迷宮攻略4



 アスは何処かわからない見知らぬ世界の中にいた。


 建物の中の廊下と思われる場所を一緒に歩いていた、眼鏡をかけた中年の男性に話しかけるアス。


「あのー。ここは一体、何処なんでしょうか?」


「ん? 何をわけのわからない事を言っているんだね、メタルカーナさん」


 ファミリーネームで呼び合う事など殆どないアスは、そう呼ばれて少し困惑してしまう。


 眼鏡の男性は引戸の前に立ち止まると、再び話し始めた。


「ここが今日から君が入るクラスの教室だよ。ちょっとクセの有る子達が多いクラスだけど、積極的に仲良くなろうとさえすれば、皆いい子ばかりだからね。そんなに不安そうにしなくても心配は要らないと思うよ」


 そう言って眼鏡の男性は引戸を開け、彼女に中に入るように促す。


「はい皆さんHRを始めるから席について!」


「おっマジか! あの娘うちのクラスだったんだな!」


「マジで可愛いなぁ! 異世界の娘って聞いてたけど、近くで見てもやっぱり人間にしか見えないよな?」


 太志と須尚がそう叫び、岬がボソッと小声で言う。


「乳でか」


 眼鏡の男性はアスの事を紹介する為に、話を続ける。


「はい皆さん静粛に! 今日からこのクラスの仲間になる、アトラシアと言う異世界から来た交換留学生で、アストレイア・メタルカーナさんだ。言葉は通じるみたいだから、皆、仲良くしてやってくれ。 それじゃメタルカーナさん、自己紹介して」


 イヤらしい視線を向けてくる男子達に対して、女子達はと言うと、刺すような冷たい視線を向けてくる者が多いようだ。


 いきなりの状況に緊張しながらも、全員を見渡すアス。その中には彼女のよく知る翔哉の姿があり、彼女は少しだけホッとするのであった。


 まるで夢でも見ているかのように、何の違和感もなく自己紹介を始めるアス。


「アトラシアと言う世界から来ました。アストレイア・メタルカーナです! 私の事はアスって呼んでください。こちらの世界については、以前からとっても興味が有りました。いろいろと知りたい事がたくさん有りますので、皆さんよろしくお願いしますね☆」


 特に男性陣からは、盛大な拍手が巻き起こる。


 完全に校則違反なはずなのだが、ミニスカートから伸びる彼女のスラッとした長い足がとても眩しい。


 空いている席に着くよう促され横切る彼女に、男子達は目を釘付けにしていた。


 席に着くと、ニッコリと翔哉に向かって微笑むアス。彼も彼女に微笑み返す。


 その様子を振り返りながら見ていた雪菜は、翔哉の事を睨み付けていた。


 午前中の授業が終わりお昼の時間になって、陽キャグループの男子達が一斉にアスの所に群がり、一緒に昼食を取るよう誘いをかけていた。


 陽キャグループの中には翔哉も混じっていたので、アスは喜んで誘いに乗るつもりだったのだが、雪菜をはじめとする女子グループがその勧誘に対して横槍を入れる。


「先ずは女の子同士、仲良くなった方が良いでしょ? 私達も今日は学食だから案内するわね!」


 半ば強引に雪菜達に連れていかれたアスは、何故か日本のお金を所持しており、使い方も自然とわかっていた為、食券を買い定食を受け取ると、女子グループ達と一緒の席に着く。


 見様見真似で慣れない箸を使い、定食を食べ始めるアス。


「この世界の食べ物って、とっても美味しいね!」


「そう、日本の食事を気に入ってもらえて良かったわ。ところでアスちゃん!」


「何?ユキナちゃん」


「あなたってずいぶん大人っぽいけど、私達と同じ高二の年齢よね? まさか異世界人だけに『千歳越えてます』とか言わないわよね?」


「えっ? 千歳なんて事ないよ! 私、ちゃんと15歳だけど......」


 一緒に座って食事をしていた女子達全員が固まる。


「15歳? 何月生まれなの?」


「5月だよ!」


「はぁ? それじゃあなた中三じゃない!? 入るところ間違えてるよ!」


「う~ん。こちらの世界の事はよくわからないよ~」


「ま、まぁ良いわ! それでアスちゃんは向こうの世界に恋人とかいるの?」


「えっ? う~ん。今はこっちの世界にいるって事になるのかな?」


「はぁ? こっちの世界にいるの? 最近来たんじゃなかったの?」


「えっと、どう言う事なのか私にもわからない......」


「まぁ、それも良いとして、あなたの席の二つ向こう側にいる涼森翔哉は、私の彼氏だからね! それだけは理解しといてくれる?」


「えっ? ショウヤがあなたの彼氏?って事は恋人なの?」


「そうだよ! だから色目とか使っちゃダメだからね!」


 翔哉が雪菜の恋人だと聞いて混乱するアス。


「そんな話、聞いてない!」


「聞いてない? あなた翔哉と話なんてしてたっけ? まだ彼とは話をしていたようには見えなかったけど」


 そう言われて一応、現在の状況についての設定を理解するアス。ずっと黙っていたアトラが突然、心の中で話し始める。


『アスちゃん、ここはセイレーンの作り出した幻惑の世界よ! ちゃんと理解してる?』


『セイレーン? あっ! 思い出したわ! あの岩場で鎖に繋がれていた魔物だよね?』


『良かった~。完全に幻惑にかかっているわけじゃないみたいね? とにかく早くこの世界から脱出しないと、あなた死んじゃうわよ!』


『えっ? そんな......でも、どうやって脱出すれば良いのかわからないよ』


『旦那様と決めたでしょ? 壁の声に抗うって』


『抗うって言っても何に抗えば良いのかわからない......』


『この世界にいる旦那様に告白しなさい! たぶんそれで、この幻惑から脱出できると思うわ!』


『でも、ここの設定ではショウヤはユキナさんの恋人なのよね? 私には他人の恋人を奪うなんて事できそうもないよ......』


『なら従うしかないわね! この世界での旦那様にもしアプローチされたとしても、冷たくあしらえば良いのよ!』


『それはそれで、できそうもないよ~。どうしよう!』


 悩むアス。そんな中、突然、彼女の周りの空間が歪みだし、場面は翔哉と二人きりの教室に変わる。



「アス! 僕は君の事が好きだ! だから僕と付き合ってくれないか?」


 アスの肩をがっちりと掴み、いきなりそんな事を言い出す翔哉。


「はい!」と答えそうになったところで、突然、雪菜が登場する。


「酷いよ翔哉! 私と言うものが有りながら、異世界人の子の方が好きになったって言うの?」


「ごめんね雪菜。本来なら先に別れたいって言うべきなのはわかってたんだけど、彼女と二人きりになって、どうしても今、告白しなきゃって思ってしまったんだよ」


「そんな事言って、ただ異世界の子だから興味本位なだけなんだよね? いつだって翔哉、あなたって人は他の女子に対しても気がある素振りを見せるじゃない! 別れ話をしなかったのだって、本当は私と別れたいなんて思ってないからだよね?」


 雪菜の話を聞いて、壁の声を思い出し真剣に悩むアス。


 昼食前の休憩時間の事を思い出してみると、翔哉は男女問わずクラスの仲間達と、それは楽しそうに会話をしている様子だった。


 やっぱり翔哉は、人間の女の子の方が良いのだろうか? 亜人しか住んでいない樹海にいるよりも、本音はクラスメイト達のところに戻りたいと思っているのではないのか?


 そんな考えが、ぐるぐると彼女の頭の中を巡っていた。


 雪菜の話に翔哉は答える。


「ごめん雪菜...僕は真剣にアスちゃんの事を好きになってしまったんだよ! だからもう君と恋人同士でいる事は出来ない......本当にごめん」


「そんなの嘘よ! ねぇアス! あなただってわかるでしょ? こちらの世界の人間と異世界の人間が付き合ったって上手くいきっこ無い事くらい!」


「そ、そうなのかな......」


「そうよ! 必ずすぐに破局するに決まってるわ! それに翔哉が好きなのはあなたの事がって言うよりも、あなたの胸が目当てなのよ! ねぇ、そうなんでしょ? 翔哉!」


 あまりの言い様に流石に堪えかねた翔哉は、雪菜の事を叱責する。


「いくらなんでも、そんな失礼な事言うなんて流石に酷すぎだよ雪菜!」


「酷いのはどっちよ! このおっぱい星人のサイテー男!」


 何だかとても収拾がつかない状況になってしまい、余計にどうして良いものかわからずに、言葉を失ってしまうアス。


 そんな時、その空間に目の前の彼ではない、本物の彼の声が響いて来たのである。


「アス! 気をしっかり持って! 君の目の前にいる僕は、本物なんかじゃないよ! 早く現実の僕のところに帰って来て!」


 本物の翔哉の言葉に我に返ったアスは、偽物の翔哉と雪菜に対して宣言する。


「私が好きなのはアトラシアにいるショウヤよ! だから私は彼の元に帰りたいの! これ以上あなた達の茶番に付き合ってはいられないわ!」


 そして、彼女が宣言をした直後、空間は再び歪み始め、元いた場所である浜辺の風景へと変化していったのであった。

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