迷宮攻略5



「なんだか既視感を覚えるにゃけど、気のせいにゃか?」


「そうそう、私もなんだよね。前にもこんな事あったような気しかしないんだけど」


「それにしても、にゃんだかゾクゾクするにゃよ」


「うん、ゾクゾクするね! まぁ、とりあえず話しかけてみる?」


「それにゃら、あたいが話しかけるのにゃ!」


「得たいの知れない連中だから、慎重にね! ニケちゃん」


 メルがそう言った側から、いきなりクナイを男の足元に投げつけるニケ。


「許可にゃくそれ以上、進んだら殺すにゃ! よそ者はこれ以上先には進めないのにゃ!」


 ニケがそう言うと、二人組のうちの女の方が話し出す。


「私達は女神の使徒よ! わけ有って女神マリーザ様に会いに行く途中なの!」


 丁寧な口調である女に対して少し安心するメル。異様な気を放つ男の方は、得たいの知れない恐怖感は有る物の、害意が有りそうな感じには見えない。


 しかし、そんな彼女達に、ニケは更に挑発的な態度を取ってしまい、挙げ句の果てにその態度を取り続けた結果、先程の女にショウヤだと紹介された男の方と決闘する流れとなってしまったのだ。


『こ、恐いにゃ......オシッコ漏らしそうにゃよ......』


 ニケは内心ではそう思っていたのである。


 しかし、彼が自分の大嫌いな人間だと言われてしまっては、余計に矛を収めるわけには行かない。


 恐怖心を抑えながら、クナイを投じる構えを取るニケ。


 そして、戦闘は始まったのだが、案の定、彼女は窮地に立たされてしまう。


『ふにゃっ! 近いにゃ! ドキドキするにゃよ~』


 爪を出して振り向き様に伸ばした彼女の腕は取られてしまい、そのままグッと引き寄せられてしまっていたのだ。


「どう? 少しだけでもわかったでしょ? 僕の方が圧倒的に強いよね?」


 そう言われて余計に意固地になり強がるニケ。


『殺す! そうにゃ! 殺してしまえば良いのにゃ!』


 もはや意識を保っているのもやっとのニケは、空いている方の手で短剣を抜き、無我夢中で彼の胸に何度も何度も刃を突き立てる。


「にゃんで刺さらないのにゃ!」


 このままでは、大切な妹分が殺されてしまうかも知れない。そう思ったメルは、ニケにそれ以上は止めるよう声をかける。


「もう良いだろ?ニケ。お前の敗けだ!」


 その声を聞いたニケは緊張の糸が切れたのか、ガクッと力無く項垂れ、失禁しながら気絶してしまった。


 いくら何ともなかったとは言え、本気で殺そうとしてきた相手に対しても、乱暴な事はしない彼に対して好感を持つメル。


 一応、確認の為にステータス開示を要求し、それを見た彼女は驚愕する事となる。


『何だよこの化物地味たステータスは! しかもまだレベル4って......それにこいつ私よりも年下じゃないか!』


 頑強そうな肉体と精悍なマスクから、メルは彼の事を自分と同じくらいか年上だと勝手に思い込んでいたのだ。


 集落に帰還し事情を説明したうえで、二人を首長の屋敷まで案内してから、ニケの様子を伺いに行くメル。ちょうどその頃、ニケは兵舎の医務室で目を覚ましていた。


「副隊長~! 意識が戻ったんですね~! 良かった~。このまま目を覚まさないかと思いましたよ~」


 付き添っていた彼女の部下である狸耳少女が、ニケの様子を見て歓喜の声を上げた。


「あたい負けてしまったのにゃか? アイツは今どうしてるにゃ」


「残念ですが負けちゃいましたね......人間の彼は今、首長の屋敷に案内されて、そこで今晩、歓迎の宴が開かれるそうですよ~」


「そうにゃか......ところでにゃんで、あたいのパンツが違う物に変わってるにゃか?」


「副隊長の部屋に、勝手に入ったらいけないと思ったので~」


「あたいが聞いてるのは、そう言う事じゃないにゃよ! どうしてパンツを変える必要が有ったのにゃ?って事にゃ!」


「汚れてしまっていたので......」


「何で汚れたって言うのにゃか?」


「その~。オシッコです...はい」


「あたいが気絶している間に漏らしたにゃか?」


「はい! 気絶したと同時みたいですよ~」


 そう聞いたニケは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「アイツにお漏らししているところを間近で見られたにゃか!」


「ええ、それはもうバッチリと! あっ、でも彼、ちゃんと気を遣って、副隊長の事を抱きかかえて別の場所に優しく寝かせてくれてましたよ~。なんか彼カッコいいし、正直私、彼の事好きになっちゃいました♡」


 目に涙を浮かべ始めるニケ。その様子を見て、部下の娘は気まずくなったのか、急に思い出したかのように言う。


「あっ私、副隊長が目覚めたら、宴会の準備を手伝うように言われてたんですぅ。なのでこれで失礼しますね!」


 そう言って、そそくさと部屋を後にする狸耳少女。彼女と入れ替わるようにメルが入室する。


「良かった。気が付いたみたいだね。何処か痛い所とかない?」


 彼女の顔を見たニケの目からは涙が溢れだし、大きな声で喚きだす。


「お漏らしをするにゃんて、5歳くらいの時以来だにゃん! しかも、あの男に間近で見られたにゃんて! あたいもうお嫁に行けないにゃよ!」


「それだけ喚き散らす元気が有るなら大丈夫そうだね」


「大丈夫なんかじゃないにゃよ! あたい恥ずかしすぎて、もう死にたいくらいにゃ!」


「そんな大袈裟な事言わないでよニケちゃん。もし私が代わりに戦っていたら、私もきっと同じ目に遭っていたよ! だからその件はもう忘れちゃいなよ!」


「忘れるにゃんて無理だにゃ! そもそも決闘して、あたいの事を殺さなかったのにゃから、嫁にすっるって宣言したような物にゃ! こうなったらもう、あいつに責任を取ってもらうしかないにゃよ」


 獣人族としてのプライドが高いニケの事とは言え、流石のメルもあまりの短絡的な彼女の言い様には少し引いてしまう。


「それは獣人族としての古い考え方だよ? アイツは人間なんだからさ。そんな理屈は通用しないと思うけどな~」


「そんなの関係ないにゃ! あたいが惚れてしまったのにゃからね!」


 惚れてしまったと聞いて、何故か複雑な心境になるメル。惚れるまではいかないが、彼女の中でも彼は気になる存在になっていたからだ。


「それなら一応アプローチだけでもしてみようか? 可愛い妹分の事だ。ニケの為なら私も協力するよ」


 本音は少し違っていたのかも知れないが、ニケに対して協力を約束するメル。


 とりあえず今晩開かれる歓迎会の席で、二人して彼に対しアプローチしてみる事になった。



 夕刻になって宴会が始まったのだが、昼間の件による残務処理が残っていたメルは、開演の時間に少し遅れてしまう。


 既に会場入りしていたニケは、そわそわしながらメルの到着を待ちわびていた。


「ごめんねニケちゃん! 各所への報告がなかなか終わらなくて、遅くなってしまったよ。一人で突しないか心配してたんだけど、ちゃんと待っていたんだね」


「一人で話しかけるにゃんて恥ずかしいにゃから、ちゃんとメルの事を待っていたにゃよ」


 首長をはじめとする国のお偉いさん達が、入れ替わり彼らに話しかけていた為、なかなかタイミングが掴めないでいたメルだったが、宴も終盤に差し掛かる頃、ようやく話しかけられそうな機会が訪れた。


「やぁ!ショウヤ。昼間の件で改めて謝罪しに来たんだが、ちょっと時間をもらっても良いか?」


「うん、大丈夫だよ」


 翔哉の了承を得たにも関わらず、なかなか話し出そうとしないニケの脇腹に肘で促すメル。


 合図を受けた彼女は、意を決したように話し出す。


 しかし、彼と同行していたハイエルフの少女から見事に釘を刺されてしまい、玉砕したニケは叫びながら会場を駆け出して行ってしまう。


『あの子、あの様子だと本当にやるわね』


 そう思ったメルは伏線を張る為に、あえて現在は廃れたはずの獣人族の慣習について話をしてから、その場を後にしたのだ。


 彼女が会場を後にすると突然、空間が歪みだして周りの風景がただの真っ白な空間に変わり、そこにはニケの姿も有った。


「本気で殺る気なの?ニケちゃん」


「あたいわからないにゃ......ショウヤが悲しむにゃらアスの事は殺せないにゃよ......」


「邪魔者は殺してしまえば、ライバルは減るよ?」


「そんにゃ事を言うにゃんて、いつものメルらしくないのにゃ」


「実は私もショウヤの事が欲しいのかも......ねぇニケ、二人でショウヤの事、共有しようよ!」


「本気で言ってるにゃか? そんにゃ事したらきっと、二人共ショウヤに嫌われるにゃよ!」


「そんな事わかってるけど、アスがいたら絶対に私達の物にはならないよ?」


「それにゃらメルがやってくれれば良いにゃよ!」


 ニケに痛いところを突かれ自分のあざとさを自覚したメルは、急に黙り込んでしまう。


 悩む二人。そんな中、真っ白な空間に突然、翔哉の声が響き渡る。


『メルもニケも僕にとって大切な仲間だよ! 今はそれだけで許してくれないかな?』


 その声を聞いた二人は決断する。


「今のままで、とりあえずいいや!『ショウヤを悲しませるような事は、絶対にしないのにゃ!』」


 彼女達がそう宣言をした直後、白い空間はセイレーンがいた浜辺へと変化していくのであった。

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