Ep.1 初心者狩り

「ほな、これで終いやな」


 刃に乗った紫の斬閃が、流麗な半円を描く。

 果たしてその斬撃は、男の宣言通りに相手の頸を捉えていた。


「がはっ――!?」


 死角からの攻撃に反応できなかったのは、狼耳のアバターの少年だった。

 

 男の振るったブレードで成す術なく急所を切り裂かれ、ダメージ箇所から血液の代わりに、アバターを流れるエネルギーである大量の《アルケー》が漏出する。溢れ出た赤色の粒子が、警告と言わんばかりに彼の《戦闘体》の限界を示していた。


 二名のプレイヤーによる『決闘』が、終わったのだ。




[プレイヤー1、戦闘継続の不能を確認]

 

[両名の武装解除シャットダウンを行います]



 

 AIによる音声ガイダンスが、無慈悲に戦闘の終了を宣言する。

 両者の手にした武装――《ソティラス》の解除に伴い、アバターも決闘用に構築された《戦闘体》から《行動体》へと自動で移行していく。




[只今のPvPデュエルの勝者は――プレイヤー2、ヒミヤ]




 最後に勝者のプレイヤーネームが発表され、『決闘』は幕を下ろした。

 勝者である金髪の長身痩躯の男『ヒミヤ』は、首の後ろで結んだ長髪を風になびかせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ポイントご馳走さん。久々にええ雑魚狩りできたわ」


 目の前に出現したディスプレイでPvPポイントの増加を確認し、ヒミヤは自身の下した狼耳の少年を悠々と見下ろした。紛れもなく、彼はこの勝負の勝者だ。こうして敗者を見下すこと自体は、特に咎められるような行為ではない。


 だが、この勝負に至っては、少し事情が異なっていた。


「ふざ、けるなよ……」

「あ?」

「――何が『ディスオーダーは使わない』だ! おれは真面目に《決闘デュエル》がしたかったから受け入れたのに、アンタは……まんまと裏切りやがって!! こんな結果、おれは認められない!!」


 少年はヒミヤの襟元を強く掴み、鋭い目つきでまくし立てる。

 内容は言うまでもなく、彼の犯した不正のことだ。


 ヒミヤはDプレイヤーでありながら、純正プレイヤーである少年に「自身も非Dプレイヤーである」と事前に信じ込ませた上でPvPデュエルの対戦を持ちかけたのだ。《ディスオーダー》は戦闘時にしかその効果を発現しないため、戦闘前に使用の有無を識別する手段は存在しない。ヒミヤはそこにつけこんだのだ。


「謝れよ! お前らみたいなチーターが許されると思うな!!」


 黙り込む無法者に少年は厳しく詰め寄り、非難の声を浴びせ掛ける。

 そしてややあってヒミヤは顔を上げ、



 

「――黙れや」



 

 少年の腹に、強烈な拳による一突きを食らわせた。

 

五月蝿うるさいねん、いちいち。雑魚がエラソーに」


 見事なまでの腹パンを食らった少年はうずくまり、震えながら下腹部を押さえる。安全性を重視した《戦闘体》ならばともかく、フィールド探索用の《行動体》には痛覚遮断は適用されない。現実でくらう程ではないにせよ、激しい痛みと衝撃が少年の体を襲った。


「うっ……ぐ……っ」

「ていうか君、純粋すぎるやろ。そんなんで『ダマサれたー』言われても、むしろこっちが困るわ。今やプレイヤーの60パーが《ディスオーダー》使いやっちゅうのに、さすがに警戒心足りてへんやろ。あれか? 実験用のマウスかなんかか、オマエは。お?」

「違う……悪いのは、アンタら――」

「はいはいわかったって。そこまで言うなら、通報でもなんでもしてみぃや」


 舐め腐った態度で、ヒミヤはあろうことか少年に自身の不正行為の通報を促した。少年は彼の真意を図りかねつつも、痛みをこらえてディスプレイを起動し、運営への提出用に保存されているはずの戦闘記録ログを探し始める。


 しかし、


「あれ……なんで、データが……」


 いくら探しても、先程の戦闘記録は表示されなかった。

 焦りを見せる少年の姿を見ていたヒミヤは、堪えきれず噴き出す。


「いやいやいや……君、マジでそんなことも知らんの?」

「え……」

「俺は《ディスオーダー》使いやねんで? Dプレイヤーが勝った試合のデータはな、どこにも残らへんねん」


 まったく悪びれる様子もなく、ヒミヤはまるで手品の種明かしでもするかのように少年に説明する。敗者側からの通報の不可能性――それが、《ディスオーダー》の問題を深刻化させている要因の一つだ。


《ディスオーダー》は《戦闘体》の能力を違法に向上させるだけでなく、PvPデュエルにて勝利した場合のみ、その使用の痕跡を抹消する役割も兼ねたツールなのだ。証拠が残らないが故にプレイヤーからの検挙は極めて難しく、運営による立件も相当の労力を要する。


 Dプレイヤーを検挙するためには、彼らに勝たなくてはならない――言葉にすれば単純だが、《ディスオーダー》の使用を厭う純正プレイヤーにとってそれは至難の業だ。


「不平を嘆くのは勝手やけど、俺を許せへんのやったら勝ってから通報でもなんでもせえや。……あ、でも君までDプレイヤーになったら勝負は受けへんで」


 最後の最後までカスのような発言を繰り返しながら、ヒミヤは少年に背中を向けてその場を立ち去ろうとする。少年は声を張り上げて静止しようとするが、彼はもう既に聞く耳を立てていなかった。


 そう、その少年の声には。




「――待て」




 聞き慣れぬ別の声に呼び止められ、ヒミヤは足を停めた。


「あ? なんやねん……誰や?」


 鬱陶しげに振り返るヒミヤ。

 その視線の先に立っていたのは、黒い狐の面を被った別の少年だった。


 日本古来のデザインを踏襲しつつ、どこか近未来的なテイストを取り入れたその狐の面には、視界確保用とおぼしきスリットが三本対で入っている。少年のくぐもった息遣いが、仮面越しに微かに漏れていた。


「マジで誰や、君。全身黒に黒の面て……葬式でも行ってたんか?」


 眉をひそめつつ、彼はなおも横柄な態度を続ける。

 しかし仮面の少年は気に留めることなく、続けた。


「お前、『加速』能力持ちDプレイヤーの『ヒミヤ』だな?」

「ん? まあ、せやけど……」

「そうか、」

「何? 君、もしかして俺のファンなん?」

「……悪いが、真逆だ」

 

 少年は一歩前に踏み込む。

 そして淡々と、その要件だけを言い放った。




「俺とPvPデュエルで闘え、ヒミヤ。俺は勿論、《ディスオーダー》は使わない。……その代わり、もし俺が勝ったら、お前を《ディスオーダー》使用の件で運営に通報させてもらう」


 

 

 その場にいたヒミヤと狼耳の少年が、揃って目を見開いた。

 決闘の申し込み――それも、先程ヒミヤが提示した条件そのままである。


「《ディスオーダー》なしって、それって……」

「ハッ……アホなんか、君」


 少し動揺を見せつつも、ヒミヤは鼻で笑い飛ばした。


「そんな口約束……いくらでも破れるやろ。それにその勝負、俺に旨味うまみがないやん」

 

 下らん下らん、と少年の言葉を唾棄してみせる。

 そんなヒミヤの返答に、少年は小さく「わかった」と呟いた。




「アルケーシステム、アクティベート。――【武装構築コンストラクション】」



 

 その宣言の直後、少年の体を眩い燐光が包み込む。

 瞬く間に彼のアバターは音声認識により《戦闘体》への移行を完了し、主武装である《ソティラス》を構築、『再現』した。彼の両手には比較的大型サイズのハンドガンが二挺、握られている。


「これで証明は十分か?」


 大型拳銃を肩に担ぎ、少年は《ディスオーダー》の使用を否定してみせた。《ディスオーダー》は《戦闘体》への移行のタイミングで適用されるため、これ以降の発動はシステム上不可能だ。


「それと、お前が勝ったら俺は、全財産3822万AXIAアクシアを譲渡する」

「――!? 君……それ、マジで本気なん?」

「こうでもしないと、お前は乗ってくれないだろ?」


 アンブレ内での貨幣、《AXIAアクシア》の全額譲渡……それも、いちプレイヤーが持つには相当な金額。ヒミヤの仮初の脳内で物欲と危機管理能力がせめぎ合い、数秒の躊躇が生まれた。「賭け」を含んだ決闘としては――負ければ彼のアンブレ人生すべてが瓦解することを除けば――言うまでもなくこれ以上ない好条件だ。


 勝ちさえすればいい。それに、チーターの自分が負ける訳がない。

 そんな確信を表情に滲ませ、ヒミヤは笑った。


「ええで。その決闘受けたる」

 

 そう言って彼は右手を突き出すと、


 


「アルケーシステム、アクティベート! 【虚装構築ディストラクション】!」


 


 ヒミヤは《ディスオーダー》専用の口上を宣言すると、右手に鋭利なブレードを再現した。不正ツールによる強化を意味する紫の粒子が炎の如く彼の体からたなびき、戦闘準備が完了する。



 

[プレイヤー1、『カナタ』。プレイヤー2、『ヒミヤ』]

 

[参加者両名の戦闘体換装を確認]


[PvPデュエル成立。デュエルフィールドを展開します]



 

 音声ガイダンスが決闘の成立を宣言し、両者を中心とした半球状のバリアが荒野に広がっていく。戦闘区域外へ強制的に転移させられた狼耳の少年は、睨み合う彼らの方へと再び体を向けた。




[戦闘開始]




 闘いの火蓋が今、切って落とされた。

 


 

 

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