 

 PvPランキング50位以内の者にのみ名乗ることが許される称号――【通り名】。当然のように50位以内に入っていることが判明した『カナタ』の天才ぶりに驚嘆しつつも、狼耳の少年は彼の世界ランクの表示に目をやり――


 

(え……世界ランク19――!?)


 

 その表記に、少年は目を疑った。

 



      ◇◇◇




 それからしばらくして、俺はまたあのビル街に戻っていた。

 実を言うとここは、アンブレでの俺の故郷のような場所だ。


 カルキノス連邦領北部、第13廃棄地区。

 【Under Brain】世界に存在する十二の国家のうちのひとつ、《カルキノス連邦》の政府が管理を放棄した地帯――という《設定》になっている。何かと鬱陶しい政府のNPCがいない分自由に行動できるが、治安の悪い奴らの温床でもあるため、ある程度の装備と心構えは必須といったところだ。


 廃れたシャッター街、寂れた雑貨店。

 乗り捨てられたバイク、割られた街灯、怪しい情報屋。


 世紀末風のアポカリプスな雰囲気を内包したこの場所が、俺は好きだ。


「おいあんた、ちょっと見てかねぇか? いい武器ソティラスが揃ってるぜ!」


 道中、《ジャンク屋 フルメタル》と看板のある店主の男が話しかけてきたが、断っておいた。ああいう店に入って知らず知らずのうちに衝動買いしまくっていた経験は、挙げ出したらキリがない。


(さっさと茶店行って報告済ませるか……)


 誘惑に負けてしまっては元も子もない。

 先を急ごうと少し早足気味になった、そのときだった。


 

 視界の端に、一瞬、なにか白い影のようなものが映った。


 

 それは見事に路地裏のゴミ箱にゴールインし、辺りに不吉な音色を響かせた。一緒にいた積んであったゴミ袋が散乱し、中身を漁っていたカラスたちが一斉に飛び立っていく。


「……?」

 

 不気味に思えるワンシーンに遭遇し、見なかったことにしてこのまま立ち去ろう、という考えが真っ先に思いつく。しかし、その反面なかなか足は思うように動かなかった。というのも……


 落ちてきた影が、人の形をしているように見えたからだ。


「い、いたい……」

 

 聞き間違い……ではない。

 今たしかに、ゴミ箱の中から声がした。


 ここまで来て無視はないだろ、と心の声が言う。


「っ……くさい……」

(だろうな……)


 落下した先がゴミ箱だなんて、不運にも程がある。

 

 そもそもなぜ、どこからこの人(?)は落ちてきたのかという疑問はあったが、罪悪感が募っていく前に俺は思い切って行動を起こした。


 ゴミ箱から白い物体X(仮称)を力づくで引っ張り上げる。

 幸い大した重さはなかったが、周囲の強烈な悪臭が容赦無く鼻腔を突き刺した。何もこんなところまで忠実に作らなくても、とアンブレ開発陣の技術力を軽く恨む。


 なんとか引っ張り出したそれを、路地の奥に横たえてみる。


 

 

 それはどうやら、白い髪の少女のようだった。


 

 

(なんだこの格好……巫女服か……?)


 十代半ばくらいと思しきその小柄な少女が身に纏っていたのは、この辺りでは見かけない紅白色の巫女服だった。下半分の緋袴はミニスカート風にアレンジが加えられており、和の装いそのまま、という感じはさほどしない。


「でもとりあえず、この臭いはダメだな……」


 この少女の身体にも、ゴミ捨て場の悪臭がこびりついている。

 服を観察している場合では全然なかった。

 

 ディスプレイから適当に所持品を漁り、しばらくしてファ◯リーズっぽい消臭スプレーを《再現》する。人にかけていいものかどうかは正直分からないが、このゲボみたいな臭いよりかはマシだろうということで、少女の全身に満遍なく吹きかけた。


「よし」


 よし、と言ってみたはいいものの、これからどうするか。

 プレイヤーかNPCかもわからないこの少女を俺がどうこうしていいものなのか、と純粋な疑問が湧いてくる。ここに置いておくわけにもいかないし、かといってどこか預けるアテがあるかと言われれば……


「――!?」

 

 上空にただならぬ気配を感じて、滞った思考を打ち切った。

 見上げた空に飛んでいたのは、三匹の《怪鳥》だった。


「ノーブレイン……こんなときに――!」


 アンブレ世界で人類に仇を成す、機械生命体――《ノーブレイン》。

 

 そのうちの一種、《怪鳥》と呼ばれるタイプがこちらを狙っていた。両翼に装備された小銃の銃口は、あろうことかこちらに向けられている。威力は低いが、つきまとわれたら面倒だ。


 それに、今は何より――


(こいつを、ここに置いておくわけには……)


 気絶状態のまま置き去りにするというのは、あまりにも酷だ。

 俺はすぐさま少女を抱えて、細い路地を駆け出した。


 敵の追跡を逃れるべく疾走しながら、《戦闘体》に換装してハンドガンで応戦する。人ひとり抱えながらでの命中精度は目も当てられないが、致し方ない。今は牽制できれば十分だ。


「クッソ、しつこいんだよ……!」


 奴らはたしかに人間を狙う。だが、これほどの執着は少し異常に思えた。まるで、俺たち――いや、この少女をはじめから狙っていたかのような……

 

 そう勘ぐるのも束の間、狭い路地を抜け、《怪鳥》どもは次第に低空飛行に入る。シールドを張って背中を防御するので今は手一杯だ。このままではやられる――そう思ったその瞬間とき、けたたましい銃声が背後で鳴り響いた。


 

「……ご無事ですか。カナタ様」


 

 至近距離で銃弾が炸裂し、鉄塊がその場に墜落する。

 散弾銃ショットガンで《怪鳥》を撃墜し颯爽と登場したのは、翡翠色の髪にメイド服姿をした少女だった。


「コレット! お前、何でここに――」


 少女の名はコレット。

 俺が今さっき訪れようとしていた喫茶店の、ウェイトレスの一人だ。今は訳あって、自衛用のショットガンを持ち出してきているといったところだろう。窮地を救ってもらったのは有り難い、が……

 

「店はいいのかよ?」

「お店なら今は閑古鳥が鳴いておりますので大丈夫です。それよりもカナタ様、貴方はその方を連れて離脱を。ここは私が引き受けますので」

「……そうだな。任せた」


 ああ見えて、銃を手にしたコレットは強い。この場は彼女に任せ、俺はこの巫女服の少女とともに安全な場所へと避難することにした。といってもまあ、避難場所なんて最初から限られているのだが。


(――! 見えてきた、あれだ……)


 だいぶ遠回りになってしまったが、目的地が近づいてきた。

 退廃的なビルの地下にひっそりと店を構える隠れ家カフェ。

 

 Cafe&Diner『ENZIANエンツィアン』。


 アンブレにおける、俺の拠点だ。




 

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