アスとリューク



「そんな......私の気配感知には全く反応が無かったよ?」


「アスさんは常に気配感知を使っているのですか?」


「ううん、ショウヤが居ないから一応ね」


 アスとヴィラの話にリュークはその理由を答える。


「アスが気配感知を使える事は知っていたからな! 結界を張って気配を消していたのさ!」


「結界? そんな事まで出来るようになったの?リューク」


「ああ、俺はハーベの恩恵を受け、使徒とは違う新たなる力を授かったんだ。結界もそれによるスキルさ」


「ハーベの恩恵? 異世界の召喚者でなくてもそんな事できるの?」


「どうやら適正が有ればできるようだな! 俺にはその適正が有ったと言うわけだ!」


「本格的にバルハーラ族は、マリーザ様を裏切る事になったのね......」


 悲しい気持ちを押さえきれず、アスの目からは涙がこぼれ落ちる。


「何も悲しむ事なんか無いんだ! 一緒に部族に帰ろうアス!」


「女神の使徒である私が、帰れるはずなんて無いでしょ!?」


「俺はバルハーラ族の中で今や一番、力と権力を持っているんだ! その俺が妻になる女に手出しなんてさせるはず無いだろ?」


「そう言う問題じゃないのよリューク! 私の気持ちはどうなるって言うの!?」


 私の気持ち、そう聞いてリュークは少し悩む素振りをした後、以前から勝手に彼が認識していた見解について語り始める。


「俺と結婚するって約束をしたじゃないかアス! 俺はあれからもずっと、お前の事を思い続けていたんだぞ! まさか、もう俺の事は好きじゃないとか言うつもりじゃないよな?」


 リュークの勝手な言い様に、アスは全力で否定する。


「何を勝手に決めているの! 私がいつあなたと結婚するなんて約束したのよ! 私はあなたと結婚するなんて約束した覚えなんて一切無いわ!」


「俺がお前の事を一生守るって言ったら、お前は了承したじゃないか!」


「そんな強引な話なんて無いわ! どうしたらそれで結婚を申し込まれたなんて思うのよ!? それに一生だなんて言って無かったはずだよ?」


「俺はそう言ったつもりだ! 守るって言う事はそう言う事だろ?アス」


 リュークがあの時言ったのは、"一生"ではなく"ずっと"だったのだが、そんなニュアンスの違いなどどうでも良い事であり、彼にとって重要なのは守ると言う部分であった。


「全然お話になんてならないわね。とにかく私は、あなたと結婚なんてする気は最初から無かったのよ。ごめんねリューク、もっと早くにちゃんと言っていれば良かったよね?」


 アスとしても、リュークの気持ちに気づいていなかったわけではない。彼が周囲の者に対し、そのような事を吹聴して回っていたのも知っていた事である。


 いくら相手の勝手な思い込みだったとしても、それを知った時点で、好きではないとハッキリ彼に伝えるべきだった。


 心根の優しいアスはそう考え、このストーカー染みた相手に対しても、自分にも責任の一端は有るのではないかと思い、結婚の件を否定すると同時に彼に対し謝罪をしたのである。


 強い口調ではなかったといっても、淡々とそう告げられたリュークは、自身の中の何かが崩壊していくのを感じていた。


 ショックを受け、しばらく呆然としていた彼の表情が変わる。


「お前は俺の物だ! 誰にも渡さないぞ! さあ、俺と一緒に来るんだ!」


 リュークはそう言ってアスの腕を掴み取り、無理やり自分の方に引き寄せようとする。しかし、咄嗟に反応したヴィラが、アスの腕を引き寄せようとする彼の腕を更に掴みとって、目一杯の力を込め締め付ける。


 あまりの痛さに、思わずアスの腕を離してしまうリューク。


「ば、馬鹿な! 子供のクセに何て力なんだ!」


「残念でしたわね。たまたま私が一緒に居たのが運の尽きですわ!」


「お前は一体、何者なんだ!」


「私はヴィラドリアと申します。こう見えて1,023歳のヴァンパイアですわ」


 ヴィラはそう言うと更に力を込め、締め付けられたリュークの腕からは骨が軋む音が響く。


「ぎゃぁっ! は、離せ!」


「アスさん、彼を殺してしまっても構いませんか?」


 ヴィラの目から見ても、リュークは明らかに単なるストーカーである。しかも、アスにハッキリと結婚を否定された事で、彼の心が壊れたという事を、彼女は敏感に感じ取っていたのだ。


 恐らくここで逃がしてしまえぱ、後々、面倒な事になるのは確実であろう。


 そう思ったヴィラは一応、念の為アスに確認をしたのである。


「お願いヴィラ! 彼を殺さないで!」


「アスさんの事ですから、そう言うと思ってましたわ。聞かずに殺してしまえぱ良かったですわね。後々、必ず仇となる事は必定ですが、逃がしてしまってもよろしいのですか?」


「彼は私の従弟でもあり、幼馴染みでもあるのよ? そんな彼が殺されるところを見るなんて、私とても堪えられる自信ないよ」


 アスに懇願されたヴィラはリュークの腕を離す。


 腕を離されたリュークは後退りして、二人から距離を取った上で再び話し始める。


「どうやら骨が折れてしまっているようだな。これでは弓も引けんし、アスが近くに居てはスキルも使う事ができん」


「例えスキルを使ったとしても、私には敵いませんわよ? せっかくのアスさんの温情なのです。早々に立ち去りなさい!」


「くそっ! 俺はお前の事を絶対に諦めないからな! こうなったら本気で大会に優勝して、この俺が樹海の王になってやる!」


 リュークの言い様に、アスとヴィラの二人は更に呆れてしまう。


 彼は権力さえ有れば、彼女の事を自由にできる。そう考えているとしか思えない言い様だったからだ。


 そのまま後ずさって行ったリュークは、二人からある程度の距離を取ったところで踵を返し去っていった。


「ヴィラって本当に強かったんだね? 普段は力を抑えているの? 私の気配感知でもあんなに強いなんてわからなかったよ」


「ええ、今ので最大値の1/3くらいの魔力量ですわね。ショウヤ様と同じで私も自在に魔力量をコントロールして、身体能力を変化させる事もできますわ」


「ハーピークイーンと一緒って事ね?」


「少し前に話してた迷宮の魔物の話ですわね? 微妙に違うところとしては、単純に魔力を隠蔽するだけではなく、身体能力への振り分けも自由だと言う事なのですわ」


「ヴィラが一緒で本当に良かったよ......」


「そうですわね。とにかく、今からショウヤ様の元に向かっても行き違いになる可能性も高いですし、魔王の試合ももうすぐ始まるかも知れません。ここはやはり闘技場の方に帰りましょう」


「うん、その方が安心だしね! そうするよ」


 二人の間でやはり帰ろうと言う決断が出たところで、後方に有った魔法陣が輝きだす。


「あれ? 二人共どうしてここにいるの?」


「ショウヤ!『ショウヤ様!』」


 予想よりもかなり早くに帰って来た翔哉に対し、アスは質問する。


「ダイダラスさんの治療は、もう済んじゃったの?」


「うん、一応、魔王の試合も見たかったしね。急いで行って治してきたよ」


「行き違いにならなくて良かったですわね?」


 ヴィラはそう言い翔哉も同調する。


「そうだね、ちょうどわかりやすい魔法陣の前で鉢合ったから良かったよ」


 ヴィラはアスの方にチラッと視線を向けた後、翔哉に対して両手を広げおねだりをする。


「ショウヤ様、抱っこ!」


「えっ?」


「抱っこして闘技場まで連れて行って欲しいですわ! ご褒美なのです」


「ご褒美?? どう言う事なの?アス」


 彼女ならその理由がわかるだろうと思った翔哉は、アスに聞いてみる事にしたのだ。


「実はたった今リュークに襲われて......ヴィラに守ってもらったのよ。彼女の本当の姿を知っているだけにちょっと嫌だけど、抱っこくらいしてあげてくれる?ショウヤ」


「そう言う事だったんだね。わかったよヴィラ。アスの事を守ってくれてありがとう!」


 礼をすると同時に、彼女の事を抱きかかえるショウヤ。


 若いパパにしては少し大きな娘という事にはなるが、三人は仲の良い家族のようにして闘技場へと向かって行くのであった。

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