第4話
結納の日が決まると、亜矢の気持ちはたしかになってきた。
圭太への後ろめたさや、見合いから二ヶ月目に式を挙げるという成り行きの早さに対する不安も、霧が晴れるようになくなっていった。
母の意気込みに押された、ともいえる。
亜矢の決心に実際涙を流して喜んだ母は、式当日までのもろもろを、ほとんど一人で采配した。その実行力に、亜矢はただ舌を巻き、感心するばかりだった。
亜矢は母に感謝した。式当日までを、貨車に乗せられていくように過ごせることは、何より亜矢の躊躇や不安を消し去ってくれた。亜矢はただぼんやりと、桃の節句に飾られる雛人形のように、雛壇に坐ることを待てばいいのだから。
そして飯島は、亜矢親子の期待以上に、素晴らしい新郎だった。亜矢に会いに来る日は、黄色い薔薇の花を忘れなかった。母にも必ず、小さなプレゼントがあった。
三十七にして、亜矢は、はじめて有頂天とはどんなものなのかを知った。
雲の上を歩くのは、こんな気持ちがするかもしれない。
ところが。
結納を済ませ、式を二週間後に控えた、その年いちばんの暑さになった午後のことだ。
式の準備のため仕事の休みを取った亜矢が、客間で雑誌をめくっているときだった。
いつになくしょんぼりと、母が行きつけの美容院から戻ってきた。
亜矢が母の異変に気づいたのは、亜矢の隣の座布団に坐り、大きなため息をついたときだった。
「今日ね、ユリさんの帰りに、川喜多さんに会ったんだけど」
ユリというのが母の行きつけの美容院で、川喜多というのは、母の友人だ。母は川喜多夫人と、駅前に出来たばかりのカフェでお茶を飲んだ。そしてある人物を紹介されたらしいのだが、その人物が、母にある忠告をしたという。
「飯島さんとは、結婚しないほうがいいっていうの」
ぽそりと母は呟き、もう一度ため息をついた。
「その人にはね、飯島さんが嘘をついてるって、わかるらしいの」
「どうして? どうしてそんなことがわかるの? その人、彼の知り合いなの?」
今度は、亜矢がため息をついた。
「――占い師なのね」
迷える子羊は、私だけじゃない。母もそうだったのだ……。
観音様のときは、母は大船駅のホームで声をかけられている。そして今回は、川喜多夫人の紹介というわけか。
川喜多夫人が紹介した人物が言うには、飯島には世間に隠している、内縁の妻がいるずいぶん長い、相当長い付き合いで、子供もいるようだという。
「……調べてもらうわ。今ならまだ間に合う」
長い沈黙のあと言った母に、亜矢は異を唱えることはできなかった。
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