翔哉のスーパーヒール



 リュークが属するE4の選手達の中で特に目を引いたのは、やはり巨人族の戦士であった。


 試合開始の合図がかかってすぐに、その巨人戦士は大暴れし、次々と周りの選手達の数を減らして行く。


「楽ができるから、このまま高みの見物といこうか」


 リュークは独り言ちていた。


 見た目がそれほど強そうに見えないリュークを、ターゲットにしてくる選手もたまにいたのだが、彼はそんな連中を軽く蹴散らしていた。


「うぐっ! なんて腕力なんだ!」


 一人の選手がリュークに片手で喉を掴まれ、吊し上げられている。彼の見た目からしたら考えられない腕力だ。


「お前も外周に住む部族の使徒なのか? それだけの強さなのに見ない顔だな」


 一人の選手が彼にそう質問する。


「ふん、そんな事はどうだっていい! 死にたくなかったら、さっさと降参でもする事だな!」


 次第にリュークの強さが認識され、周りの選手達も彼を警戒し始める。


「予選で力を見せるのは、控えようと思っていたが、もう面倒だ!」


 そう言い放ったリュークは両手を大きく広げ、ハーベより与えられたスキルの名を叫ぶ。


「全てを切り裂け! 颱乱空牙!」


 闘技場内に強烈な真空の刃を伴った気流が発生し、場内に居た選手達が次々と切り刻まれて行く。


「私の風属性魔法と似てるわね! あんな強力な魔法いつの間に......」


 アスはそう言ちる。翔哉達も固唾を飲んで、その様子を見守っていた。


 気付けば巨人族の戦士以外の選手は、全員が血塗れとなり闘技場の床に倒れ伏していた。


 唯一立つことが出来ている巨人族の戦士も全身傷だらけであり、明らかに満身創痍の状態になっているように見えた。


 最後の力を振り絞って、リュークに突進して行く巨人戦士。丸太を加工して作られた巨大な棍棒を大きく振り上げ、リュークの脳天めがけて振り下ろす。


「残念だったな! 純粋な力の勝負でも、俺の勝ちだ!」


 片手で難なくそれを受け止めたリュークは、巨人戦士に向かってそう言い放つ。


 リュークが両手に持ち替えそのまま棍棒を横に引き払うと、巨人戦士の巨体は横向きの状態で勢い良く床に叩きつけられた。


 巨人戦士はその時に頭を打ったようで、どうやらそのまま気絶してしまったようである。


 悠然と、選手入場口の方へ向かって歩き始めるリューク。


 誰もピクリとも動かないところを見ると、彼の勝利は確定したようである。


 場内を一瞬の静寂が支配し、進行役からかけられたアナウンスだけが響き渡る。


「勝者、リューク選手です。尚、多数の重傷者が出ている模様なので、一旦、試合の方は休止いたします!」


 進行役の獣人女性からアナウンスがかかると、すぐに大勢の係員達が飛び出していき、重傷の者から応急処置が施されていく。


「アイツ、あんな化物だったのかよ......」


 デーン族の仲間達と共に試合を観戦していたシグルスは、リュークの能力を目の当たりにして、自分がとんでもない相手と戦おうとしていた事を自覚したのだ。


 係員達による負傷者の応急処置と場外への搬送が全て完了すると、試合はすぐに再開されF1のバトルロイヤルが始まる。


 この後、登場する選手で要注意なのは、恐らく魔王バルバトスくらいなものだろう。


 アスの気配感知は表面的に表れている力について知る事ができる為、彼女は全ての選手達が持つ力を把握した上で、一応、翔哉達にも伝えていたのだ。


 正直な話、有力な選手以外の試合は、今の翔哉達にとって観戦するにしても少しダルかったので、五人は魔王の試合が始まるまでの間、場外に出て廃都内を少し散歩する事にした。


「酷いな......まるで野戦病院じゃないか」


「こんな惨状を見てしまったら、もう散歩どころではないにゃね」


「リュークがこんな酷い事をするなんて......」


 メル、ニケ、アスの三人が先ほど運び出されたE4の選手達を間近で見て、あまりの惨状に思わずそう声を上げる。


 巨人族の戦士も部族の仲間により運び出されていたが、彼もまた見た目以上に重傷のようであった。


「あれ? 見たことあると思ったら、あの時の巨人にゃね? 大丈夫なのにゃか?」


 E4の選手として参加していた巨人は、ニケが事情を知らずに文句を言いに行った時に応対した巨人だったのである。


「あの時の娘か。見ての通りかなりの重症だ。止血は済んだが、相当血を失ってしまったようだな。意識を保っているのもやっとなくらいだ」


「そうにゃか...命が有っただけまだ良かったにゃけど、あまり無理はしないようにするにゃよ」


「心配かけて済まぬな娘よ。しかしこれで我らティターン族の戦士でリーグ勝に進む事ができたのは、族長のガイラフ様だけになってしまったな」


「まぁ相手がかなり悪かったにゃね。あまり気にやまない事にゃ」


 そんな会話を二人がしている中、翔哉はアスが居ない事に気がつく。


「おお! 凄い! あれだけの怪我だったのに完全に治ってしまったぞ!」


 突然そう叫び声が上がりその声の方を見ると、そこには再生のスキルを使い献身的に重症者の治療をして回るアスの姿があったのだ。


 しかし、彼女も力を使い過ぎたようで、かなり疲弊しているように窺えた。


 すぐに彼女の元へ駆け寄り声をかける翔哉。


「大丈夫かい?アス。ごめんね気づかなくって! 僕が代わるから、アスは休んでいて!」


「うん、大丈夫だよショウヤ。私の従弟がしでかした事だから、少しでも役に立たなきゃって思ったの」


「気持ちはわかったから、少しやすんでいなよ! 後は僕に任せて!」


 そう言うと翔哉は手始めに、近くに倒れていた外傷の酷い男の腹部に右手を当てた。すると彼の全身に有った深い傷が全て、一瞬のうちに消えてしまったのである。


「どうなってるんだ!? 今度は完治するだけじゃなく、一瞬で治ってしまったぞ!」


 係員の虎の獣人族が、翔哉の起こした奇跡に驚愕してそう叫ぶ。


 翔哉のヒールは一瞬で完治してしまう為、負傷者は100人近くいたにも関わらず、ものの数分で全員の治療は終わってしまった。そして、最後に治療した巨人族の戦士に対して彼は問う。


「僕と対戦したダイダラスさんでしたっけ? 彼は今、何処にいるんですか?」


「既に転移陣を使って野営地に戻っているが?」


 そう聞いた翔哉はアスに対して「ちょっと行ってくるね!」と言って転移陣が有る方へ向かって行く。


「私達も行こう!」


 アスは他の三人にもそう声をかけたが、メルとニケには断られる。


「魔王の試合は気にならないのか? 私は間に合わないと嫌だから残る事にするよ」


「あたいもメルと一緒に残るにゃよ。魔王の試合が見たいにゃからね」


 二人が残ると聞いたヴィラも魔王の試合は気になったのだが、アスを一人で行かせるわけにはいかないと思い、彼女と一緒に翔哉を追いかける事にした。


「あれ? ショウヤ、もう見えなくなっちゃったね」


「本当ですわね。神速までは使っていないでしょうが、ゆっくり歩いて行ったわけではなかったのですね」


 二人がそんな事を言いながら転移陣の前まで着くと、ヴィラはやはり戻る事を提案し始めた。


「恐らくショウヤ様もすぐに戻られるでしょうし、入れ違いになってしまっても困ります。やはりメルさん達の方に戻った方が良いのではないですか?」


「そうかも知れないね。うん、やっぱり戻ろうか」


 アスがメル達のところに戻る事を了承した時、彼女の後ろから声をかける者が現れる。


「アス! やっとアイツと離れたな!」


「リューク!」


 アスに後ろから声をかけたのはリュークであった。


 ずっとアスの事を見張っていた彼は、彼女がショウヤと離れたのを確認すると、ずっと後をつけ声をかけるタイミングを見計らっていたのだ。

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