Ep.2 代理執行

 半球状のフィールドが形成され、両者はその中に閉じ込められる。

 AI音声が戦闘開始を宣言し、ややあって先攻したのはヒミヤだった。


「――フッ!!」


 紫の燐光を放つブレードを手に、ヒミヤは突貫する。

 それも、初速にしては異様な速さで。


「墜ちろや、カスが!!」


 瞬時に狐面の少年のもとへ距離を詰め、右斜め上に斬り上げ。 少年は咄嗟に生成した半透明のシールドで一先ず防御を試みた。


 身を退いて回避、そのまま流れるように敵に銃口を向ける。

 少年の大型拳銃が、蒼いエネルギー弾を放つ。


(当たらない……予想よりも疾速はやいな……)


 一発、二発、三発。

 少年の撃ち込む弾丸は、相手の高速機動を前に悉く回避される。


(これが【Overtakerオーバーテイカー】……加速の《ディスオーダー》か)


 狐面の少年は冷静に、戦闘前に得ていた情報と照らし合わせる。


 ヒミヤの身体は紫色の炎に包まれ、フィールド内を所狭しと縦横無尽に駆け回っている。それは魔法じみた瞬間移動テレポーテーションの類ではなく、どちらかといえば単純な移動速度――機動力の問題だった。

 

 シンプルに、速いのだ。

 着弾のタイミングには、相手はそこにいない。


「おいおい、どないした? ほら当ててみいや、ええ!?」


 持ち前の速さで翻弄したヒミヤは、直線軌道で少年に肉迫する。


「これが《ディスオーダー》の力……俺たちに『夢』を見せてくれる力や! オマエらみたいな逆張りオタクの玄人風装備とは、性能モノがまるっきり違うねん!!」


 再びヒミヤが斬りかかり、今度は銃身での防御を余儀なくされる。

 流石に《ディスオーダー》を使用する相手だけあり、身体能力の出力差が押し合いによって顕著に表れた。銃身下部、ガード用に追加された装甲は容易く断ち切られ、本体にダメージが入る。


「……」

 

 損傷した左のハンドガンを一瞥し、少年は迷うことなくサブスロットの《高周波ブレード》に持ち替えた。ヒミヤの連撃をいなすように片手で剣戟を演じながら、右のハンドガンによる銃撃を巧みに織り交ぜる。


 後退気味で劣勢なのは変わらないが、狐面の少年は次第に、


(よし……大体読めてきたな)


 ヒミヤの速度、連撃、体捌きに順応していた。

 先読みで撃った一発が、ヒミヤの左手首に命中する。


(――ッ!? コイツ、もう当ててくるようになってきよった!?)


 攻撃の手数、フェイントの入れ方、現時点での最高速度。

 狐面の奥の瞳が相手の動きの癖やパターンを観察し、より的確な判断への材料に変換する。

 

 少年は純正プレイヤーでありながら、Dプレイヤーであるヒミヤとの実力差――もとい性能差――を自身の実戦経験と判断力で補っていた。ぽっと出のカジュアルチーターである彼とは、踏んできた場数が違うのだ。


「足が止まってきたな。ガス欠か?」

「ああ!?」

「その能力、一回の発動で相当アルケー食うだろうしな。軽量のブレードしか使わないのも、どうせそのため――」

「調子乗ってごちゃごちゃと……うっさい――ねんッ!!」

 

 激昂したヒミヤは再度前傾し、加速モーションをとった。

 無駄なフェイントを省いた、ブレードによる最大速度の刺突。


 一方の少年は余裕を持ってシールドを展開、真っ向から受け止める。

 

「……ヤケクソか?」

「ちゃうわ、味噌っかすが。よう見とけや」


 シールドにせき止められた剣先。

 それが少しづつ、推力を増していく。


(――《スラスター》モジュール、起動オン!!)


 身に纏う紫炎が背に収束し、巨大な推進力ブースターとなる。

 少年のシールドが破られるのは、それとほぼ同時であった。


「雑魚は雑魚らしく、身の程弁えて――散れや!!」

 

 砕け散った防壁をすり抜けたヒミヤの剣が少年に迫り、その左肩に突き刺さる。そのまま肩から左腕を斬り払われるが、臆することなく少年は銃弾を連続で地面に撃ち込み、土煙を利用して敵の間合いを逃れた。


 厚く立ち込める砂塵が、両者の視界を一時的に奪う。


「チッ……時間稼ぎのつもりかいな」


 土煙を斬り払い、ヒミヤは目元を歪めた。

 

 今自分の闘っている相手は、少なくとも無策で突っ込んでくるような馬鹿ではない。この機に乗じて、どこかで体勢を立て直しているはず、と踏んだ彼は焦らずに視界の回復を待った。ハイレベルな死闘の合間に、しばしの静寂が訪れる。



 

(残弾は三発……Arcアルケー値も活動限界ギリギリか)


 他方、フィールドに転がった残骸の陰に潜んでいた少年は、左肩を押さえながら色濃く迫る敗北の危機を自覚していた。損傷した左肩からは当然、赤色の《アルケー》が絶えず流出している。エネルギーパック式の大型ハンドガンも、次弾装填までの残弾は残り僅か。


 しかし、勝利の望みを捨てるには、まだ早かった。


(でもこれなら……“あれ”を使うまでだな)


 ここにきて少年は初めて、その仮面の奥で笑みを浮かべていた。


 


 


「作戦は決まったんかぁ〜? もうそろそろ時間切れやで〜!」


 ブレードを肩に担ぎ、ヒミヤは悠々とフィールドを歩く。

 やがて、物陰から姿を現した少年と鉢合わせるまで。

 

(丸腰……やないな。まあ、どちらにしろ――)


 真っ直ぐ自分に銃を向ける少年。

 シールドは張ってあるが、彼にもう接近戦を凌ぎ切るだけの手段はない。


「これで、決めんで」


 距離さえ詰めれば、それですべてが決まる。

 ふっと息を吐いたヒミヤは全力で地面を蹴り飛ばし、直進した。距離にして約十メートル、搦め手は今更必要ない。少年の銃弾をやり過ごせば彼の勝ち、という至極単純な局面である。


 一発。

 放たれた銃弾は、加速するヒミヤの頬を掠める。


 二発。

 音速の光弾を、鋼のブレードが弾く。


 最高速度に到達し、ヒミヤは全身を使って突貫の姿勢を取る。

 

 三発――


(――撃つ前に、斬る!!)


 少年の眼前に、既にヒミヤは迫っていた。

 向けられた銃口に怯まない相手を前に、少年は逡巡し、


(……今だ)


 

 引き金から、


 

 流れるように銃を横に構え、あろうことか敵に正面から突っ込んでいく。負傷した左半身を覆い隠すようにシールドを集中させ、辛うじて弱点をカバーしながら。


(なんや、ヤケクソなんは……オマエやないか!!)


 直進したヒミヤの剣先が、シールドを貫く。

 そのまま少年の身体をも貫くかに見えた、その瞬間ときだった。


 少年は右前に大きく全身を捻り、さらにヒミヤに接近した。

 行き場を失った紫炎のブレードが、虚空を突く。


 そして――




「――《ベイオウルフ》、カッターモジュール起動オン


 


 ハンドガンの下部が自動変形し、青白い光の刃――“銃剣”を出現させる。零距離射撃を警戒したヒミヤは反射的に胸部にシールドを張っていたが、少年の狙いはそこではなかった。


 無防備なヒミヤのくびに、刃が滑り込む。


 

 すれ違いざまのカウンターが、ヒミヤの頚椎を深く切り裂いた。


 

「…………あ?」

 

 両者が完全にすれ違う。

 少年は銃剣を振り切り、ヒミヤは混乱でよろめいた。


 まもなくヒミヤの頸から、赤色の粒子が吹き出す。



 

[プレイヤー2、戦闘継続の不能を確認]

 

[決闘者両名の武装解除シャットダウンを行います]

 


 

[只今のPvPデュエルの勝者は――プレイヤー1、カナタ]


 

 

 AI音声が、淡白に結果だけを告げる。

 両者の《戦闘体》が解除され、ヒミヤはその場にへたり込んだ。


「は……? なんや……今のは……」


 動揺を隠しもせず、彼はただ茫然と言葉を吐く。


「ありえへん……負けたんか……? Dプレイヤーの、俺が……?」


 ひどく瞳を揺らしており、その声色に覇気はない。

 意気消沈したヒミヤに、少年が歩み寄る。


「そうだ。お前の負けだ、ヒミヤ」


 平坦な口調で、少年は敗者に語りかける。

 奇しくもそれは、先程のヒミヤと同じ立ち位置だった。


「最後に、いい夢は見れたか? 成金野郎」


 冷徹にそう言い放ち、少年は戦闘記録の保存を確認する。

 やがてヒミヤは面を上げながら、独り言のように呟いた。


「なんやねん、お前……」

「あ?」

「何者なんや、オマエは! どう考えてもありえへんやろ、こんなこと!!」


 声を張り上げて、ヒミヤは精一杯反駁する。

 少年は狐面越しにそれを見下ろして、


「そうだな、俺は……」


 ついにその狐面を外し、こう言い放った。



 

「俺は【Executorエグゼキューター】。

 お前らDプレイヤーを、運営の代わりに始末している者だ」


 



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