もう一人の魔王



 登録を終えた翔哉達は、すぐに闘技場の中にある選手専用の、屋内から観覧できる広間に案内されていた。


 既にかなり多くの参加者達が集まっており、受付でもらった札に書かれていた番号を係の人に見せるよう言われたので、それを見せ予選表の組と番号が書かれた用紙に名前が書き込まれる。


 翔哉の番号はD1で、グループがA~Hまであり番号は1~4まである。各グループの同じ番号になった者同士で、バトルロイヤル形式を行い、各番号の勝ち残った者4人でリーグ戦を行う。


 各グループで上位2名が決勝に進み、それに進んだ者16名によりトーナメントが行われるというルールだ。


 結局アス、メル、ニケの三人は、翔哉が出るなら優勝する可能性も無いわけだし、変に作戦を労し出場して怪我でもされる方が心配だと彼に言われた為に、大会参加は見送る事になった。


 そして参加予定の選手全員が出揃ったところで、予選Aグループの1番によるバトルロイヤル形式の戦いがさっそく開始される。


 闘技場は外観同様に綺麗に整備されており、まるで前もって準備が為されていたかのようだった。


 Aグループ1番の選手40名が、闘技場内に入場する。


「皆、強そうな人ばかりだけど、勝ち残れるのはこの中のたった一人なんだよね? この方式だと、いきなり優勝候補がふるい落とされる可能性だって有り得ると思うんだけど......」


 翔哉の独り言とも取れる発言に、隣にいたアスの中にいるアトラが言う。


「たぶんその心配は無いと思うよー☆ 札をもらった時点から魔力のような力を感じていたし、誰かしらが何か小細工をしている可能性は高いと思うなー」


「優勝候補がバトルロイヤルで当たらないように、誰かが魔法でも使ったって事?」


「うん、そんな気はする~」


 他のグループはどうかわからなかったが、少なくとも翔哉のグループは、Dグループ全体としてもリュークやシグルスと言った知っている者は誰一人いないようだった。


 まぁ、知らないだけで、強い戦士が含まれていないとも限らないのだが。


 今度はアスが思い出したように話し出す。


「そう言えばショウヤに心配かけると思って言わなかったんだけど、前に大会に参加するって言う、東の大陸から来た魔王を屋敷に案内した事が有ったのよ」


 メルが魔王の名前に反応して叫ぶ。


「魔王だって? あのハーピークイーンが言ってた奴か?」


「うん、そうみたいだよ!」


「そんな奴まで大会に参加してるのか! これはショウヤがブッチギリで優勝ってわけにも行かなさそうだな!」


 その発言に対し翔哉は言う。


「マリーもずいふんと適当だよね?」


 翔哉の言い様に対し、例によってメルが慌てて窘める。


「おい!ショウヤ、何処でマリーザ様が聞いてるかわからないんだから、そういうの止めてくれよな!」


「マリーザ様の事だからきっと何か意味が有るんじゃないかな?ショウヤ」


 アスは優しくそう言って翔哉を諭す。


 そうこうしている内に、グループA1番の試合が始まる。見た感じ、そこまで突出して強い戦士はその中には居ないようだ。


 僅か10分程の戦闘で最後の二人となり、その両者の戦いも一瞬でケリが着く。


 残った二人は見た感じ戦士タイプと魔道士タイプだったのだが、ある程度、両者の距離が離れていた為に接近戦に持ち込もうとした戦士が突進してくる間に、予め詠唱を済ませていた魔道士の火炎魔法が、見事に直撃したのである。


 A1の勝敗がついた後、すぐに2~4の試合も行われたが、結局Aグループの中にこれと言って翔哉のライバルになりそうな選手は見受けられなかった。


 一応、ルールとしては不可抗力による殺害が認められていたのだが、わりと紳士的な戦いが繰り広げられていたようで、Aグループにおいては死人が出るような事は無かったようだ。


 そして、Bグループ1番の試合が始まったのだが、決着は一瞬のうちについてしまう。


 豪奢な衣装を纏った赤髪の女性が、開始早々よく通る大きな声で場内の選手達に向かって叫ぶ。


「死にたくない者は早々にリタイアするのだ! 今から我が力の片鱗を見せようぞ!」


 赤髪の女性はそう叫ぶと同時に、手のひらから黒いスパークを伴った赤く光る魔力弾を無詠唱で出現させ、誰も居ない場所に向かってそれを投げつける。


 着弾した石畳の床を中心に、一瞬、強烈な閃光が発生して辺りを照らしたかと思うと、その直後に激しい爆裂が起こって比較的近くに居た者達を吹き飛ばす。


 その光景を見た参加者達は全員、次々と武器を捨て降参の構えを取った。


「な、何なんだアイツは! まさかアスが言ってた魔王って、あの女の事か?」


 メルの問いにアスは答える。


「ううん、違うよ! 魔王は若いダークエルフの男だった。でも今の魔法って無詠唱だったよね? あんな事できるなんて魔王くらいでしか考えられないよね?」


「これは益々ショウヤのブッチギリ優勝が怪しくなって来たにゃね?」


 ニケがそう言うと、ヴィラはとても残念そうに言う。


「こんな事でしたら私も大会に参加すれば良かったですわ! あの程度のレベルなら、私でもショウヤ様の障害を取り除く事くらいは出来ましたでしょうに」


「あの程度? ヴィラがどの程度の強さなのかは知らないけど、あれより強いってなったら相当なものだろ!?」


 メルは、流石にそれはちょっとフカシ過ぎだろ? と思いそう言ったのだが、ヴィラは自信満々に答える。


「ええ、あの程度なら私の方がずっと強いですわ! 旦那様の血を吸わせていただけるようになってから、魔力の最大値がぐんと伸びましたからね。勿論、私も無詠唱で天災級の魔法を扱えますわよ」


「やっぱりヴィラは危険な女にゃ! 地下牢で拘束するべきにゃね!」


 毎度のようにニケがそう叫ぶ。一応、彼女的には冗談のつもりなのだろうが、一人異世界に飛ばされてしまい心細い状況のヴィラにしてみれば、あまり笑えない冗談であった。


「毎度毎度、酷いですわ!ニケさん! ショウヤ様、彼女に何とか言ってやって下さい!」


「ニケ、小さい子を虐めたりしたらダメだよ!」


 翔哉に小さい子と言われ複雑な心境になるヴィラ。しかし、彼女はそれもそれで有りかな? と思い、彼に隠れるようにしがみつき小さい子を演じて見せる。


「本当は大人の女だってショウヤも知っているはずにゃのに、何を言っているのにゃか!」


「まぁ見た目が小さい子だから、そう言う事にしておいても良いんじゃないかな? ね?ヴィラ」


「はい、ショウヤ様! それでけっこうでございますわよ」


 ヴィラにしてみれば、旦那様そっくりの翔哉に保護してもらえるだけで十分幸せなのである。実際、現状からしても、彼が自分の身の安全を担保してくれる存在である事に間違いはない。


 最初にたまたま翔哉によって保護されると言う幸運に恵まれなければ、冗談とは言えニケのような反応や扱いをされて然るべきだったであろう。


「まぁ良いにゃよ。その代わり小さい子なら小さい子らしく、ショウヤに対して変な気は起こさない事にゃね」


「勿論ですわ! 失礼しちゃいますわね! こう見えても私、れっきとした人妻ですのよ?」


 とは言いつつも、実は翔哉に対し心が動かないと、ハッキリ言える自信は持てないと思うヴィラなのであった。



 続いてBグループ2番の試合が始まったのだが、それもすぐに終了してしまう。


 会場入りした選手達は開始の合図が為されて早々に、次々と武器を捨て降参の構えを取る。


 恐らく前の試合を見て、あんな化物とは戦いたくないと思ったのであろう。


 結局、巨人族の長ガイラフを除いた全員が棄権してしまったのである。


 そして3番と4番の試合参加者も全員が棄権すると言う事態になり、Bグループはリーグ戦を行う事なく本戦出場者が決まってしまうと言う珍事となってしまったのだ。


 Cグループの試合が始まったところで、翔哉の後ろから突然、聞きなれない女性の声がかかる。


「ねぇ、そこのお兄さん! ちょっとお話しても良いかしら?」


 翔哉達が振り返ると、そこには先ほど噂していた赤髪の女魔道士が佇んでいた。


「ワオ! 近くで見るとお兄さんやっぱりカッコいいわね! 私は西の大陸で魔王をしているディアナって言うの! よろしくね☆」


 やはりアスが予想した通り、彼女は魔王だったのである。

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