海の怪物



 巻き付かれた触手から解放されて、ドサッと地面に倒れ伏す三人。


「三人とも、大丈夫?」


 翔哉の問いかけに対し、すぐに意識を取り戻したアス、メル、ニケの三人が答える。


「う、うん、物凄く体がだるいけど、何とか大丈夫そうだよ」


「私も大丈夫だ!」


「あたいもメチャクチャ体がだるいにゃけど、何とか生きてるにゃよ」


 三人の無事を確認した翔哉は、鳥魚人の魔物に対して質問をする。


「それで、この先に進みたければ、あなたを倒せば良いのかな?」


「私の事は倒せないぞ! さっき言った通り、私にはここから動けない代わりに、マリーザの強力な結界が張ってあるからな」


「じゃあ、どうすれば先に進めるのかな?」


「さあな。もうすぐ迎えが来るだろうが、乗るか乗らないかは自由だ。先がどうなってるのかは私にもわからん!」


 鳥魚人の魔物はそんな意味深な事を言ったのだが、程なくして穏やかだった海上に不穏な霧が立ち込め始め、その中から巨大な帆船が朧気に出現したのだ。


 一艘の小舟が霧の中から、こちらに向かって近付いて来るのが見える。


 段々と迫ってくる小舟をこいでいるのは、よく見ると人ではないようであった。


 ボロの布切れを纏っただけの骸骨がこいでいた小舟が岸に着くと、その骸骨は手招きして翔哉達に乗るように促す。


「行く以外に選択肢は無いよね?」


 翔哉の問いに三人は無言で頷く。


 四人が小舟に乗り込み鳥魚人の近くを通りすぎる際、彼女は過ぎ去る翔哉達に対して礼を言う。


「美味しい霊気をたくさん提供してくれて、ご馳走さまでした!」


 鳥魚人に対してジト目を向ける四人。ニケは翔哉に質問する。


「ショウヤ、にゃんでアイツを放置しとくのにゃか?」


「何かよくわからないんだけど、あの巻き付いている鎖が女神様の結界らしくて、魔物がそれは絶対に破れないって言ってたんだよね」


「だからと言って放置しといたら、後から来る使徒がまたアイツの餌食になるにゃよ?」


「一応、女神様が用意した試練みたいな物じゃないのかな? これ以上何かしてくるわけでも無さそうだし、無理に倒したりしなくても良いと思うよ」


「そんなもんにゃのかね? あたいは霊気をいっぱい吸われて、何だかとってもムカつくにゃよ」


 戦闘狂らしいニケの発言に、三人は引いた感じで作り笑いを彼女に向ける。


 続けてアスが翔哉に質問を始める。


「ねぇショウヤ。雪菜さんとはあっちの世界で付き合っていたの?」


「全然、付き合ってなんかいないよ! あっちではたまに話をする程度の仲だったんだけどね」


「そう...ところでショウヤ。ショウヤは私のどこら辺が好きなの?」


 何故か両腕を交差して胸を隠しながらそう言うアス。


 所謂、彼氏が彼女に聞かれて一番困る質問が、ついに翔哉にも投げかけられたわけである。


 一瞬、悩んだ翔哉だったが、彼はアスの質問に全て正直に答える事にした。


「アスのハッキリと物を言う性格も好きだし、すごく素直なところも可愛いから好き! あとは自分には勿体無いくらい綺麗なところとかかな?」


「綺麗? 見た目の事?」


「うん、たぶん人に紹介した時とか、誰に聞いても超がつくほど綺麗なカノジョだねって言われると思うよ!」


「スタイルは?」


「うん、スタイルも完璧だと思うよ......」


「じゃあ、そのスタイルのどこら辺が特に好き?」


「えっ?」


「おおっ、おっぱいとか?」


 そこまで巨乳が好きと言うわけでもなかった翔哉だったが、彼女の意図も見えないし、まさか嫌いだと言うわけにもいかない。


 果たして吉と出るか凶と出るか。悩んだ末に、意を決して彼は答える。


「う、うん...とっても大きいし、形も良くて魅力的だよ」


 ジト目を向けるアス。ニケが対抗して言う。


「胸の大きさにゃら、あたいも負けてないにゃよ!」


 自分の胸を見て確認するメルは無言だ。


 少しむくれた表情をしながらアスは言う。


「ショウヤのエッチ!」


 完全に不正解を引いてしまった。もう少し慎重に答えを選ぶべきだったかも知れない。アスの魅力は胸だけじゃないよ、とでも言うべきだったのだろうが、言ってしまった以上はもはや後の祭りだ。


 微妙な空気が漂う中、四人は巨大な帆船の下までたどり着いた。


 縄梯子が下ろされ、翔哉を先頭に三人が続く。


 甲板に上がった翔哉達だったが、そこには小舟をこいでいた骸骨と同じ姿の船員達が出航の準備を慌ただしく行っていた。


 しばらくして巨大な帆船は動き出す。


「このまま迷宮の出口まで直行してくれれば良いにゃね?」


 ニケはそう言ってフラグを立てるが、伝承に有る詩は迷宮に関しての節が壁のくだりで最後である為、安心してしまうのもある程度は仕方のない事だろう。


 30分くらい経った頃だろうか。けっこう沖の方まで来た所で、アスが翔哉に確認すると共に警告を出す。


「ショウヤ、感じる? 骸骨達が急に嫌な気配を放ち出したよ! 攻撃して来るかも知れない!」


「うん、僕も気付いたよ。船の周りにも嫌な気配がするね」


「やっぱり? かなり大きいね!」


 二人のやり取りにメルは言ちる。


「ちっ、このまま迷宮攻略ってわけには、やっぱりいかなかったか」


 メルがそう言ちた直後、骸骨船員達は急に船を航行させる為の作業を止め、各々が腰の剣を抜き戦闘態勢に入った。


 帆船の周りの海面からは、吸盤の付いた巨大な足が10本飛び出して来ており、その内の2本は先端に大きな口のような物が付いているようだ。


「雑魚は私とニケに任せろ! ショウヤとアスは空中戦で、あの足を何とかしてくれ!」


 メルの指示に従って各々が動き出すと同時に、骸骨船員達も攻撃に移ろうと動き出す。


 骸骨船員達の戦闘能力はそれほど高くはないようで、メルとニケは各々のスピアと爪で、襲ってくる彼らを次々と打ち砕いていく。


 しかし、彼らの身体は不死身のようで、例えバラバラにしたとしても倒した側から各パーツが組み上がり、すぐに復活してしまうようであった。


「キリがないにゃね? 何か完全に倒してしまう方法は、無いのにゃか?」


 時折、背中合わせになるメルに対してニケはそう問う。


「コイツらアンデッドみたいだね。そうは言っても大抵の奴らは、バラバラにすればしばらくの間は復活しないはず。よっぽど強い魔力か何かで動かされているのかも知れないよ!」


「力の源を絶つしか無いって事にゃね?」


「とりあえずショウヤ達の方が片付くまで、私達で時間稼ぎしようニケちゃん」


「わかったにゃメル!」


 再び終わりの見えない戦闘に戻る二人。一方、風脚を使い空中戦を繰り広げるアスは、苦戦を強いられていた。


 既にハーピー達との戦いの際に矢が尽きてしまっていた為、彼女には攻撃の手段が無かったのである。


 この範囲で天災級魔法を使えば、確実に仲間達にも被害が及んでしまうだろう。そして、何よりも海上で嵐などを起こせば、帆船が沈没してしまいかねない。


 同じく天脚で空を翔ていた翔哉だったが、足の攻撃を回避するばかりのアスが気になって、彼は戦闘に集中出来ないでいた。


 一旦、アスの所まで行き、彼女の事を抱えて安全圏まで退避してから話しかける翔哉。


「そう言えばアス。単体に使える魔法は使えないんだったよね?」


「うん、何も考えずに飛び出して来ちゃったけど、うっかりしてたよ~」


「あの足は全部、僕が倒すから、アスはここで待っていて!」


「うん、わかったわ翔哉。気をつけてね!」


 翔哉は猛スピードで急降下していき、再び帆船に迫ろうとしていた一本の足に向かって突進する。


「くっ! 間に合わない!」


 そう言ちた翔哉は斬擊を飛ばし、ニケの背後に迫っていた一本の足を切り飛ばす。


 自身の後方で足が甲板に落ちる音を聞き、驚いて振り返るニケ。


『ありがとうショウヤ!』


 彼女は心の中でそう叫んだ。


 同時に迫っていた残りの足は、全てが巨大帆船に取り付いて絡み付き始める。


 しかし、翔哉は帆船を傷付けないよう、器用に足を輪切りにしていった。


 足が切られると一応、痛みを感じるのか、物凄いスピードで根元側の足は海中に引っ込んで行く。


 そして、翔哉が攻撃に転じた事により、あれよあれよと言う間に、化物の足は先端に口が付いた2本だけとなってしまっていたのだ。

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